情報量の少ない音楽が生む「感情の余白」
音楽鑑賞アプリ「Spotify」は、年の瀬のこの季節に「あなたの『Spotifyまとめ〇〇』」なるものを毎年まとめてくれる。その年に最も聴いた曲やアーティスト、好みのジャンルなど、どんな一年だったかを音楽鑑賞の視点から個々に分析してくれるのだ。
その2024年版が発表された。
僕が最も聴いた曲は奇妙礼太郎さんの『たまらない予感』という曲。1年で10回ほど聴いていたらしい。たしかに、会社や飲み会からの帰り道にこの曲を聴くと、その日がはちゃめちゃにつまらない一日でも、すーっとそのモヤモヤが胃の方へ降りていって「一日が終わったことには変わりないか」と前向きに諦められるような気持ちになっていた。
僕は、彼に限らず「ゆったりとした曲」をよく聴く。奇妙礼太郎さんのほかにも、ハナレグミ、キリンジ、ハンバートハンバートなど。もちろんシティポップやバンドの曲もよく聴くが、案の定今年のランキングには僕の好みの曲が並んでいた。
なぜだろうと考えてみるまでもない。歌詞をしっかり感じたいのだ。
1曲がおおよそ4~5分。その中で、ローテンポに音数少なく作られた曲は、その分言葉の数も少なくなる。ましてや、海外とは違い「1音に1つの文字」がベースの日本歌謡(※1)では、盛り込める情報も限られてくる。
※1 英語:「Play」という単語を1音に載せられる(母音が1つのため)
日本:「プ」「レ」「イ」と3音に分ける必要がある
その縛りの中で、限られた音数の中に載せられた詩は、より歌い手の思いが伝わってくる。そして、聴き手にも想像させる「余白」を生み出すと思っている。
例えば、最近僕が好んで聴く「天才バンド」の『ビューティフルグッバイ』という曲。その歌い出し(でありサビ)はこう始まる。
ビューティビューティビューティ
ビューティフルグッバイ
さよならが僕らの始まりだとして
ビューティビューティビューティ
ビューティフルグッバイ
バカみたいに笑ってた日々のうた
この部分だけでおよそ30秒。海外ラップリスナーの嘆きが聞こえてきそうだが、これがいいのだ。文字に起こしてみると、文章としては成り立っていない。ただ、この30秒間に僕は色々なことを想像する。引っ越しの度にお別れを言った友達。高校生の頃に亡くなった同級生。いまも連絡を取り合っていなくても、あの人は元気でやっているかな、また会える日が来ると良いな、なんてことをぐるぐると感じて、勝手にこころをじんわりと温めている。
音と言葉のしらべを聴きながら、一方で自分も何かに思いを馳せる瞬間をくれる「情報の少ない」音楽を、僕は愛して止まない。