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パリの朝、セーヌ川沿いを走る 【ランニング日記・パリ編 2/25(火)】
たまにはセーヌ川くらい走らせてほしい
人生において、「セーヌ川沿いをエッフェル塔に向かって走る」という日が来るとは、思わなかった。だけどまあよく考えたら、私が人生において「毎日走る」という日が来るとも、そんなに思っていなかった。
だからたまには、「セーヌ川沿いをエッフェル塔に向かって走る」ことがあってもいいじゃないか、とも思う。こんなに毎日走っているのだから、たまにはセーヌ川くらい走らせてほしい。
さて「こんなに毎日走っているのだから」とはいえ、2月は明らかに走行距離が足りていなかった。
月初に風邪をひいて体調を崩し、だましだまし走っていたら風邪をぶりかえし、いい加減休もう、と、しばし走るのを休憩した。(今変換したら求刑した、と出てきた。罪と罰か。)
中盤にはヤクルトのキャンプに出かけ、毎日おいしいものを食べ、のんびり野球を見ていた。頑張るヤクルトたちを横目で見ながら、私は首里の坂道をえらくふまじめに走っただけであった。
そして月末のパリ・モロッコ旅行。さすがに慣れない道を初日から走ることはできず、様子をうかがっているうちに、パリも3日目になった。
ポケットに入らないレベルの分厚いポケットWi-Fiと走る
パリでやりたいことの一つに「ランニング」とメモしていた。もちろん、今回もスーツケースのかなりの容量を使い、ランニンググッズを持ってきた。走らないわけには、いかない。「ここで走らないと一生走らないんじゃないか」という不安とは、ここパリでも戦っている。
ところがパリの朝は遅い。時差ぼけで6時には目がさめるのだけど、外は真っ暗だ。7時でもまだ暗い。治安がどれほどかわからない中、暗い道を走るのはやっぱり気がひける。なんせ私は、こども二人を連れてここパリにいるのだ。守るべき存在がいる旅というのは、あほだった学生時代とは違い、慎重にならざるをえない。
そういったわけで、明るくなる時間を待ち、8時すぎ、軽く朝食を食べてから走ることにする。
さすがに「ここはパリ」というわけで、意気揚々と走り始め、大通りに出たところで気がづいた。ポケットWi-Fiを持ち忘れた。もうどこにいても何かを忘れずにはいられない。
いつもはiPhoneすらもたず、Apple Watchだけで走っているけれど、知らない道でそれはさすがにできない。私は、生まれつきの、天才的な方向音痴なのだ。一般の方には理解できないと思うが、この天才っぷりは本当にすごい。息子も感動するレベルだ。
少し迷った末に、ホテルに取りに戻ることにする。iPhoneの三倍くらいの分厚さと重さの、古い携帯みたいなポケットWi-Fiだ。ポケットになんか入るのか?というレベルだ。でもやっぱりそれは、私を守るために必要なのだ。
部屋に戻るとこどもたちが「ママもう戻ってきたの!?」と言う。忘れ物ー、と答えると、「出たー!」と、笑う。再度出るときに、息子が全部持った?と、何度も確認してくれる。
気を取り直し、ポケットWi-Fiとグーグルマップを頼りに、再度走りだす。
「選択」に大きな意味はないのだ
まずホテルから1キロ先の、セーヌ川を目指す。そこからはセーヌ川沿いをまっすぐ4キロほど、エッフェル塔の近くまで走り、折り返してから、ホテルに戻る、というプランを立てる。だいたいそれで10キロだ。とにかくセーヌ川まで出てしまえば、方向音痴の私でも川沿いに走るだけなので大丈夫だろう。
パリの道はとてもフラットで、「川へ向かって走る」というとなんとなく下り坂になるイメージだったけれど、そんなことは全くなく、セーヌ川までもほぼ坂道に出会うことなく走ることができた。このフラットさはお散歩にもすごく良くて、私たちはパリでとにかくよく歩いた。(おかげであまり体重も増えなかった。)
パリの8時や9時は、学校へ向かう子どもたちや会社へ向かうであろうサラリーマンも多く、車の量も多い。できればもう少し早くに出た方が、人通りは少なく、走りやすいのかもしれない。だけど、知らない土地で「人通りが少ない」ことは、それはそれで少し不安だ。だから「ちょうど良い時間に出た」と思うことにしよう。なんだって、「選択」それ自体にそんなに大きな意味はない。その選択を「どう過ごすか」という方が、大事なのだ。
