令和6年司法試験 民法 再現答案

令和6年司法試験 民事系第1問(民法) 再現答案
作成日 2024年7月18日
構成25分 作成95分
分量 7.5枚

設問1(1)
第1 アについて
1(1)Aは甲土地所有権に基づき、その上に乙建物を建てているCに対し、建物収去土地明渡請求している。対するCの反論㋐の根拠は、賃借権(民法601条、以下法名省略)という占有権限があることである。契約①は無権利者のBがその名においてCとしたものであり、地人物賃貸借(561条、559条)であって、契約として有効である。契約①は建物所有目的であるので、借地借家法の適用があるところ、甲土地上の乙建物にC名義の登記がされているから、賃借権の対抗要件を備えている(同法10条1項)。
(2)Aとしては、令和4年4月15日にAはCに対し請求1を行っている。他人物賃借人は、他人物賃貸人が所有者からその所有権を取得した時に賃借権を取得すると解されるところ、所有者Aが請求1を行うことによってその所有権を賃貸人Bが取得することは確定的になくなったのであり、Cは「使用及び収益をすることができなくなった」(616条の2)といえ、賃借権は消滅する。よって反論㋐は認められない、と主張することが考えられる。
(3)ア Cとしては、再反論としてBが令和3年7月10日に死亡して相続が開始され(882条)、Bの直系尊属であるAが相続人として権利義務を承継する(889条1貢1号本文、896条)ところ、相続によって他人物賃貸人の地位をAが取得したことで、他人物賃貸人が所有権を取得したことになり、よってCは賃借権を取得することになる、との再反論が考えられる。
イ しかし、地人物賃借人の権利取得を認めると、相続という偶然の事情によって所有者の権利が害され、妥当でない。たしかに、Cは契約①を結ぶ際、Bから甲土地が父Aのものであったが既に贈与は受けていると伝えられており、それが他人物賃貸借になるとの認識はなく、Cに酷とも思える。しかし、登記名義人がAであることをCは認識していたことから、Cとしては他人物賃貸借かもしれないと予見できたし、またそれに備えて損害賠償の予定もしているので要保護性が低い。
ウ 以上より、Cの上記再反論は認められない。
2 Cの㋐の反論は認められない。
第2 イについて
1(1)反論㋑の根拠は留置権(295条1項)である。
(2)ア 甲土地はAの所有であり、Cが乙建物を建てることで占有しているので、Cは「他人の物の占有者」といえる。
イ 「その物に関して生じた債権」をCは有するといえるか。この点、留置権は物を留めおくことで債務の弁済を心理的に促進することを趣旨とする。そうであれば、留めおくことで債務の弁済を心理的に促進する関係があるといえれば、「その物に関して生じた債権」があるといえる。
 Cの主張する300万円の損害賠償債権は、損害賠償額の予定(421条1項)である。前述のとおりAが請求1をすることで、Cは甲土地の使用収益ができなくなる結果、Bの「甲土地所有権を取得してCに使用収益させる」債務は履行不能となった(412条の2第1項、415条2項第1号)。Bが自ら偽って契約①を結んだのだからBに帰責性がある(415条1項但し書き)。よって、Cは履行不能に基づく損害賠償請求権として、300万円の債権をBに有していた。そして、Bが死亡しAが相続人となったことで、上記賠償債務をAが承継することとなる。すると、留置の相手方と債務者は一致することとなり、Aは甲土地を取り戻すために300万円を支払わざるを得なくなる。
 よって、Cが甲土地を留めおくことでAの300万円の支払いを心理的に促進するものといえ、「その物に関して生じた債権」といえる。
ウ 賠償債権は履行不能の時に弁済期となるので、既に弁済期は到来している(同行但し書)。他人物賃貸借も契約としては有効であり、ただ上述のような賃借権取得の上での制約があるに過ぎないので、Cの占有が「不法行為に始まった」とはいえない(2項)。
(3)以上より、留置権の要件を満たす。
2 Cの反論㋑は認められる。
設問21(2)
第1 アについて
1(1)請求2の根拠は、不当利得返還請求権(703条)である。
(2)ア Aは、令和4年9月分の賃料12万円をDから受け取っているので、「利得」があるといえる。令和4年9月11日に乙建物内の丙室に雨漏りが生じ、その結果同日以降丙室は使えなくなっている結果、その分居住目的の使用収益が低減しているのでDに「損失」があるといえる。そんな中Dは乙建物使用の対価として12万円を支払っているので、利得と損失には社会手通念上の因果関係が認められる。
イ では、「法律上の原因」はあるか。
