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【アーカイヴ】第220回/新著「ジャズと喫茶とオーディオ」の編集に追われた4月[田中伊佐資]
●4月×日/「ジャズ批評」誌で2011年から連載していた「アナログ・オーディオふらふらめぐり」がある程度まとまったので、「ジャズと喫茶とオーディオ」(音楽之友社)というタイトルで一冊のムックにすることになった。
これはジャズのレコードをしっかりかけている喫茶店やバーのオーディオ、レコードなどをテーマにした訪問記だ。
本の「まえがき」にも書いたけど、連載の始まりは松坂妃呂子編集長(当時)による店主インタビューが記事のメインで、僕はオーディオについて小さなコラムを書いているオマケ待遇だった。
それがよく憶えていないのだが、なにかの拍子で本文を担当することになり、のほほんと続けているうちにそれが形になるまでのヴォリュームになった。月並みな言い方になるが、やっぱり人との縁は大事だなと痛感する。
「ジャズと喫茶とオーディオ」田中伊佐資 著
音楽之友社/2,916円/B5・152ページ/2019年5月25日発売
カラー写真400枚以上掲載
ずっと続けられたのはやっぱり喫茶店やバーのオーディオ・システムについて関心があったことが大きい。
ネットで調べればモデル名などはたいがい出てくる。でも店主がなぜそれを使っているのかまでは記されていない。これはじかに訊くしかないわけで、店内の音よりも、そういう背景を僕は知りたかった。
そしてなにより、店主はなぜジャズ喫茶を開くに至ったのか。そのいきさつはとても興味深い。
僕もジャズやオーディオが好きでこういう仕事を始めてしまったのではあるが、さすがに店を開きたいとまでは思ったことがない。店主の方々が語るそれぞれの人生譚がもしかしたらオーディオ話より面白いかもしれない。
さてムック化するにあたり、もっとも悩ましかったのは写真だった。ジャズ批評は小さな判型でモノクロ。新聞の写真を見ればわかるが、マッチ箱程度の大きさならそれほどシビアなクォリティは問われない。
それをいいことに、カメラマンの費用を抑える意味もあって、写真は担当の松坂ゆう子さんと僕が小さなデジカメでパチパチ撮っただけだった。(一部、カメラマンの高橋慎一さんが撮影)
デザインをお願いしているSelfScriptの結城亨さんには「今度の本はオールカラーのうえに判型も大きめだから、撮りためた写真では絶対にボロが出る」と伝え、小さめに扱ってもらうことになっていた。
レイアウトの作業が始まってから結城さんから連絡があった。
「メインで使う写真は見開き(B4判相当)で大きく使ってみるのはどうですか」
その誌面サンプルが届くと、比べようもないほどそちらのほうがかっこいい。
すでに何ページも仕上がっていたが、デザイナー魂がこのまま作り続けることを良しとしなかったのだろう。ぜひやり直してくださいとお願いして、そのまま突き進んだ。
僕はピントが甘く、素人丸出しの写真でもレイアウトされればこれはこれでいいかと思った。確かに写実性という点でいえば、難があるものがあるかもしれない。だけどジャズっぽい雰囲気写真としてそれなりにさまになるのではないかという気持ちになった。
八王子にあるジャズ喫茶「はり猫」の誌面
たとえば左の「はり猫」(八王子)。奥の方は見ての通りまっ暗だ。実は壁際にピアノやスピーカーがセットしてある。もちろんプロのカメラマンだったら適正なライティングをして明らかにするだろう。
でもこの写真、手前の妙に桃色な眺めと何があるかよくわからない闇が、いかにもジャズな空気を醸し出しているような気がするのである。かつてここは洋裁学校の教室だったらしい。床や壁は当時のままだと店主は言っていた。
ちなみにスピーカーは次のページでちゃんとアップで紹介しているから情報不足ではない。まったく違うタイプのJBL4343とB&W704を同時に鳴らしているところがこの店のミソだ。
そのへっぽこぶりが新鮮なのか、結城さんから「写真、なんか面白いですよ」とおだてられ、こういうのも有りかと思ってきた。というか、撮り直しができないので、そう思うしかないのが真相ではありますが。
(2019年5月20日更新)第219回に戻る 第221回に進む
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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。近著は「ジャズと喫茶とオーディオ」(音楽之友社)。ほか『音の見える部屋 オーディオと在る人』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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