まばたき2回
8月を迎えた朝。
朝ベッドで目が覚めて、習慣のように身体の傍らに置いていたスマホの画面を開く。
しかし、夜の間上手く充電ができていなかったようで、すぐに電源が落ちてしまった。
急に手持ち無沙汰になり、でもまだ起きる程の気力もなく。
しばらく開かないままに枕元に飾りのようにして置かれていた本に手を伸ばし、
窓から差し込む夏の朝の光りの下で、ページをめくる。
* * *
空について書かれていた。
オノ・ヨーコの「どんぐり」という空色の真四角の本。
彼女は読者に問いかける。
「初めてそらの存在に気づいた時のことを教えてください。
初めて空が美しいと気づいた時のことを。」
ページの文字から目の焦点が次第に外れ、ボンヤリと窓の方を眺めなら、だんだんと自分の記憶に意識が傾き始める。
* * *
実家近所の小高い丘のある大好きな公園で何度も眺めた夕暮れ時のどんどんと色を変える空、
旅先で眺めたいくつもの朝日、
新宿のビルの狭間から思いがけず見えた夕空。
いろんな空を思い出す。
そんな空を眺める時は気持ちが高鳴り、大概スマホやカメラを向けてパシャリとその瞬間を静止画に収めていた。
でも、あれ?そんな道具をまだ自分の手にしていなかったもっと子供の頃はどうだったっけ。
そして急に、
子供の頃に信じ込んでやっていた行いを思い出す。
まばたきを2回素早くすれば、自分の心の中で写真が撮れるということ。
誰に言われたのか全く覚えていないけど、疑うことなく、事ある度にまばたきを2回パチパチさせていた。
そしてその頃は実際に、その風景を鮮明に覚えられることに感動していた。
いつしか、まばたき2回で風景を収めようとすることはしなくなり、心にしまった数々の風景はもう思い出せなくなっていることに気がつく。
(なんとなく、夜空に打ち上がる花火をパチパチと収めた記憶だけが朧げに心もとなく思い出される。)
* * *
そしてさらに、思い出す。
社会人最初の夏休みに訪れた鳥取で出会ったあきちゃんに言われたこと。(あきちゃんは、にぎやかな装飾の自転車でまちを走るおじいさん。実は鳥取の美しい風景を写真に収めてきた写真家さんだった。)
彼が今まで撮ってきた鳥取の風景写真を見せてもらい、わ~と感動していたら、
良い写真を撮るのに大事なことは、心のシャッターをきることだよ。
カメラを構えていない時もそう。
今この瞬間も私の心に収めているよ、と。話してくれたのだった。
目の奥がキラリと光った本当に優しい表情のあきちゃん。
いろんな風景に出会い、心の機微を重ね、
自分の中にしまい、自分自身の糧として、あきちゃんのように目の奥の光を灯したいものです。