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第348回/遠い過去と近い将来のことを考えた2月[田中伊佐資・最終回]

●2月×日/僕がミュージックバードで初めて出演したのは、ちょうど20年前の2003年だった。それはカメラマンの山本博道さんとオーディオ・マニア宅やメーカーの試聴室などを訪ねる「PCMオーディオ探険隊」というトーク番組だった。
ステレオ誌にはその会話を文字に起こした対談が連載になった。1年で終えるつもりだったが、3年も続いた。
 再び声をかけてもらって2009年に始まったのが「ジャズ・サウンド大爆発!オレのはらわたをエグっておくれ」だ。
 ジャズの優秀録音盤を紹介する1時間番組で、自分が普段買っているディスクをかけつつ、それを軽く解説すればいいだけの、いま思えば楽勝な趣旨だった。
ところが当初、なかなか勝手が掴めない。スタジオにこもり、一人ぼっちの状態で話をする。「俺は誰に向かって喋っているのだ」と地に足がつかない感じだった。誰もボケてくれないし突っ込んでもくれない。頭が瞬間的に真っ白になっても助けはない。あれは随分とスリリングだった。
 慣れるまではしどろもどろで、話もつまらなかった気がするが、岩崎育郎ディレクターは「田中さんの好きにやってもらえればいいんです」と極めて鷹揚だった。もうちょっと頑張ってくださいとか叱咤激励されていたら、たぶん長く続かなかっただろう。
 それと多少重なるようにして「アナログ・サウンド大爆発!~オレの音ミゾをほじっておくれ」が始まり「すみません、お宅のオーディオ、ナマ録させてください」と続いていくのだが、一人語りで繋いでいく「ジャズ・サウンド~」でハラワタをエグられるような時間があったからこそできたと思うのだ。
 そんなことを振り返ってみると、いま2つほどレギュラーでYouTubeのトーク番組を続けさせてもらっているけど、ミュージックバードで鍛えられたことがかなり生かされている。なにせそれまで僕は人前で話をする必要がないライター稼業一筋だった。ギャラをもらって養成までしてもらったわけで、ミュージックバードには感謝しきれないです。

「アナログ・サウンド大爆発!」第1回でオンエアしたCD3枚。
左からチャック・イスラエルの『コンヴァージェンス』、
カサンドラ・ウィルソンの『ラヴァリー~恋人のように』、
キース・ジャレット・トリオの『スタンダーズ・イン・ノルウェイ』)

●2月×日/ステレオ誌で連載を続けている「ヴィニジャン」も回数がたまって、ムック第3弾として5月(予定)に刊行されることになった。
 2016年の第一弾「オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記」は僕の自信とは裏腹にイマイチ売れなかった。続く20年の「ヴィニジャン: レコード・オーディオの私的な壷」はなんとか出版社が赤字にはならなかったと聞く。これがコケていたらおそらくダメだったけど、第3弾を出してもらえることになった。
 連載開始から、自分の好きなレコードをどうやって好きな音で聴けるかというエゴが強いページで、読者にしてみれば「オレ、そんなの関係ないし」てな風潮があったのかもしれない。しかし世の中でレコードが親しむ人が年々増えてきたことで、なんかアホな人がいるなと興味を持たれる確率も増し、少し上向きになっているんだと思う。
 本のタイトルは「やっぱレコードもろオモロい」とした。これは出演しているYouTubeの「やっぱオーディオ無茶おもろい」を安易にヒネったものだ。番組を観ている人にもアピールしたいというセコい考えがないこともないが、この語呂はなんとなくいいかなと思っている。ちなみにYouTubeのタイトルは僕が命名しているので、パクっているのではないのです。
 第一、 第二弾となにか違う部分があるのかと問われれば、オーディオよりもレコードに割いている部分が気持ち多くなっている。自分のオーディオは理想とまではいかないけれど、まあまあこのあたりの音でいいかなくらいまで来た感じがする。なので連載も気分的にはレコードに突っ込んでいく傾向にあった。
 札幌や名古屋、川越のレコードショップ巡りだけで計30ページにも達するし(タイトルの写真は名古屋の良店『REALLY GOOD』)、ラテンの爆音盤やブルースのSP盤を聴く回もある。
 音楽を聴いて心を動かされることを愉悦の頂点とするなら、そのボトムにレコードを探す・出会う・買う・集めるといった喜びがある。その山にはオーディオは入っておらず、別の山を形成しているのだが、現在は休火山といったところ。なにかの拍子で噴火しないことを祈りたい。

(2023年3月22日更新)   第347回に戻る


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3月22日の更新をもちまして終了となります。
長い間ご愛読いただきありがとうございました。


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなか いさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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