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ドゥルーズ、美術史、Webデザイン① Virtual Reality

Webデザイナーの端くれとして、毎年そのトレンドは追うようにはしているのであるが、そろそろ大きな変革が起こりそうだと感じたので、それについて思うところを述べたいと思う。

2019年のトレンド

鮮やかなグラデーション、大胆な画面分割、ハイクオリティなイラスト、流体デザイン。2018年のものからそう大きくは変わらない。強いて言えば色遣いがすこし生き生きとしたことくらいか。

これだけ見ていても仕方ないので、流れの中で解釈しなければならない。


スキューモーフィズム/フラットデザイン

現代のWebデザインの主流は、フラットデザインであるといって過言ではないだろう。Googleに始まり、このnoteのサイトだってそうだ。ミニマリスティックでスタイリッシュ、かつアトミックデザインとの親和性もよく、コンポーネント単位で利用できるため実装がシンプルである。

このフラットデザインは、それ以前のスキューモーフィズムからの反動であるらしい。例えばiPhone。iOS6まではスキューモーフィックなUIであったが、iOS7でフラットデザインにシフトした。

それ以前では要するに「現実の模倣」であり、カメラはリアルなレンズを持ち、コンパスやニューススタンドはまさに現実に即した形をしていたわけだが、フラットデザインにおいてはより抽象的なものになっている。

現実のものに忠実であったところから、その実質的な意味を取り出す、つまり「ヴァーチャル」な面にフォーカスしていく流れが生まれた。


Virtual/Actual、Real/Possible

このような対比は、ジル・ドゥルーズが「ヴァーチャル」「アクチュアル」という言葉で表したものと重なる。

彼はそのほかに「リアル」「ポシブル」というキーワードも使っている。



先にそちらから説明すると、リアルはまさにこの現実世界、ポシブルはそれ以外の可能世界のことである。未来などがそうであろう。

そして、ある世界(例えばリアル)にフォーカスした時、それの実在的側面がアクチュアルである。そして、それ以外の側面がヴァーチャルであると、私は理解している。

例えば道具は、アクチュアルな価値に対してヴァーチャルな価値が高いものである。カナヅチのアクチュアルな側面は、「木の棒があって、上部に金属塊が埋め込まれたもの」であるが、実質的には「釘があって、それを打ち込むもの」である。そういった意味でヴァーチャルは、アクチュアルに実現されるポテンシャルと言えるかもしれないし、アクチュアルなものに対する目的や意味のように解釈できるかもしれない。構造主義におけるまさに「構造」のようなものはヴァーチャルである。インスタンスに対するクラス(「犬」のようなもの)、「作者の死、読者の誕生」における読者、そして文脈(意味の場)によって生起されるものなどはヴァーチャルである。


Virtual Reality

現代において、多くのことがヴァーチャル・リアリティ方向に進んでいると思う。いわゆる(技術としての)VRは、「仮想現実」と訳されるが、"virtual" "reality"をそのまま解釈すると、それは現実世界の解釈可能性である。アクチュアルにはヘッドマウントディスプレイに映し出されている映像を、まさに別の世界にトリップしたと解釈するのである。リアルかポシブルかで言えば、今この時間、この場所で実際に起こっている/体験しているものなのでリアルなのである。

このような流れは、インターネットの普及によるものが非常に大きいと思う。SNSの発達によって、自分自身の(アクチュアルな)人格の他に、SNSのアカウントとしての人格が誕生した。そして、影響力が大きいのも、知人が多いのも、ヴァーチャルな自分の方になった。それ故に、現実世界(アクチュアル)での幸せよりも、インターネット空間やVR空間での幸せを願うことが増えてきたのだと思う。そこでは物理的なものをはじめさまざまな制約がない。高額な機材がなくても実験ができる。どこにでも一瞬で行ける。専門家でなくても意見を発信できる。インスタントに快楽を手に入れられる。

制約からの自由、それがヴァーチャルへの一つのモチベーションであったように思う。

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