【アーカイヴ】第252回/オレ流、無節操オーディオ!? [炭山アキラ]
われながら、"ユルい"オーディオライフを送っていると自覚している。諸先輩方の中には、ヴィンテージであれ最新のハイレゾであれ、「生涯のうちに求められる最高の音」を目指して研鑽されている人が、決して少なくないだろう。そういう方々に引き比べると、私は何とも出たとこ任せというか、よくいえば懐深く何でもあり、悪くいえば系統立たない悪食、という感じで趣味生活を過ごしているという自覚がある。
一番典型的なのは、アナログ周りだろうか。私自身もSPUというカートリッジは昔から大好きで、社会人になってすぐに購入し、針交換しながらもう30年以上使っている。しかし、基本的には好きなカートリッジなのだが、1点気に食わないところもあった。それがまた、ほかならぬSPUを象徴づけるGシェルなのだから、始末が悪いというか、厄介な話ではある。
そもそもGシェルについては毀誉褒貶あり、もともとあの形状とカートリッジ全体で30gを超える目方は、低出力のMC非対応のシステムへ自ら適合するため、内部に超小型のトランスを背負ったSPU-GTのためのもので、トランスを装着しないのならあの大きなカブトムシ型シェルは必要なく、またGT以外のGシェルには、目方をそろえるためのウエイトまで仕込まれているから、アームに負担がかかるし、何より音が低域重視の鈍重な方向になってしまう。
ならばキャラメル型のAシェルを使えばいいじゃないかといわれそうだが、あれはあれで問題がある。一般的なユニバーサル・アームは、ヘッドシェルを装着するコネクターの先端からカートリッジの針先まで、ほぼ50mmになるように設計されている。それは、SPU-Gの寸法に合わせたものだ。SPUのGシェルが「世界初のステレオカートリッジ」ゆえの、デファクト・スタンダードということなのであろう。
ところが、SPU-Aはその形状を見ても分かる通り、針先からコネクターまでの長さが違うし、コネクターの接点位置も違うなど、一般のアームにはそのまま装着できないのだ。
専用のアダプターを使えば装着できるだろうと、事情通の方はおっしゃるだろう。確かに取り付けは可能だし、私も何度か実験したことはあるが、あのアダプターがまたいささか問題なのである。
何かというと、オルトフォン純正のAシェル・アダプターAPJ-1は自重が6.5gもあり、対するSPU-Aは31~32gだから、トータルで約38gにもなり、対応するアームが著しく限られるようになるのと、やはり鈍重なイメージの音になってしまう傾向からも逃れられない。剛性・強度に不安のない限り、ヤジロベエの先端へ取り付ける錘は軽い方が動きが俊敏になる。これはもう物理法則だから仕方がない。
ならばSPU本体を一般のユニバーサル型ヘッドシェルに取り付ければよいではないか。しかしそうすると、また厄介なことが起こる。SPUの天面には巨大なアルニコ磁石が突き出していて、それを何らかの方法で避けないと、普通のシェルにはつけられないのだ。また、シェルに対して平行ではなく、ごく僅かな角度を付けねばならなくもあるから、話はややこしい。
こういう無理難題をいう客は一定数いると見えて、かつてはオーディオクラフトが専用のアダプターを発売していたが、私がGシェルの放逐を決意した時にはもうとっくに生産は完了しており、中古でもそうそう見つかるものではなかった。それで天を仰いでいたら、ネット検索でいいグッズを見つけた。アンプやスピーカーを製作・販売する工房ハヤシ・ラボのSPUアダプターだ。
自社の切削機械で代表ご自身がアルミの棒から削り出している逸品で、何より凄いのは、オーディオクラフトのアダプターはただマグネットを避けて角度をつけるためだけのものなのに対し、ハヤシ・ラボの製品はマグネットを2本のアルミ角材で挟み込み、ネジで締め付ける構造になっていることだ。それでそのアダプターをシェルへネジ留めするから、カートリッジとシェルがほとんど剛体結合したような頑丈さで一体化する。すごいことを考え付く人もいたものである。
同社は現在神奈川県相模原市、といっても旧・津久井郡の山中にあるが、私がそのアダプターを知った時にはまだ西八王子にお店があって、早速連絡を取ってショップまで取材と称して遊びに行き、ずいぶんいろいろな面白い話と音楽を聴かせてもらったものである。
