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Mくんの話①〜アルフォートち○ち○事件〜

新卒で入った以前の職場にMくんという同期がいた。

Mくんはイケメンだった。生田斗真似の大きな瞳に、彫刻のように高くの通った鼻。大学時代には演劇を志していたというのも納得のイケメンっぷりなのだ。

僕と彼は配属された部署が同じだったこともあり仲が良かった。

Mくんは仕事がとてもできて、出世のスピードも早かった。人当たりもよく、クライアントからの評判もよかった。ただし酒は飲まず、だから飲み会に出ることが好きではなく、欠席することも多かったが、仕事となるときっちりと社交的になり、酒好きの上司からの評判も良かった。これは演劇の賜物なのか、彼元来の持って生まれた特質なのかその辺りはよくわからないが、とにかく人に不快感を与えることなく自分のペースで生きていくことがとても上手だった。

そんなイケメンスーパーマンのMくん、さぞかしモテただろうとあなたは思うかも知れない。しかし、彼のスペックにふさわしいモテっぷりだったかというと、消化不良だったという印象が拭えないというのが、不肖私の意見である。彼ほどのスペックがあれば、毎日女の子を取っ替え引っ替えすることもできたはずである。彼よりもはるかにスペックの低い男たちが日々女の子と楽しく遊んでいるのだ。Mくんにできないはずがない。ではなぜ、彼は自分自身に見合うだけモテなかったのか?

理由の一つはMくん自身が特段モテたいと思っていなかったからである。彼には大学生の時から長く付き合っている彼女がいたし(今ではその美人の奥さんと結婚して子供もいる)、そもそもが次から次へと新しい異性を求めていくギラギラしたタイプではないのだ。でも理由はそれだけではないと不肖私は踏んでいる。

Mくんはちょっと変わっているのだ。

新人時代、深夜まで残業していたときのこと。オフィスには僕とMくんしか残っていなかった。慣れない仕事内容、新人の自分達には捌き切れない仕事量を前にして、二人とも疲労困憊で、限界寸前だった。僕がパソコンを前に必死になって資料を作っていると、生田斗真似の大きな目が三分の一ほどの大きさになった眠そうなMくんがフラフラと僕の席のところまでやってきた。手にはアルフォート(チョコレート菓子です。とっても美味しい)を一箱持っている。多分同じ状況になったら、これを読んでいる人の99,999%の人が「おや、お菓子を分けてくれるのかな?なんて気がきくやつ」と思うだろう。実際、僕もそう思った。

でもMくんはおもむろにこう言った。

「ねえ、二人のち○ち○でこれを挟まない?」

??

疲労困憊だった僕の頭は彼のその発言で一気に回り始めた。むろん、彼の発言の意味するところを理解しようとしたからだ。僕は落ち着いて彼の発言を反芻し、ゆっくりと解釈してみた。

①アルフォートを(Mくんの手に収まっている青いパッケージのアルフォートを見る)、
②Mくんのち○ち○と(Mくんの顔を見上げた後(眠そうだ、イケメンだ)、彼の股間に目をやる)、
③僕のち○ち○で(自分のは見ない。当たり前だ)、
④挟む(その光景を想像する)。

ゆっくり解釈してもよく意味がわからなかった。

言っておくが、僕にそっちの趣味はない。そしてMくんにもない(多分)。もしあったとしてしてもアピールの方法としては幼稚すぎるし、そもそも意味がわからない。

彼はとろんとした目で「ほら、早く」と言っている。正気なのか。僕をからかっているのか。でも見れば見るほどMくんの目は本気だった。

僕は怖かった。会社に入ってから最も恐怖を覚えた瞬間だった。そのイケメンぷりのせいで余計に怖い。

僕はありったけの勇気を振り絞り、彼の提案を断る。しかし、どこか自信なさげに発せられた僕のその言葉は、ふらふらとあたりを彷徨い、深夜のオフィスの静寂さの中に消えていった。

少ししてから「どうして?」と、Mくんは極めて不快そうに眉をひそめて言った。

どうして?

意味がわからない。どうして「どうして?」と聞かれるのか、意味がわからない。

想像してみて欲しい。二十代半ばのサラリーマン男二人が、深夜のオフィスでアルフォートを股間で挟んで向かい合っているのである。万が一他の社員に見られたりしたら、翌日から出社することはかなわないだろう。恥ずかしくてお嫁にも行けない。アルフォートを股間で挟むというのは、それぐらい意味不明で、他人に恐怖を与える行為である。

僕がそうMくんに説明すると、「ね、お願い。一度やってみよう。一回だけでいいから」と、まるでOLに向かって一度お相手をお願いするようなセリフを吐いてきた。全く僕の話を聞いていない。有無を言わさぬ圧力がある。

つい先ほどまで資料作成に没頭するだけでよかった僕の人生はあっという間に窮地に追い込まれていた。僕は人間の尊厳の瀬戸際に立たされていた。

それから1分ほど、何と形容していいのかわからない謎の沈黙の時間が流れた。

僕の追い込まれた様子を見かねて、Mくんは軽くため息をつき、こう言った。

「わかったよ。どうしても嫌なんだね」

ついに魔法が解けたのだ。僕がその発言を聞いてどれほどホッとしたか、ご想像いただけるだろうか。

そう、ようやく時間は正しい歩みを再開し、あたりは現実を取り戻し始めたのだ。グッバイ、アルフォートファンタジーワールド。ウェルカム、正しきまともな世界。

ホッとした様子の僕を見て、Mくんはこう言った。

「ち○ち○は諦めるから、お尻で挟もう」

これが後に「アルフォートちんちん事件」と呼ばれることになる事の顛末である。

Mくんの話②につづく



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