「この日記面白くねえな、、。」


独りごとが癖ではあるのですが、最近は人前でも無意識に炸裂するようになり、例えばつい一昨日は稽古終わりに電車に並んで座った共演者の足を見て「格好いい靴履いてんな」と。
ボソリというもんだからどうも話しかけたのかどうかわからず紛らわしいようです。


僕は道を覚えるのが本当に苦手で、それは恐らく方向音痴なのではなく常に頭の中で独り言をつぶやいたり、歌を歌ったりしていて、そもそも道であったり外の機微に目を向ける気がないからだと、勝手に原因を予想しています。

節約のため稽古場まで二時間ほど歩いた時も、結局その間はずっとゴニョゴニョと考え事をしていたり、エレカシやら友川かずきやらチャットモンチーやらねごとやらを、しかも同じ曲を延々と脳内再生しているため、道中で覚えていることといったら休憩で立ち寄った江古田駅のマクドナルドぐらいのものになってしまいます。


のでまず散歩をするときは深呼吸して一旦考え事や歌をゼロにして、よっしゃいっちょ町並みの風情や季節の空気を五感で堪能してやろうかいと、しょうもなく意気込んで歩きはじめるわけなんですが、一分もすればまたぶり返してきます。

結局どうも自分のことしか目を向けられないようで嫌です。
そういえば酒もタバコも珈琲も散歩も、それをしている自分が好きなだけだというところから始まった気がしています。


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山籠り中の話。

仕事を終え、寮までの帰り道、15分ほど。東京と違って、道のすぐ横には鬱蒼と木々が生い茂っているわけで、なんとなく足を止めてその奥を眺めました。腹が立ってきました。なんで僕はこの森林の中に一歩踏み出し、分け入っていくことができないのか。そのときはクロックスを履いていましたが、その隙間から土やら虫やらが入り込んでくることを汚らしく思ったわけですが、そのときは夏場で半袖でしたからもちろん顔から二の腕まで全部を虫に食われるなりなんなりするという嫌悪感を抱いたわけですが、そんな理由で目の前の森に入っていけないなんて、そんな頭でっかちと言いますか情けないことがありますか。
人間以外の生物ならそんなもんわけなく、むしろ人間でも可能な人はいくらでもいるだろうに、そんなもんはどうにも生物的に情けないとしか思えなく、一分ほど入っていこうかと森の前で悩みましたが結局諦めて帰りました。
一歩足を突き出すだけがなんでできないかね。

結局そうやって、森を目の前にして悩んでいる、物思いにふけっている自分に満足しているだけだったんだと思います。

自分の中に深く逃げていくのも場合によっちゃけっこうですが、いざとなったらいつでも、パンと離れられるようになりたいもんだと、なんとはなしに思います。


室田渓人
Twitter:@muro_kei

劇団肋骨蜜柑同好会
『殊類と成る』

12月5日(木)~10日(火) @Geki地下Liberty

"酔わねばならぬ"

🌖予約/当日 3800円
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🌙前売 3500円 (300円安)
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