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【アーカイヴ】第297回/"非オーディオ用"ケーブルでもここまで遊べる![炭山アキラ]

 アクセサリー銘機賞の審査員という商売柄もあり、わが家リスニングルームには結構な数の"長期テスト"ケーブルが存在するが、いうまでもなくそれらのクオリティは近年特にインフレ的な向上を果たしており、リファレンス・システムの音作りへ多大なる影響を与えてくれている。

 それでも少数ながら、オーディオ的には箸にも棒にもかからない廉価ケーブルや、ローコストの自作ケーブルなどを混在させているのは、新たなケーブルが自宅へやってきた際の"実験台"というか、特に普及~中級ケーブルをテストする時に、高級ケーブルとのつなぎ替えでは下手をすると「マイナス実験」になりかねないからである。

 またもう一つ、自作ケーブルに関しては自分自身のノウハウの蓄積というか、いろいろな素材を自分なりに使いこなして素性を知っておく作業ということもある。もちろん大手メーカーや、KSリマスタ柄沢さん、そしてわが相棒たるオーディオみじんこ荒川敬さんなど、その道の大家に工作精度や使いこなしで全く太刀打ちできるものではないのだが、それでも「自作派オーディオライター」を名乗る以上、せめてスピーカーとケーブルくらいは自分で作る技術を持っておきたいのだ。

「イソシギ」の後頭部。2連で装着されたターミナルに、アンプ側からの3.5スケアVCTケーブルが、台湾AECコネクター製のYラグを介してつながっている。一方のバナナは例の「深センとてつもない音テクノロジー株式会社」製品で、上へ載っかっている差信号ユニットへ信号を供給している。ケーブルは0.75スケアのVFF赤黒だが、この長さでもあり音質的な不自由は感じていない。

 というわけで、いくつかの雑誌や番組「オーディオ実験工房」などでちょくちょく自作のケーブルを出す機会があるが、まぁその大半がホームセンターで普通に買える電線に廉価なプラグをハンダ付けした程度のものだから、われながら安直にも程があると時に天を仰ぎたくなる。

一方「レス」の背面にはゾノトーン「ロイヤル・スピリット」がつながる。もちろん専用品ではなく、「ハシビロコウ」からつなぎ替えたものだ。こちらもYラグがアンプからの給電で、深センとてつもない音テクノロジーのバナナを介し、トゥイーターへつながっている。
こちらのVFFケーブルは1.25スケアだが、他意はない。
たまたま実験時に0.75の在庫が尽きていたというだけの話である。

 しかしこのケーブル群、実はその安直さに比べるとそう侮ったクオリティでもないことが結構あり、時折「あれっ?」と自分でも混乱することがある。具体的には、故・長岡鉄男氏が終生愛用された「キャブタイヤ」ケーブル、具体的にはVCT並びにVCTFケーブル、あるいはコードを用いた自作ケーブルに、そういう"混乱"をもたらすものが多いようだ。

 もともとキャブタイヤというのはごく単純な電力線で、踏んづけられても水や油がかかっても安定を保つよう、頑丈なPVC(塩化ビニル)の絶縁体と被覆を持つ。別段オーディオ的な工夫など、何も持ち合わせていない電線である。芯線はごく単純なタフピッチ銅素材で、純度でいえば3N程度ではないか。

 昨今の高級ケーブル群は、高純度銅であったりPC-TripleCや102SSCなどといったプレミアムな製法の銅であったり、またさまざまな素材をブレンドしたものであったり、導体だけでも贅を尽くしたものが妍を競い、絶縁体にしてもポリエチレン(PE)やポリオレフィン(PO)、さらにはFEPやPTFEといったフッ素樹脂系まで、こちらも各社各様に"究極"を目指したトライが続けられている。

