ピアノ伴奏者の心得 その3 ピアノ以外の能力
今回はピアノ伴奏者に必要な能力について、直接ピアノとは関係ない部分に関して書いてみる。
1、体力
これは仕事で音楽を演奏する以上、必須である。伴奏者は基本的にキャンセル出来ない。代役がいるわけではないので、何が何でも本番に出る必要がある。調子が悪くても、精神的に不調でも、疲労困憊でも、個人的な事由で演奏どころではない事態になったとしても、である。
ソリストの都合でリハーサルが深夜までずれ込むこともあるし、練習と本番を一日のうち何度かこなさないといけないときもある。さらに、移動が多く、移動後すぐ演奏しなければならないときもあれば、何時間も待たされることもある。これは体力がないと乗り切れない。精神的にも健康であることが重要で、エネルギーを上手く配分して、適当に息抜きし、集中力をコントロールする必要がある。
どれだけ演奏が優れていても、キャンセルされるような伴奏者には頼みたくない。本番だけでなく、急に具合が悪くなって練習に来られなくなってしまうような人も敬遠される。健康であることは、最重要である。
2、コミュニケーション力
これはソロで演奏する場合と違う部分である。伴奏者は、ソリスト(2人以上の場合もある) とコミュニケーションを取りながら、演奏を最終形に仕上げていく。具体的には、楽曲全体の解釈の共有、テンポや強弱の調整、細かいアーティキュレーションの統一、演奏効果を高めるための工夫など、様々な部分を、話し合いながら完成させていく。そのため、互いに尊重しつつも、遠慮なく意見を言い合える関係が不可欠である。この信頼関係をいかに短時間で構築出来るかが、コミュニケーション力にかかっている。
ソリストの要望に全く応えないのは論外だが、伴奏者側から提案するのが悪いということではない。より魅力的な音楽にするため、ピアノが出来ることは多くある。また、奏法的にどうしても無理がある場合もある。そういった部分を的確に説明する言語能力と、即座に弾いて再現出来る臨機応変さが必要である。
3、柔軟性
伴奏ピアニストには、常に臨機応変な対応が求められる。同じ曲でも、ソリストが変わると、全く違うアプローチで演奏することもある。曲想やテンポを、どんな風にでも変化出来る柔軟性が不可欠である。自分の好みのやり方ではないからと言って、頑なに自己流で通すのは好ましくない。特にコンクールなど、ソリストの解釈を審査員が評価する場でもあるので、ソリストの演奏を尊重するべきかと思う。
同じ楽曲部分を何パターンも試しながら、より理想的な音を探っていくこともある。この試行錯誤が結構楽しいのだが、ソリストの意図を素早く読み取って、どれだけ即座に対応出来るかが、腕の見せどころだ。
4、期限厳守の覚悟
ソリストから楽譜をもらう段階で、本番とリハーサルの予定を聞く。1週間後に合わせたいと言われたら、それまでに一通り仕上げておくことが大切。無理なら断った方が良い。引き受けたからには、例え夜中まで譜読みをすることになったとしても、曲を完成させる必要がある。この辺りは、経験と共にどんどん譜読みが速くなり、短時間で合わせられるレベルになるのだが、最初のうちは、果たして何時間の練習で弾きこなせるようになるのか、自分でも分からなかったりする。
時間が際限なくある人なら、せっかくの機会なのでやってみると良いかと思う。非常に限られた時間の中で完成させなければならない場合、体力勝負になるので、どれだけ無理がきく体質か考えてみた方が良い。精神的にタフな人なら大丈夫だが、繊細な人はプレッシャーで参ってしまうこともあるので、自分の性質を知っていることも重要である。
参考までに、完成に時間を要する曲は、運指が付いていない複雑なアルペジオや和音が登場する現代もの、調性が希薄なもの、極端な変拍子などである。