【アーカイヴ】第146回/DL-103アルミボディを生んだ「でんき堂スクエア」のこと [鈴木裕]
DENONのMCカートリッジ、DL-103シリーズというのもいろいろある。DL-103はもともと放送局用なので、ラジオのディレクターとしてスタジオではずいぶんお世話になってきたし、自宅ではDL-103RやDL-103FL(1993年の暮れに出た限定モデル)も使ってきた。
103FLのFLはファン・リミテッドの略だそうだが、仕様としての特徴は2つある。まず発電コイルの捲線は6N銅の表面に金メッキしたものを採用。もうひとつの特徴がセラミック強化ケース。「剛体化・堅牢化のため」本体ケースにセラミックファイバー強化樹脂を採用。「不要な振動を抑え、ハイスピードで滑らかな再生音」という。
それに対してDL-103Rのコイルの捲線は金メッキしていない6N銅。ケースは「ボディの剛体化・堅牢化を追求し」、「高剛性材料を採用。さらに表面をコーティングして不要振動をおさえて」いるという。高剛性材料って何なのか、プラスチックの表面のコーティングってどういうことなのかなどムクムクと疑問が湧いてくるが、とにかく大きく言うと103FLと103Rはちょっとした材質の違いはあるが目指しているのは似ている、ということになる。なにしろ、剛体化・堅牢化、なのだから。
ただし、カートリッジに限らず、このちょっとした違いが音の変化として出てくるのがオーディオだ。特にアナログ関連はこのちょっとした違いがとても楽しくて、あーだこーだと取っ替えひっかえするのが楽しいのはみなさんご存じの通り。 個人的に103FLのが好きなのは両者の低音の違いにある。やや量感タイプの低音の103Rに対して103FLはよりストレートで純度の高い低音に感じている。その差は小さいが、クルマでたとえれば103Rが60km/hくらいで乗り心地のいいセダンに対して、103FLは100km/hくらいにならないとそのなめらかさが出ないような、ちょっとサスペンションを締めたようなスポーツセダン、といった違いが低音にあるように感じている。それは本体ケースの材質由来のものということになる。
「剛体と堅牢」と、カッコ入りで書くと埴谷雄高の評論・エッセイ集のようだが、この言葉、けっこう好きである。 エソテリックのプレーヤーのボディもメカドライブもまさに剛体と堅牢だ。最近はちょっと剛体・堅牢すぎて、各部にスリットを入れたり、締めこまないネジ穴もあるくらいでそのやり過ぎが好きなのだが。まぁそれはいいとして103シリーズに話を戻すと、本体をもっと剛体化・堅牢化できないものか漠然と考えていた。そんな折り、田中伊佐資さんの文章でDL-103系のケースをアルミにしているものがあるのを知った。
話を急ごう。湘南台にある「でんき堂スクエア店」に行った。DL-103のアルミボディ仕様を作っている店で、そこに買いに行ったのだ。
到着したのは18時50分くらい。ついつい話しこんでしまって、店を出たのが21時15分。店主は石峯篤記さん。いっしょにやっているのが仲野彗さん。田中伊佐資さんやミュージックバードの岩崎ディレクターからよく話す人というのは訊いていたのだが、必要なポイントを簡潔に話しつつ、オーディオからカメラ、クルマのことまでの無駄話が実に楽しい。そもそもなんとも居心地のいい店だ。
元はスナックだったというカウンターで石峯さんと向かい合って話をしたり、103のノーマルのプラスチックボディの取り外し方やアルミボディに換装する作業を目の前でやってもらったり。あるいは席を移ってスピーカー側に行き、カートリッジによる音の違いを聴かせてもらったり。
気になる、アルミボディ版の音の方向性について書いておこう。
ラックスマンのプレーヤーやアンプを使ってXTCのアルバム『スカイラーキング』から「グラス」を試聴。まずノーマルのDL-103Rの音を聴いてから、続いてケースをアルミ化したものを体験した。低域が引き締まり、最低域がよく見えるようになる。音の縦の線が合って、そのエネルギーがストレートに立ち上がってくる。と書くとすっきりしただけのようになってしまうが、馬力が出てくるのが特徴だ。たとえばアンディ・パートリッジのヴォーカルがワイルドに太くなっていたり、ギターサウンドのひとつひとつの音が立つような、中高域の分解能の高さがカオスな感じにつながっていたりする。いい意味で音像を小さくまとめてこないのだ。オリジナルの103に対して、103Rではケースをまさに剛体化・堅牢化しているわけだが、さらにアルミケース化した威力はさすがにダテじゃない。物性である。ノコギリやジグソーで実際に切るとわかるが、プラスチック、木材、金属といった素材はやはり基本的な何かが相当に違っている、当たり前だのクラッカー的な話だが。
