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焼く日

 イタリアに行きたい。

 父親が研究者だったためか、幼い頃から研究者という選択肢が非常に普通に存在していた(もっとも、彼が何をやっている人なのかはいまだに知らない(し特に知りたいとも思わない)のだが)。少し勉強が得意だったのもあって、周りに言われるがままになんとなくなってみたいと思っていた気がする(記憶が無いほどに幼い頃の話である)。
 国際学会のエネルギーはとてつもなく大きかった。熱があった。楽しそうだった。僕は研究者になる、とこれまで生きた中で明らかに最も強く意識した。
 結局、触れられることには限りがあると理解した。昆虫という縛りがあっても題目は非常に多岐にわたっていた。多少は勉強したから、そして英語発表だから、理解出来るものと出来ないものの差が顕著だった。初めが肝心だった。何をやっても楽しいんだと思う、触れたものの中にしか選択肢が無いだけで。
 ぶっ殺すと心の中で思ったならッ、その時スデに行動は終わっているッ これは本当に名言だと思う。研究者になるという決意そのものは本当に無意味なものであると感じる。そう会場で思っても、家に帰るともう何もしたくないものだ。朝1時間早く起きて、1本論文を読んでからバイトに行こうとか、そういうシステムを作ってやっていかないといけない、のでそうすることにした。会場からの帰宅後、疲れてはいたが、なんだか落ち着かずに1本読んだことは、振り返ってみると自分も捨てたものではないと感じる(今こんな文章書いている暇があるならもっと他に、)。
 
 今年の夏はおでかけが少ない。ボルネオの話も断ってしまったし(今年はフタバガキ一斉開花の年だと後から知り、ひどく後悔した)。南米用の資金繰りがネックである、けどそれでいいと思う。みんな、その金で東南アジア5回行った方が良いというが、そうは思わない。ノウハウの無いところへ強引に飛ぶから良いのである。
 今年で遠いのは屋久島ぐらいだ。来年以降と思っていたが、忙殺されている先輩を見て、少し強引だが今年行くことにした。ハサミムシならこれからがベストシーズンだし。いつも雨が降っていると聞く屋久島だけど、僕の晴れ力とどちらが勝つか、天気予報を見ずに期待する。

 それから仙台市。

 

 


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