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【百物語】おみくじを引き続ける女性

GWと言うのにどこにも行けずに、私は家の手伝いをしている。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、そろそろ陽も傾いて来て、あと二時間もすれば夕食時。

「あのー、おみくじ引きたいんですけど」

 その女性は珍しく暗い表情で、社務所の奥にいた私を覗き込む様にして声を掛けた。

「はい、少々お待ちください」

 積み上げてある箱入りのお神酒の脇に置いてあった筮竹を取って、受付け用の椅子に腰かける。営業用のスマイルを見せながら、ザラザラと音を立てて振ってみせて、それを窓の向こうにいる女性に手渡した。

「一本お引き下さい。選ぶ時には、御神託を賜りたい事柄を考えながら引いて下さいね」

 ここまではマニュアル通り。中学生になったばかりの頃から、巫女の手伝いをさせられているので、ほとんど条件反射みたいになっている。


 でも、その女性の反応は、ちょっと違っていた。

「あの……私の代わりに、引いて頂けませんか?」

 あれ? っと思って女性の両手を見ると、別に怪我をしている風でもなく、動かせないわけでは無いみたいだった。

「えぇと、ご自身で引いたおみくじでないと、ちゃんとした御神託は受けられませんよ」

 彼女が暗い顔をしている理由を、少し想像してみた。多分、うちの神社以外でも、おみくじを引いてきたんだろうな。そして、その結果がことごとく良くなかった、と。

 それで私に選んでくれなのね、そう思って彼女を見返すと、不安で仕方ないような、何かを言いたくて必死に我慢しているような、切羽詰まった表情に見えた。

「……いいですよ。でも、どんな結果が出ても、御神託ですから」

 言ってからしまったと思う。これではまるで、悪い結果が出ますよ、と決めつけているみたいじゃない。営業スマイルにも、思わず苦笑いが混じってしまう。

 しかし、言われた彼女は何かほっとした表情で、先程までとはうって変わって落ち付いた様子に見える。何故だろう? ふとそんな疑問を感じながら、彼女が何について知りたかったのか聞いていない事に気付いた。


「あの、御神託を賜りたい事柄は何でしょう? それを伺っていないと……」

 私の手元をじっと見詰めていた彼女は、驚いた表情で顔を上げて、一瞬だけ泣きそうな顔になった。

「えぇと、あのー、その、な、なんでもいいんです。あ、いえ、恋愛運、それで……」

 何を焦っているのか分からないけど、彼女が言った恋愛運というのも何か適当に口を衝いて出た感じがした。もしかして、うちのようなおみくじは初めてなのかも。

「そうですよね。普通の神社では、おみくじはただ引いて吉凶を占うだけですから。うちのように内容云々は珍しいですよね。でも、頂く御神託は同じなんですよ。ただ、解釈が変ってくるんです」

 説明しながら、そっと彼女の表情を見る。今度は私に視線を合わせずに、落ち付かない様子であちこち見ている。まぁ、気にする事でもないかな……そう思って、恋愛運についての御神託を頂けるように思いながら、一本取り出した。


「……四十九番ですね。少々お待ちください」

 またずいぶんと縁起の良くない数字。そう思いながら、四十九と書かれた託宣箱から一つのおみくじを取り出して窓口に戻る。

「お待たせしました。こちらをどうぞ」

 彼女が、差し出したおみくじを、奪い取るような勢いで受け取ったのにも驚いたが、あまりにも真剣で恐ろしさすら感じる目付きで、おみくじを開いている様子にも驚かされた。

 いくら御神託といっても、私が選んでしまった以上、結果が気にならない訳が無い。願わくば彼女が顔を上げて、何か言ってくれるように祈った。

 幾重にも折りたたまれたおみくじを、ゆっくりと開いていく。その間、私も彼女もおみくじだけを見つめていた。そしてついに……その瞬間、彼女の目が大きく見開かれ、緊張していた身体からストンと何かが落ちたように見えた。