「柵」などという美的センスのないものはパリにはない
さて、セーヌ川までやってくると、いよいよ「パリのランニング!」という感じが強くなる。そういえば、セーヌ川を見るのも、パリ3日目にして初めてである。というか、人生で初めて見るセーヌ川である。
このセーヌ川、なんと、柵のようなものが一切ない。目の前はすぐ、川なのだ。まるでビーチのように。酔ったまま歩いたりしたら、確実に川に落ちると思う。子どもを遊ばせるのも不安だ。でもあくまでも、柵なんていう美的センスのないものには頼らない。そこにパリの念持を感じる。いや、知らんけど。
「セーヌ川沿いのランニング」には、この柵もない「本当の川沿い」を走るパターンと、そこから階段を登り、川を見下ろしながら歩道を走るパターンがある。この柵のない「本当の川沿い」の道は、石畳みででこぼこしていて、あまり走りやすいとは言い難い。で、階段を登り、歩道に出てみると、これはこれで、すぐ横を大量の車が走っているので排気ガスも騒音も結構気になってくる。
両方走るのを繰り返し、最終的には石畳みの「本当の川沿い」を走ることにした。
「一寸先は川」の道は、とても気持ちい
セーヌ川を渡る橋の下を何度もくぐるのだけど(セーヌ川には本当に橋が多い)、たまに路上生活者の方がいる。ちょっとどきどきするけれども、特に治安が悪いというわけでもなさそうだ。すれ違うランナーもたくさんいる。
この「一寸先は川」の道は、最初はちょっとびっくりするけれども、走っているとやっぱりとても気持ち良い。すぐそこに川、というのは、ちょっとした非日常感があってすごくいい。そしてもちろん、遠くにエッフェル塔が見えると、テンションが上がる。エッフェル塔というのは東京タワーと違い、遠くで見るよりも近くで見る方が何倍もかっこいい。だから、エッフェル塔に近づいていく、というランニングは、いやが応にもテンションが上がる。
いつもランニングの時に見ている、東京の高層ビルとはまた違う。ずっと続く川、石橋、柳の木。どれもこれも美しく、まだ肌寒いパリの気温はランニングにぴったりだ。右岸から左岸まで石橋を渡り折り返し、ポン=ヌフでまた、右岸に戻る。川沿いの8キロはあっというまだった。「まだ走りたい」なんて思ったのは、本当に久々だ。セーヌ川沿いなら、どこまでも走っていけるような気さえした。(そんなわけはないのだけれど。)
最後はバケットを抱えて走る
セーヌ川を背にしてからはまた、Googleマップを頼りにホテルを目指す。途中、素敵なブランジェリーを見つけ、思わず入る。iPhoneに挟んでいたクレジットカードで、クロワッサンとバケット、サンドイッチを買う。子どもたちへのお土産だ。
この時点で目標の10キロまではまだ500メートルほど残っていたため、バケットを抱えたまま、残りの500メートルを走る。パリでバケットを抱えて走る、というのは、いやこれは結構、滑稽なものである。いや、パリに限らず、バケットは特に抱えて走るもんではない。でも私はなんだか楽しくて、バケットを抱えたままスピードをあげた。結構自由な気持ちになれるものだ。
ホテルの部屋に戻ると、バケットを見たこどもたちは大喜びで、みんなでお行儀悪くそのままがしがしかじりついて食べた。パリのランニングの後のバケットの味は、格別だった。ホテルのレストランで買ったカプチーノとの相性もばつぐんだ。
走ることは私に、新しい旅の楽しみ方を教えてくれたと思う。これは心底思う。それは、走ることの、数少ない、本当に数少ない、メリットの一つだ。
だから私はこれからも、スーツケースのスペースを割きながら、どこへでもランニングシューズを持っていく。スペースを割くとは言っても、シューズひとつあればこんなに気軽に世界各国で楽しめるものというのはなかなかないのだし。
今度パリに行くことがあれば、もっと長距離を走ってみよう、と思う。そして次はどこで走ろうかな、と、考えると少しだけ、わくわくする。こういうささやかな喜びを探しながら、さて日本でも、また走ろう、と、私は思う。(たぶんまた、走りたくなくなるけど。)
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