 そんな最新兵器を使った近代戦の最中に、蛮刀1本持って突撃していくような趣のキャブタイヤ自作ケーブルだが、実際のところそこまでひどい差がつくわけではない。

 いや、差はつくのだが、それはキャラクターという意味合いにおいて顕著なのだ。各社・工房で目指す方向性に違いはあるものの、市販の高級ケーブルは等し並みに、いかに音楽を美しく再現させるか、ということに心血を注ぎ、薄紙1枚、髪の毛一筋ほどの向上を積み重ねている。社によっては「美しく」のところが「生々しく」や「生きいきと」といった項目になることもあろう。

 ところが、キャブタイヤケーブルにはそんな気遣いなど、薬にしたくともまるで存在しない。実際に聴いてみられるとお分かりになると思うが、現代の高級ケーブルを聴き慣れた耳にとっては、一聴して何とも素っ気ない音なのだ。私もしばらくメーカー製品のみ使用していて、メーカーの廉価ケーブルを聴くため久しぶりにキャブタイヤをつないだりすると、再現の方向性のあまりにも大きな違いに一瞬わが耳を疑うことがある。

 実は先日にも、当欄の第285回で紹介した音楽之友社から発売されているムック「オーディオ超絶音源探検隊」で掲載した"マトリックス型コーナー型鳥型バックロードホーン(BH)"の「イソシギ」を製作した時に、それを体験することとなった。

 本機は部屋のコーナーを音道の一部として利用する「イメージホーン」という方式を採用しているせいで、部屋の隅へ設置しなければ低音がずいぶん寂しいものとなる。いざキャビネットが完成し、ユニットを取り付けて音を出そうとしたら、メインBHの「ハシビロコウ」へつないでいるSPケーブル、ゾノトーンのロイヤル・スピリットが、所定の位置へ置いたらどうやっても届かない。

 それで仕方なく、本来のセッティングを諦めて左右SPの中間部へ置いて聴いたのだが、やはり低域が寂しいこと甚だしく、これはいかんと大急ぎでホームセンターへ向かい、3.5スケアのVCTケーブルを切り売りしてもらってきた、という次第だ。L/R合わせて6mで3,000円もしなかったか。まぁ安いものである。

 それでケーブルを引き直し、所定の位置へ「イソシギ」を設置して、一番驚いたのは低域ではなく全体の表情だった。いや、もちろん低域は一気にローエンドまで深々と伸び、占有床面積245×245mm弱という超小型BHとは信じられないようなワイドレンジを聴かせてくれたのだが、それよりもずっと音の素っ気なさへ耳を奪われてしまったということだ。

 まぁ、よりにもよってロイヤル・スピリットと聴き比べることになってしまったのが、キャブタイヤにとっては不幸だった。あれはとにかく音離れが良く、超時空的に広大で貴族的な品を湛えた音場と、力強さこそほどほどだがやはり気品にあふれた音像の表現が何よりの持ち味というべきケーブルだから、それと"野生児"キャブタイヤを比べることがそもそも土俵違いなのだ。

 しかし、だからといって「イソシギ」にも3mのロイヤル・スピリットを注文するほど、ご存じの通りわが懐具合は芳しくないし、まぁこれも仕方がないとキャブタイヤで聴き続けている。そうしたら、人間というのは慣れる動物で、その素っ気なさを受け入れたら「結構聴けるじゃないか!」ということになってくる。同じ土俵には乗ってはいないが、それでもキャブタイヤは音離れがかなり良く、艶や気品、ド迫力といったものは出さない代わりに、音楽を実直かつそこそこ素直に描出してくれるのだ。

"長岡流"キャブタイヤ・ピンケーブルを私なりに再解釈して製作したインコネ。銅箔で粗くシールドするのが長岡流だったが、これについてもいろいろと実験している。ノンシールドの方は、F2ミュージックというカーオーディオ系のメーカーが製作した超高級プラグを装着し、トモカ製300円程度のプラグと音を聴き比べた。
他にも思いつく限りの実験を繰り広げたので、放送をお楽しみに。

