【アーカイヴ】第120回/いよいよ腰を据えて「スピーカー1発モノラル専用システム」を作り始めることになった5月 [田中伊佐資]
●5月×日/昨年暮れにグレイ・リサーチのトーンアーム108Bを「BUNJIN」の宮本さんから借りて、よしいつか手に入れるぞ~と決めてから1か月もしないうちに、そのいつかとやらがやって来た。「程度がいい108B初期モデルと108Cが入りました」と連絡があったのだ。50年代当時の価格では108Bは108Cより高く、上級モデルだったというので、どちらもかっこいいけどBに決めた。
これをきっかけに、いまの自分のシステムをそのまま使ったスピーカー2本の擬似モノラルではなく、1本の真性モノラル・システムを組むことを決意した。それが今年の2月だ。
そうこうしているうちに、うだうだと3か月も経ってしまった。この一件はステレオ誌でも書きたいと思い、ようやくスピーカーを探しに、小田原のヴィンテージ・オーディオ・ショップ「アトリエJe-Tee」に向かった。
ビギナーゆえ立派なものは不要なので、訳ありの格安品があったらいいんですけどねえと店主の岡田圭司さんにお願いしておいたら、ジェネラル・エレクトリックやジェンセンなどいくつか用意していてくれた。
ビートルズのモノ盤をかけると、これがまたどれもいい。モノラルの深い森(泥沼)に入り込んでしまったんだなと自覚し、選択には大いに悩む。その顛末はいつかまた別途。そのいつかはすぐやって来るか不明。原稿を買いてからでないとまとまらないので。
●5月×日/超弩級オーディオマニアの惣野正明さんから「サンシャインから出ているD-RENを、ホーン・ドライバーの下に敷いたらすごく良くなった」とわざわざ電話があった。話のついでではなく、それだけの用件だったのでよっぽど効果があったのだろう。オーディオについてはかなりコアな人なので、はなはだ説得力がある。
会話中にネット検索してみると、それは純マグネシウムと特殊人口ゴムのハイブリット素材で、厚さ3ミリ、なぜか八角形のシートだった。サイズは1個がコースターにするにはちょい小さいくらいか。
忘れないうちにと直後に3個入りを通販で買って、言われたようにドライバー下に敷いてみると、確かにメーカーが「複合共振止め」とうたっているだけに、無駄な暴れがとれてウーファーとのつながりもよくなった。ありがちなブヨっとしたゴム感もない。そうなると、もっと効くところがあるかもと思うのが人情だ。電源トランスなどにもいいが最終的には、RCAのプレーヤーの下に入れることに決まった。
プレーヤーは60年も70年も昔のもののせいか、床とマッチングが悪いせいか知らんが、再生中に近くを通るとたまに針が飛んだ。これがいきなり解消。プレーヤーの音も心持ちよくなった。
●5月×日/ジャズ・ピアニスト辛島文雄さんにインタビュー。6月末に新作『マイ・フェイヴァリット・シングス』が出るが、そのライナー執筆のため。
辛島さんは昨年の夏にがんが見つかり、過酷な治療を続けているが、思った以上に元気だった。この作品は自分の好きな曲、好きな編成、好きなメンバーで、好きなように演奏することに徹底している。スタジオではほぼぶっつけの1テイクで録り終えたという。ホーン奏者たちを含めた全員は、勢いがほとばしっている。こういう取り組み方が本来のジャズでしょう。
●5月×日/1975年にオープンした老舗、蒲田のジャズバー「直立猿人」を取材。店名はもちろんミンガスの大名盤から来ているが、このタイトルが付くと、どこか薄暗くておそろしいようなイメージになる。店の天井がうねうねと立体的に土が塗ってあって、洞窟みたいと編集の松坂さんが思わず口走り、なるほど直立猿人だからとくだらないことを考える。装飾というより音の反響を考えているらしく、たしかにその効果はあるだろう。
去年の2月に創業者のマスターが引退して、石崎昌也さんが後を引き継いだ。常連が老舗の暖簾を守ったんだなあ、いい話だなあと思っていたら、後継者を探していると友達から聞いて初めて訪れてそのままカウンターに立つことになったという。
ジャズ好きなら誰でも憧れるのが、ジャズ喫茶のマスター。そういう瓢箪から駒の話っていいもんだ。ちなみに「直立猿人」はまったく敷居が高くなく、新マスターの人柄がにじみでるアットホームな店だった。うちはジャズバーではなく、ジャズスナックと言ってました、石崎さん。
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東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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