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84日目(6)‐ メンバー紹介
(前回の記事)
「それでは、皆さんを紹介します」どうやら、入り口右手の青年が進行役のようであった。
「まずは、杉野さん」入り口の左手に座っている男性である。秀でた額に度の強い眼鏡と学者風の顔つきで、一見、鶏ガラのようにやせているのだが、どうやら着やせするタイプらしく、全身に鋭い筋肉がついている。後刻わかったのだが、空手の段持ちであった。39才。「杉野さんは、この部屋の『房長』です」
さて、「房長」とは、部屋のリーダーである。一番の古株が自動的になるシステムのようで、僕のような新入りに拘置所での決まりを教えたり、時には部屋の代表として点呼の際の最終報告をする係である。
留置場と同様、ここにも「牢名主」のような存在はあまりいないらしい。刑務所までいくと、時折、影の牢名主的存在になる人はいる由。留置場とはっきり異なるのは、この「房長」システムが、決まり事としてある点であろう。
メンバー紹介は続く。
「自分は後にして、ナンバー3の坂本さん」たくましく日焼けした顔に、ギョロリとドングリ眼のおじさん。やはり坊主頭だが、ゴマシオである。元自衛官。この人は既に判決を受けており、現在は2週間の「控訴期間」中である由。本人はもう、控訴するつもりはないらしく、近いうちに受刑確定者の部屋へと移房になるとのこと。
ここでも少しく解説。
控訴を断念したり、最高裁までいって刑の確定した人は、一般の部屋から、受刑確定者のみの部屋へと移される。そこで一定期間、刑務所へ行くための訓練を受けた後に、各刑務所へと移送される。僕がここへ着いたときに聞いた「教練」の声は、この訓練の声だったのである。
また、刑が確定したり刑務所へ送られることを業界用語で「赤落ち」と言うのだそうだが、この拘置所では、確定房へいくことや、確定房にいる期間のことも「赤落ち」と呼ばれていた。語源は博学の房長も知らなかったのだが、出てきてから調べると、昔は、刑務所へ送られるとき赤い着物を着せられていたことから、そう呼ばれるようになったそうである。
「ナンバー4の前川さん」
おとなしそうな、中年男性である。ややあごのはった四角い顔の中心で、小さな目をしばしばさせている。51才。
「ナンバー5の上田さん」
実に人の良さそうなおじさんで、どこからどう見ても犯罪者とは見えない。ニコニコしながら「よろしくー」と挨拶してくれたが、この数日後には「赤落ち」で部屋を去ってしまった。
「ナンバー6の伊藤さん」
唯一、見た目で素性のわかる人である。『業界用語』で言うところの「不良」すなわち、ヤクザである。まだ、眉のそり跡もくっきりとしている。当年とって33才なので、おじさんぞろいのこの房では、若々しいほうである。また彼は、ちょっとした二枚目であった。「伊藤さんも、今日来たばかりなんですよ。一足違いで、トイレ掃除担当はあなたになってしまいました」と、入り口右手の「進行役」氏。拘置所では、入ってきた順番に、朝の掃除担当がきっちりと決まっているのであった。
「最後になりましたが、僕はナンバー2の元木です。副房長です」
実は、この元木氏が一番若い。まだ23歳。彼もなかなかの男前で、伊藤氏がジャニーズ系だとすると、元木氏はちょっと前の時代劇スター風である。見るからに筋骨隆々。坊主頭のあちこちに「古傷」なのであろう、三日月形の跡がいくつもついている。これも後刻わかったことだが、本業はトビで、父親は自衛官、2人の弟はいずれも肉体労働で半分ヤクザ、無論、当の本人も組には所属していないものの遊ぶ相手はほとんど組員という、ハードボイルドな青年なのであった。これまた後刻、「家族写真」を見せてもらったのだが、親子そろってパンチにサングラスという、ブレのないヤンキー一家であった。ちなみに、父親と飲んでいて「ふざけて」骨折2回、縫い傷などは数えきれぬほど。「家族で飲んでいて、血を見ないことなんてまずない」とのこと。大抵の原因は、「プロレスごっこ」である由。世の中、いろいろな愛情表現があるものである。実際、「プロレスごっこ」中、父親から受けたパンチで、彼の鼻は少し曲がっていた。
もっともここでの彼は、部屋のムードメイカーであり、かなり頭脳明晰なので、ちょっとした相談役でもある、実に頼れる青年なのであった。
メンバー紹介が一通り終わる。
ここで、各人の「罪状」に関してほとんど触れていないことにお気づきの方もあろう。ここ拘置所には、「自分の罪状を他人に話してはならない」という規則があり、従って、紹介の際にも罪状に関しては全く触れられなかったのである。また、他人の罪状を根掘り葉掘り聞くことは非常に失礼なこととされ、嫌われるのである。
実はこのおかげで前川氏が毛嫌いされていることが後刻わかるのだが、この日もさっそく前川氏から僕に向かって「何したんですか?」と、質問が飛んだ。
元木氏が「いつも言ってるけど、それ、失礼ですよ」と、鋭い口調で注意する。
「あ、すいません、すいません」と、前川氏がうなだれる。部屋全体に、軽い緊張感が走る。
何となく気まずいムードになったので、「別に構わないですよ」と、僕。
元木氏、間髪入れずに「じゃ、遠慮なく、何したんですか?」
部屋に走った緊張感が解け、一同ほっとした笑いをもらす。
「葉っぱです」と言うと、「なんか、それっぽいと思ったんだよねぇ」と、元木氏。しばらくはマリファナ談義に花が咲く。彼自身はさほど好きという訳ではないようであった。ほかの人たちは、あまり経験もないようで、「どうなるの?」と、興味津々であった。
そうこうするうちに、食事の時間となった。
メニューがなんであったかの記憶はないが、移房の際に布団を運んだからであろう、汁碗を持つと腕がガクガクと震え、味噌汁が飲みにくくて困った。
当時の記述を見ると、翌日には全身筋肉痛になっていたようで、かなり筋力が減退していたことがうかがえる。
ともあれ、移監1日目は、このようにして過ぎたのであった。
※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。
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