さらにネイキッド化した103Rも聴かせてもらった。
プラスチックのケースを取り外し、専用のアルミベースを介してヘッドシェルに取り付けてあるものだが、この世界がまた凄かった。左右のスピーカーを結んだ線のあたりにサウンドステージが展開するわけだが、そこに出現する空気感の密度がきわめて濃密。サイケデリックな空間が出現してめくるめくような音の粒子と音像に脳が浸食されるような感じがある。
音に対してケースを取り去る要素も大きいが、アルミから精密に削りだした専用のベースの、剛体化・堅牢化によるポテンシャルアップも効いている。うちではベンツマイクロのSLR Gullwingも使っているが、ケースを取り去ったモデル特有の付帯音のなさ、情報量えぐりだし型の良さが予想以上にある。
ただしこのネイキッドモデル、危険だ。
発電部からターミナル(リード線を取り付ける棒)に行く部分のコイルの銅線がカイコの糸のように細いのに、横にむき出しになって出ている。これに指が触れただけで断線するという。机の上でヘッドシェルに慎重に取り付けるようなやり方であればまだなんとかなるかしもしれないが、ストレートアームに取り付けるようなタイプ(つまり、うちのプレーヤー)ではその作業の途中で断線させてしまうのは必定。いやもちろん自分の指先の能力の話だが。そういった意味では、禁断のカートリッジと言ってもいいかもしれない。ちなみこのネイキッドモデルは、来店した人にきちんと説明をしてからしか販売しないという。そりゃそうだ、通販で売った人が取説を読まないタイプだったら(でも、人類の半分くらいの人は取説読まないのだ!)断線させて、クレームの嵐になってしまう。
石峯さんがどうしてこういうことをやっているか。メールで書いてくれたのだが、お互いにクルマ好きなので、ミニ(最近のやたらデカいのではなくて、BMCのAエンジンを積んでるやつ)やビートル(これも昔の空冷エンジンの、バサバサ走っていくやつ)にたとえてこう表現している。
「DL-103シリーズは、基本の良くできたミニやビートルがそうであった様に素性が良く、それを活かした実に多彩な広がりと、趣味性と、奥の深さを持っています。それを(カートリッジの分野で)提供出来るのではないかと考えたからです。優秀な針はゴマンと存在しましょうが、変わらず安価にかつ高い信頼性で長期に渡って作り続けられている針はDL-103シリーズをおいて他にありません」。
最近のオーディオの大きな問題点は、高級すぎていじれないとか、完成されすぎていて遊べない、といった点にもあるように感じているが、まさにその大事な要素を103シリーズに見出している。
石峯さん、実は大手の販売店での経歴もあるが、エラくなってしまうとお客さんとの接触が減ってしまったという。その不満がでんき堂スクエア店を始めたことにもつながっている。そのウェブサイトを見るのもいいが、興味を持った方は是非、お店に行くことをオススメしたい。接客が好きなのだ。こちらも楽しいが、石峯さんも楽しんでいる。やっぱり人間、実際に会うのが大事じゃないか(とわざわざ書くのもイケズだが、昨今こういうことさえ当たり前じゃなくなってきている)。 石峯さんといろいろと話したり、ブツを見せてもらったりしているうちに、凝っていた肩の力が抜けて血液が流れだすような気持ち良さがあった。
(2017年2月28日更新) 第145回に戻る 第147回に進む
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1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。
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