 本件では、丙室に雨漏りが生じ、9月11日から30日まで丙室は使えなくなっている。乙建物は居住用建物であり、丙室はその一室であるところ、その一室が使用できなくなっているので、「賃借物の一部が…使用及び収益をすることができなくなった」(611条1項)といえる。その後の調査によれば、丙室の雨漏りは、契約②が締結される前から存在した原因によるものであったということであるから、雨漏りは「賃借人の責めに帰することができない事由」によるものである。よって、611条1項により、「使用及び収益ができなくなった部分の割合に応じて」当然減額される。にも関わらずAは満額の12万円を受け取っているから、その減額されるべき限度で「法律上の原因」はないといえる。
ウ 丙室が使えなくなっていた期間は、9月11日から30日までの20日間で、月の3分の2に当たるから、減額されるべきは12万円×2/3=8万円とも思えるが、丙は乙建物の一室にすぎず他の部屋は問題なく使用できていたのであるから、認められる額は8万円よりは少なくなるだろう。
2 以上より、請求2は、最大8万円の範囲限度で認められる。
第2 イについて
1(1)請求3の根拠は、必要費償還請求(608条1項)である。
(2)乙建物の一室である丙室は、雨漏りにより使用収益できなくなっているので、それを修繕することが乙の使用収益のため必要である。そして、雨漏りはDの帰責でない以上、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕は賃貸人であるAが負っている(606条1項本文)。よって、Dは「賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出」したといえ、賃貸人Aに対し、「直ちに」その支出費用30万円を請求できるとも思える。
(3)ア 対してAからは、特に修繕工事を急ぐべき事情はなかったのだから、Dは、そもそも、丙室の雨漏りを無断で修繕する権利を有していなかったはずだ、との反論が考えられる。
イ 賃借人自らが修繕できる場合として、607条の2各号が規定されているところ、本件工事の実施を急ぐべき急迫の事情はなかったので、2号は該当しない。DはAに何らの通知をしないままEに本件工事を依頼しているので、1号にも当たらない。では、同条各号該当性がない場合、賃借人は自ら修繕することができるのか、明文がなく問題となる。
 この点、民法は、使用収益に必要な修繕を要する事態が生じた場合、一義的には賃貸人に修繕義務を負わせ(606条1項)、賃借人自らが修繕できる場合を607条の2の場合に限っている。これは、賃貸物の修繕は、その形質の変更を伴うものがあり、賃貸人の財産権を保護するためである。そうであれば、各号に該当しない場合に賃借人が自ら修繕することは許されないと解すべきである。
ウ よって、Aの上記反論は認められ、Dは権利がないのに勝手に修繕した以上、608条1項に基づく請求は認められない。
2(1)次に、Dとしては事務管理に基づく有益費書簡請求(702条)として、30万円を請求することが考えられる。
(2)本件雨漏りの修繕は前述の通り本来賃貸人であるAの義務であった。にも関わらずDは義務がないのに修繕を行ったので、事務管理(697条1項)が成立する。本件工事は雨漏りを直すものであるから、その費用は「有益な費用」(702条1項)である。一方、DはAに通知せず本件工事をEに依頼し、Aが工事を知ったのは請求2,3がなされて初めて知ったこと、そしてAは請求2,3に直ちに異議を述べていることから、上記事務管理は本人たるAの意思に反してなされたものである(同条3項)。そこで、現存利益の限度で請求3は認められる、とも思える。
(3)ア Aとしては、DがEに支払った報酬30万円は高すぎる。一般の建設業者に依頼していれば20万円で足りたのだからその限度にすべきだ、と反論する。
イ 事務管理に基づく有益費証券請求は、事務管理によって利益を受けた本人と支出の負担を負った管理者の公平を図る趣旨である。そうすると、償還請求は当事者間の公平の観点から相当といえる範囲で認めるべきである。
ウ 本件工事と同じ内容及び工期の工事に対する適正な報酬額は20万円であるもったのだから、通常どおりAが修繕していれば20万円で済んだのに、Dが勝手に修繕したことで10万円余計に費用が生じたのである。よって、20万円にとどめるのが公平であるといえる。
3 以上より、請求3は20万円の限度でのみ認められる。

設問2
1(1)請求4は、丁土地の所有権に基づく明渡請求権を根拠とする。
(2)ア Fとしては、契約⓷は錯誤取消(95条)されており、Iは無権利者からの承継者として所有権がないと反論するだろう。