その後、月刊ステレオ誌の連載「ヴィニジャン」で、当コラムでもおなじみの田中伊佐資さんから仲介の依頼をもらい、ハヤシ・ラボの引っ越し先へ編集子と3人で向かったこともあった。というわけで、伊佐資さんも同じアダプターをお使いのはずである。
そんな次第で無事、最良の環境をもってGシェルの放逐に成功したわけだが、古い製品だが個人的に信頼しているオーディオクラフトの一般シェルに、ハヤシ・ラボのアダプターを介して取り付けたSPUは、「これがあのSPU!?」と頬をつねりたくなるような、パワフルでハイスピードで積極的な、しかし濃厚で美的なSPUらしい音を炸裂させている。オリジナル派の諸賢には叱られるかもしれないが、これこそまさに「私が欲しかったSPUの音」なので、お見逃しいただけると幸いである。
ちなみに、ハヤシ・ラボよりもずっと入手が簡単なでんき堂スクェア製のSPUアダプターも、今は発売されている。いい世の中になったものだ。ちなみにこちらはオーディオクラフトの製品と同じ設計方針のもので、ハヤシ・ラボ簿どのガッチリ芯のある傾向ではないが、それでも重いコートを脱ぎ捨てた良さはしっかりと味わえる。
やれやれ、今回コラムのほんの導入部にするつもりが、SPUの顛末を書き始めるとずいぶん長くなってしまった。
SPUに関してはここまで換骨奪胎している私だが、もう一つのリファレンスたるデノンDL-103には関しては、いささか対照的なことになっている。現用の個体はバブル真っ盛り、確か1989年頃に新品購入したもので、そういう意味ではヴィンテージでも何でもないのだが、辛うじてアナログにまだ全盛期の残り火があった時代に製作された個体である。
これをオーディオマニア時代から編集者、ライターと使い続け、20年以上酷使したところでさすがに針先がダメになった。そこで針交換を考えたのだが、針先が傷む直前にあんまり良い音で鳴っていたものだから、交換へ出してしまうのがもったいなくなり、折からアナウンスされていた交換針メーカーJICOの「レコード針修理サービス」を予約し、スタイラス・チップのみを交換してもらった。何といっても103は丸針だから、トータルの費用はずいぶん安く上がったと記憶している。少なくとも、メーカーの針交換価格よりはずっと廉価だった。
それですっかり元通りとなったわが103は、新品購入から30年を経て今なお絶好調といってよい。その代わり、寄る年波を感じさせるところもある。ダンパーのゴムがだいぶ硬化してしまい、通常2.5±0.3gの適正針圧が、何と3.5gほどもかけなければ針先がビリついてトレースできないのだ。しかし、3.5gかけてやった103は、どっしりと安定して音像に血の気が通い、パワフルかつ艶やかな表現の方向になった。新品の頃にはうかがわれなかった音質傾向である。
そんな重針圧をかけても大丈夫かと問われれば、「大丈夫だ、問題ない」と答えるほかない。何といってもSPUは4gもかけるのだ。3.5gで怖がっていてはおちおち使っていられない。
一つには、図らずしも重針圧になってしまったことで、SPU好きの私にとって103がより好ましい方向へ変貌した、といってよいかもしれない。ともあれ、この個体はよほど何か大きな問題が発生しない限り、次回の針交換(私が現役の間にくるだろうか?)もJICOに依頼するつもりだ。わが人生を見守ってくれているような、得難いカートリッジである。
というわけで、SPUはその象徴ともいうべきGシェルをはぎ取った一方、103は一切の手を入れることなく、針先のみの交換で使い続けているという、まことに一貫性のない仕儀となっている。その両者に共通なのは、SPUは積極的に、103は結果的にという違いはあるものの、私が好む音へ変貌してくれた、ということが非常に大きい。結局は、音さえ自分の好みになってくれれば、経緯はどうでもよいということなんだなと、自分の節操なさに苦笑を禁じ得ない。
思えば、私がスピーカー自作派へ落ち着いたのも、出遭いの偶然とその場の成り行き、そして金がなくていいスピーカーが買えなかったからという、何とも主体性のない経緯だった。この辺りはまた、回を改めて思い出話でも語らせてもらおうか。
本当は、アナログ周りの話なんだからレコードについてもその一貫性のなさを書くつもりだったのだが、カートリッジたった2本について書くのに、もう結構な分量になってしまった。やれやれである。
(2020年4月10日更新) 第251回に戻る 第253回に進む
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。