 で、その世界観へ耳が馴染むと、何だかとても懐かしい世界へ身を置いているような気分になってくる。長岡鉄男氏のサウンド傾向だ。もともと私は長岡派を自認しており、氏の構築されたオーディオの世界へは長年親しんでいるし、自分自身も特に自作スピーカーの世界では、最も"長岡鉄男的な音"を出しているつもりでいる。そんなわがシステムにキャブタイヤが加わったら、それはもう長岡氏のような音になると決まっている。

 今回は、図らずしも「1周回って」長岡式に行きついてしまったわけだが、改めて氏の音作りの秘密が少し見えたような気がしている。ケーブルによる音の違いなんて全然認知されていなかった1970年代にして、氏は「ケーブルなんかで音が変わらないことは知っているが、それでも太いケーブルを使ってしまう」と書かれていた。それからすると、氏とキャブタイヤの付き合いはひょっとして、ケーブルがオーディオ・コンポーネンツとして認知される以前からのものなのかもしれない。あの飾り気なく実直に働くキャブタイヤという"土台"があったからこそ、氏の超絶パワフル&ハイスピード・サウンドが展開されたのではないか。そういう気がしてならない。

こちらは2020年のオーディオアクセサリー誌「電源ケーブル選手権」で製作した長岡流電源ケーブルの復刻版。松下電工→パナソニックとコンセント・プラグが変わり、フルテックのIECプラグも外形は同じだがいろいろ新しくなっている。また、中村製作所アモルメット・コアを挿入したのは、氏の存命時には想像できなかった音質向上の要因となっている。しかし、それでもかつて耳に馴染んだ長岡氏のサウンドがしっかり彷彿できるケーブルである。
こちらは6月28日の放送で実験に供したから、お聴きになった人もおられよう。

 それに、今から思えば、ケーブルの重要性が認知される前に用いられていた、あのタコ糸のようなケーブル群に比べれば、キャブタイヤは相対的に大した「高音質ケーブル」だったのではないか。SPケーブルを例に取れば、今でも普通に売っている赤黒のVFFケーブルは、使いようによってはそう悪いクオリティでもない。しかし、当時デフォルト使用されていた0.75~1.25スケアの細いケーブルでは、特に大型ワイドレンジ・スピーカーへ音楽信号の全域を通すには、とても不足といわざるを得ない。それからすれば、長岡氏が愛用されていた5.5スケアのVCTケーブルは、高域こそ少々くすみがちだがローエンドへかけてのパワーとスピード感はひとかどのもので、実際に聴き比べればかなりの差がついてしまったことであろう。

 ちなみに私は、今でもあの赤黒VFFケーブルを部分的に使用している。まぁトゥイーターの仮付けみたいな用途が主だが、それでも例によってもてなしのない音ながら、トゥイーター用なら0.75スケアが伸びやかでよく澄んだ音を発し、単なる仮付けのつもりが結構長くそのまま聴いてしまう、ということにもなりがちだ。

 話を戻すと、長岡氏は一時期、細めのキャブタイヤでRCAタイプのインターコネクト・ケーブルも自作されていた。後に「危うくいいとカン違いしてしまうところだった」的な述懐をされていたので、氏としてはベストではなかったのであろう。実は、それをアレンジしたケーブルを番組用に作り、8月頃には放送になると思う。長岡氏がいいと思われた部分と最終的にその方式から離れられた原因、そしてそれの何が悪かったのか、どうやったらより良くできたのかを私なりに考察し、番組内容へ反映させたつもりだ。

 この件については、いろいろと書きたいことがあるのだが、放送までまだ間があるし、また後の話とさせていただこう。改めて、キャブタイヤという素材は音質の変化へ敏感に反応してくれるなと、私自身も認識を新たにしたところである。放送をお楽しみに。

 やれやれ、「何を書いてもよい」とはいわれているが、それにしても"非オーディオ用"ケーブルで、ずいぶん長く語ってしまったものだ。リスナー・読者の皆様も、何とぞご寛恕を頂けると幸いである。



(2021年7月9日更新) 第296回に戻る  第298回に進む


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。

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