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自由の定義2
おはようございます。
朝note、2日目です。気管支と声の違和感はありつつも、体力は戻ってきました。
しばらくは、朝、目覚めて起き上がる気力が沸かなかったのが、すっきりと目覚めて、今日はお昼用のお弁当も作ってnoteを書く余裕があります。
寝起きの初動の速さが、体調チェックの1つのバロメータかもしれません。
さて、昨日の続き「自由の定義」について。
これは奥が深すぎて、もしかしたら迷走しながら、何度も書くことに挑戦することになるかもしれません。
なぜならば「自由に生きたい」というのは、全ての生き物の本質的な欲求であり、目的でもあるからです。
昨日のnoteで、
「子どもたちはCreoBOXで、精神的な自由の喜びを感じている」
と書きました。
では、精神的な自由とはなんでしょう?
その前に、都会ではとても早い時点から、子どもたちは受験に向かって「猛勉強」をしていきます。
おそらくは、最終的に、安定的な高収入を得られる、経済的に豊かな人生を手に入れるために。(もちろん、権力や地位や名声、あるいは異性にモテるなども目的にあるのでしょう)
では、経済的に豊かな人生のいい点は何かというと、「選択する自由が広がること」です。
住みたい家、着たい洋服、食べたいもの、言うことを聞いてくれる人、パートナー、
などなどです。
つまり「多くの自由」が手に入ると考えているからです。
もちろん、持っていない人から見ると、持っている人は確かに、とても手が出ない経験や日常を過ごしています。
では、それは、子どもたちが喜びを感じている自由とは同じ種類のものでしょうか?
続きはまた明日。
田中素子
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