【アーカイヴ】第162回/石田善之さんの別荘で命の洗濯をした7月[田中伊佐資]
●7月×日/オーディオ評論家、石田善之さんの別荘に行く。KT88を使った真空管パワーアンプが完成したそうでステレオ誌の編集者に誘いがかかり、せっかくなら僕が連載しているオーディオマニア訪問記に登場してもらおうということになった。
場所は河口湖からわりと近く、富士山がすっぽり丸見え(当日は曇りで拝めなかったが)の別荘地帯だった。ディープな緑に囲まれた一軒家で、窓全開の大音量で音楽を出したところで誰からも苦情が来ない。
新アンプが入ったメインシステムを聴く前に、二階に案内された。ナショナルの歴史的ユニット、通称ゲンコツ(20cmフルレンジ)で組んだスピーカーシステムや石田さんのやはり自作真空管アンプなどがあった。
鳥がさえずり、ヒグラシが鳴き、緑陰をわたる風がスッと入ってくる。その段階でかなりうららかな気持ちになっている。そこにルービンシュタインのベートーベンのソナタ、ペレス・プラードの「マンボNO.5」、カーペンターズなどがかかる。
古いユニットだけにオーディオ的にすごいといえる音ではない。しかしこれは別の意味ですごい。胸を打たれた。自然界とつながって音を聴く感動。音楽に感動する、あるいは音に感動することは珍しくないが、これはそういうこととは別次元の感動だった。そうそう味わえるものではないだろう。
かつて蓮井幹生さんのドームハウスで綾戸智恵を聴いたことを思い出した(第66回)。とてもよく似ている。
●7月×日/自宅のオーディオ用壁コンセントは8個あり、そのすべては壁から飛び出してタップのように床へ置くようになっている。しかし転がしておくのもよくないので、柱にでも使えそうな太い角材(ハードメイプル集成材)の上にポンポンポンと並べ、角材の下にはAETのインシュレーターを入れていた。このインシュレーターはただ余っていたから使っていただけで、ウェルフロートのフローティング型巨大インシュレーターRINGに替えれば、さらによくなるはずだともくろんでいた。RINGはウッドホーンの下に使ってみたら、すごく開放的な音になったので、同じ結果が出ると想像していたのである。
いつも暑くてやる気が出なかったが、月末に多い自宅試聴が始まる前に実行へ移した。絶対いいはずだと思っていたら、これがもうスコーンと重低音が抜けてしまった。低音用アンプかウーファーが壊れたかと思ったほどである。
インシュレーターも適材適所というか場所によって相性があるのだなとAETを元に戻す。ところが、低音が以前の状態まで戻らない。その理由はまったく不明だが、インシュレーターを入れた場所は寸分違わずということでもなく、ここで角材の振動モードが変わったようだ。動かしているうちに壁コンセントの位置も多少ずれている。
そのうち全体が馴染んで落ち着くだろうと、放っておいたがどうしても気になって仕方ない。そこで温存しておいたフィニッテ・エレメンテのセラベースをAETに替えて投入。これでもまだ低音の不足感があり、遂にティグロンのチューニングベルトで壁コンセントと角材にくくりつけてみた。
この措置で低音は以前の太っちょな量感は減りつつも、ベースの輪郭などははっきりした。やっとくさくさした状態からは抜け出せたが、それにしてもいまさらながら、電源回りの振動対策は大事だと肝に銘じた。
触らぬ神に祟りなしではなく、またさらに別のインシュレーターを入れてチャレンジしてみようと思う。
●7月×日/毎度恒例、いつもしつこく書いている「八重洲レコード聴きまくりの会」実施。今回で10回目、その記念というわけではないが、オーディオテクニカのVM型カートリッジ6種類を聴く趣向となった。
カートリッジはMCが上位・高級で、MM(VM)はその下。その位置づけは正しいだろうが、幸いにも廉価なMMが僕の性に合っている。繊細な情報は少ないが、あのザクッとした気持ちよさはMM(VM)じゃないと出ない感じがする。テクニカのカートリッジを聴いてまた一層そう思った。
僕がかけたレコードは下記の通り。
・Laughter In The Rain/Neil Sedaka
・Avalon/Roxy Music
・山下達郎CM全集Vol.1
・Roger Nichols & The Small Circle Of Friends(Mono)
・The Sky Is Crying/Stevie Ray Vaughan(45 rpm)
・Bo & Gumbo/BO GUMBOS
生島さんがかけた盤が次の5枚。
・ラ・ムー(菊地桃子)
・あまぐも/ちあきなおみ
・Sunday at the Village Vanguard/Bill Evans(Mobile Fidelity)
・Sunday at the Village Vanguard/Bill Evans(オリジナルMono)
・ラウンド・ミッドナイト/セロニアス・モンク(SP盤78回転)
で、次回は10月14日にやります。
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東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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