イ そこで、錯誤取消が適法になされているかが問題となる。まず、契約⓷は財産分与(768条)という身分行為であって、錯誤取消の対象ではないとも思える。しかし、財産分与は夫婦の一方から他方へ財産を与えることであって、その実質は財産行為である。また、分与された財産は以後取引の対象となるのであって、第三者の取引安全を図る必要もある。よって、財産分与であっても錯誤取消の対象となる。
ウ 次に錯誤取消の要件を検討するに、Gは契約⓷に際し、課税がGではなくHになされると誤解し、それを前提として分与しているから「法律行為の基礎とした事情」についての錯誤がある(95条1項2号)。そしてGはHに課税されることを気遣う旨発言し、Hもそれに「何とかする」と応答しているから、税負担はHが負うことが表示され、相手方に認識されて契約の内容になっていたといえる(2項)。課税額は300万円という大金であり、Gが丁土地以外の財産をほとんど有しておらず、かつ失職中で収入がないことを考えると「錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」といえる。
 Gは友人の税理士から、課税されるのは分与者Gであること聞き、そこで初めて誤解に気づいており、Gに重過失(3項柱書)があったと思えるが、税の仕組みは複雑であり一般人がそのことを知っていることは考えられないので、重過失はない。仮に重過失あるとしても、相手方Hも事故にのみ課税されるものと理解しており、同一錯誤(3項2号)に陥っているので、いずれにせよ錯誤取消の要件を満たす。
ウ よって、Gの錯誤取消は適法である。
(3)ア Iはとしては、Iは「第三者」(95条4項)に当たり、保護される結果所有権を取得すると反論するだろう。
イ まず、財産分与であっても前述のとおり取引の安全を図る必要があるので、本件にも95条4項は適用される。
「第三者」とは、取消された法律関係を基礎として新たに独立の利害関係を有するに至った者をいう。Iは、契約⓷が取り消される前にHと契約④を結んでいるので、「第三者」に当たる。Iは、Gが契約③に係る課税について誤解していたことを契約④の締結時に知らず、そのことについて過失がなかったのだから、善意無過失である。「第三者」として保護されるのに登記が必要か否かが問題となるも、取引の安全を貫徹するため、登記は不要であると解する。
ウ よって、Iは「第三者」に当たり、丁土地の所有権を取得する。
2(1)ア Fとしては、自己が「第三者」(177条)に当たることを前提に、Iは丁土地の登記を具備していない以上、その所有権の取得を自己に対抗できない、と反論するだろう。
イ 契約⓷は取消され、その後GはFと契約⑤により丁土地を売却している。ここで、錯誤取消された行為の第三者(95条4項)は、取消者から直接所有権を承継取得することになると解する(承継取得説)。この点、第三者の存在によってG・H間の契約も有効となり、その権利をIがHに取得する、つまりG⇒H⇒Iと順次取得していく、と解する見解もあるが、これは本来無効な行為を有効とする点で過度な擬制であって妥当でない。
 そうすると、G⇒Iの物権変動と契約⑤によるG⇒Fの物権変動の2つが観念でき、二重譲渡類似の関係に立つから、IとFは対抗関係に立つといえる。
 そこで、Fが「第三者」(177条)に当たるかが問題となるも、第三者とは、当事者及び包括承継人以外の者であって登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。
 FはGから契約⑤によって丁土地を購入しているから、「第三者」に当たる。
ウ もっとも、Fが背信的悪意者であれば、信義則上登記の欠缺を主張する正当な利益を有さないこととなり、「第三者」該当性が否定される。Gと契約⑤の際に、Hとの間で契約③が締結されたものの、Gが契約③に係る課税について誤解していたため、契約③は既になかったこととなっているとFに説明したにとどまり、Iの存在については言及していない。また、当時登記はHであるから、FはIの存在をすることはできなかったといえる。よって、Fはそもそも悪意者ではない。
 また、たしかにFは9月よりGに無断で、Gが所有する丁土地を駐車場として使用し始めており、背信性があるとも思える。しかしGとFは知らない仲ではなかったことや、G自身は丁土地を使用する予定がなかったことから、Fに対し、口頭で抗議をする以外のことをしなかった。このことから、Gは一定程度無断使用を容認していたといえる。また、駐車場として利用することは、土地の占有状態を大きく変えるものでもない。ゆえに、Fに背信性はない。
エ 以上より、Fは「第三者」に当たり、Iは丁土地所有権をFに対抗できない。
3 請求4は認められない。なお、Iが登記をすれば認められる。

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