【アーカイヴ】第199回/オーディオ・ベスト環境(?)で鳴くカネタタキ君[村井裕弥]
カネタタキ君はバッタ目カネタタキ科の昆虫だ。ここ数日間、わが家に居座って、離れようとしない。日没後は、ひたすら鳴き続ける。おかげ様で、いろいろなことを考えさせられる。
最初は、オーディオ機器(電源装置or各種ノイズフィルター)の異常動作だと思っていた。チチチチといった音が、部屋の片隅から聞こえてくるから、「どこから出ている音なの?」と一生懸命探した。しかし、いくら調べても、どの装置もそんな異常音は出していない。気が付くと、左スピーカーうしろから出ていた音が、テレビのうしろに移動! それでようやく「虫が出している音なのだ」とわかった。
次は思い付く限り秋の虫をリストアップし、ネット検索。キリギリスやクツワムシでないことは明らかだったので、コオロギとその周辺の虫を中心に探した。「あれも違う。これも違う」をくり返した。
1時間くらいそんな作業を続けただろうか。ウチのやつが「あなた、これよ!」と叫んだのはカネタタキという虫だった。皆さんもぜひ「カネタタキ 鳴き声」で検索していただきたい。わが家で鳴くカネタタキ君に近いものを聞くことができる。
もちろん正体がわかったからといって、カネタタキ君が出ていってくれるわけではない。殺虫剤を噴霧しまくったり、部屋を燻煙だらけにしたりは避けたかったので、あとはもう天寿まっとうを待つだけ。
いろいろ調べてみると、このカネタタキ君、最も遅い時間帯まで鳴いている虫なのだという。そのため、2時になっても、3時になっても鳴き止まない。いったい何時頃まで鳴いている(起きている)のだろうと思って、1度根比べしてみたが、5時までは確実に鳴いていた。
これがけっこう困る。いくらわが家でも深夜はオーディオの音を控え目にするが、その音よりカネタタキ君の「チチチチ」が際立つのだ(より存在感があるといってもよい)。これでは、夜中に音楽やオーディオの仕事はできない。音楽を聴いているつもりで、いつの間にかカネタタキ君のほうに意識が集中してしまうからだ。
ネットで拾える動画はもっと甘口な音(少し大げさにいうと、チッチッチッチッ。ひょっとするとチィッチィッチチィッチィッチ)。明らかに、尾を引く音なのだ。エコーが付くと言い換えてもよい。ああいう音で鳴いてくれたら気にならないのかもしれぬが、わが家のカネタタキ君はクールでカッチリした音を出す。フォーカスのよい音といってもよい。陰翳濃い目。音色やや渋め。村井が大好きなナチュラル&リアルサウンド路線だ!
どうせそう長くは生きていられないのだ。こうなったら、カネタタキ君が生きているうちは付き合ってあげよう(仕事は朝から昼にかけてすればよい)。そう思うようになると、カネタタキ君はますますよい音で鳴くように感じられた。
そしてその鳴き声を聴くうち、故高城重躬(たかじょうしげみ)先生のことなどを思い出した。中学生のとき「音の遍歴」という連載(『FMfan』)を愛読していたが、その中に「オーディオマニアは鈴虫を飼え」というような一節があった。トゥイーターのテストをするとき、レコードをかけるより鈴虫の生録をかけたほうがはるかにわかりやすいという話なのだが、「高名高価な製品が案外駄目で、国産ロクハンフルレンジの高域が案外健闘」といった一節が特に心に残る。
もちろん筆者はその文章を読んで、鈴虫を飼い始めた。しかしわが家の録音装置では、高城先生がおっしゃるような高忠実度生録は不可能。それをわが家のスピーカーで再生すると、「惨状」としか言いようのない音が出た!
しかしここ数日間、わが家でカネタタキ君と同居を続けていると、「あの惨状はマイクやカセットデッキのせいではなかった」と思うようになった。先ほど、ネット動画のカネタタキにエコーのようなものが付いていると書いたが、アップロードの際、わざわざエコーを加える人はいないだろう。あれはカネタタキを閉じ込めている容器(水槽など)の共鳴音なのだ。半世紀近く前、筆者は味付け海苔の瓶(縦長四角柱・口だけ円形)で鈴虫を飼っていたから、あの瓶の共鳴音をマイクが拾ってしまったのだろう。
逆に言うと、わが家のカネタタキ君は恐ろしく恵まれた環境にいる。重量級オーディオボード(Ge3製)の上に乗り、ルームチューンパネル(サーロジック製)を背にして鳴いているのだから、鳴き声が強い説得力を持つのも当然?
要するに、スピーカーにとって望ましい環境は、カネタタキ君にとっても都合がよいということ? いつまで鳴いてくれるかは定かでないが、この美音は終生忘れられないんじゃないか。そんな気がする。
(2018年8月20日更新) 第198回に戻る 第200回に進む
音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。
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