 ゆっくりと顔を上げた彼女には、なんと言っていいか表情が無かった。ポカンとした呆気に取られた顔で、じっと私を見詰めている。

「あの……これ、どういう意味なんでしょうか……」

 そろそろと差し出されたおみくじを受け取って、期待しながら御神託を読む。

 『大吉』。なにをするのもよし。失せもの出る。待ち人あらわる。金運非常に良し。

 なんというか、最高の結果が出ている。でも、その後に書いてある具体的な託宣が、何か妙な感じ。

「……何事も本人の気の持ちよう。良いと思えば良く、悪いと思えば悪くなる。前向きに考えて事を進めるべし……か。うーん、これはつまり、あなたの運は悪くないけど、あなたが自分は運が悪いと思い込んでいる、っていう意味になるのかなぁ……あ、済みません、そういう意味だと思います」

 ちょっと、しまったなと思いながら、おみくじから顔を上げて彼女の方を……見た筈だった。でも、そこに彼女の姿は無く、慌てて窓から身を乗り出して見ても、今さっきいた筈の女性はどこにも居なかった。


「なんだったの?」

 思わず出た独り言が消えるかどうかのタイミングで、鳥居の先から聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。

『みぃなぁ~! いるわよねぇ~!! ちょっとぉ、大変なのよー!』

 声の主は間違いなく恵子ね。容姿から何から、全てが完璧なお嬢様なのに、言葉づかいと、たまに出るなりふり構わない態度のせいで……今がそういう状態みたい。

 恵子は息急き切って社務所に一直線に駆け込んで来た。もう、髪が乱れちゃって、せっかくの美人がだいなし。

「ま、まぁ、落ち付いてよ。何がどうしたっていうの?」

 奥の机からポットとカップを取って、紅茶をついで恵子に差し出す。彼女もそれを黙って受け取って、優雅な身熟しでくいっと一口飲んだ。

「……アール・グレイ。いれてから結構立ってるわね。渋味が出ちゃってる」

 口では文句をいいながらも、まんざらではないという顔をしている。彼女と縁のある人間は、自然に紅茶の味にうるさくなってしまうという事を、本人はあまり自覚していない。


「それで? 落ち付いたところで、何があったのか話してよ」

「えぇ。既に耳に入っているかもしれないけれど……」

 言いながら、もう一口紅茶を飲む恵子は、彼女以上に情報の早い人間はいないという事を十分知っている。でも、彼女が言うと不思議と嫌味に聞こえない。

「……おみくじ泥棒? とでも言うのかしら。最近この辺りの神社のおみくじを、ありったけ引いた揚げ句にいつの間にか居なくなる、変な女が出てるらしいのよ」

 あまりにも思い当たるフシが……もしかして、さっきの女性かな?

「その人、さっきまでいたよ」

 え? と驚いた表情になった恵子は、飲み終えたカップを返してよこすのも忘れていなかった。

「なんですって? それで、水無子は大丈夫だったの?」

「えっと、確かに泥棒と言えば、そうかもしれないけど……百円だし。別にいいんじゃないかなぁ」

「百円?……それって、一回分よね。どういう事?」


 それはこちらが聞きたい事だけど、取り合えず今までの経緯を恵子に話してみる。その後恵子から聞いた話では、彼女と思わしき女性は訪れた神社でおみくじを全部引いてしまい、最後の一つを引いた後で突如姿をくらますという事だった。

「なにかねぇ、聞いた話なんだけど、『大凶』が出ない、とかなんとか呟きながら引いてたらしいのよね。もしかして、おみくじマニアか何かなのかなぁ……」

 そんな人居ないってば、と心の中でツッコミを入れながら、さっきの彼女の表情を思い出していた。

「ところでミナ、おみくじって、大凶なんて入ってるわけ?」

「ううん、そんなの無いと思うよ。うちは凶は入れてるけど、神社によっては入れてない所もあるし。お正月とか、おめでたい時だけ入れない神社も多いよ」

「そうよねぇ……私も今まで大吉しか引いたことがないし」

 それはそれで凄いよね、と思うけど、恵子の場合運勢も含めて何でもアリな気がするので、彼女らしいと思う。

 結局、あの女性がなんだったのかは分からないけど、うちのおみくじで満足してくれたのかもしれない。もしも次に来る事があったら、おみくじ代の百円を返してもらおうかどうか、ちょっと悩みながら社務所を閉める準備を始めた。




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ポエムニスト・ノアキ(ノアキ光)
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