偶然の先の彩り
私には好きな人がいる。
もちろん、夫のことは好きだし、愛している。
息子も然りだ。
芸能人でもモデルでもyoutuberでも2次元でもなくて…。
一般人に好きな人がいる。
それは、主婦にとっては[イケナイ]感情かもしれない。
だけども、主婦だって人間だ。
ロボットのようにコントロールできる回路がある訳ではない。
見たものをインプットして「記憶」として残し、データを保存する。そこに、好きとか嫌いとかの感情は全くない。それじゃ、面白くない。人間なんだから。
【彩り】は必要だ。
本当に偶然だった。
私のパート先に「先生」がやってきたのは。
施設の窓口。先生は申請をしにやってきた。
私の名札を見た先生が話しかけてきた。
それは、10年以上ぶりに会う中学の同級生だった。
成人式や同窓会の時は、久しぶりに会う女友達と盛り上がりあまり男子とは話さずに終わってしまい、それっきり。
だから、大人になったイメージよりも中学の頃のイメージが強く残っていたせいで、私はその[先生]が[同級生]だということを認識するのに少し時間を要した。
よくよく顔を見れば、あの頃の面影は残っている。
ただ、あの頃よりも背も高くなり、なんといってもあの頃よりもイケメンになっていた。
あの頃、先生は私に告白をしてくれた。
付き合って欲しい、と。
当時はケータイも持っていないので、家の電話にかけるしか好きな人と話す手段が無かった。
素直に嬉しかったし、まさかそんなふうに思ってくれていたとは想像出来ないほど、あの頃の先生は素っ気ない態度をとる男子だった。
その告白は受けようと思っていた。
私は他のクラスメイトに付き合っているとか大っぴらにしたくない性格だった。なんとなく最近あの二人仲良いよねー、くらいの雰囲気から徐々に知られていくのは仕方ないと思っていた。
だから、告白の電話の時に
「返事は学校でするね。このことは誰にも言わないでね」
と、告げていた。
その日は土曜日で次の日も学校は休みだった。
すると、次の日も電話がかかってきた。
早く返事がほしいらしい。けれど、私は頑なに明日するからと言って電話を切った。その時も、他言しないように念を押した。
いよいよ迎えた月曜日。
私たちは別のクラスだった。自分のクラスに一歩足を踏み入れた途端、教室の中がやたらと騒がしがった。みんなが何に対して騒いでいるのか分からなかったが、次の瞬間、その謎を解く一枚の手紙が先生と同じクラスの私の親友から届けられた。
あれだけ念を押したにもかかわらず、先生はクラスの男子に告白したことを報告していたらしく、その返事が今日貰えるということも大々的に知らせてしまったらしい。
それでこの騒がしさに繋がっているようだった。
続く祭り騒ぎの中、私は親友に言付けを頼んだ。
「付き合えないって伝えて」
その後親友から「先生フラれて泣いてたよ」と聞いたような気もするけど、それは私の勝手な思い込みだったかもしれない曖昧な記憶だと思ったりもしている。
前みたいには話さなくなったけど日々は普通に過ぎていったし、先生はその後めちゃくちゃ美人なハーフの同級生と付き合っていた。
二人でお揃いの、赤髪トロールのキーホルダーをカバンに付けていた。
羨ましいな、と思うほどお似合いのカップルだった。
そんな二人は頭が良かった。彼女は東京の高校に進学し、先生も地元の有名な進学校に合格していた。中学卒業と同時に別れたらしい、と風の噂で聞いた。
それから、間もなく20年が経とうとしている時の再会だった。
彼は中学校の教師になっていた。
お互い30歳を過ぎていたが、先生の見た目は20代でも全然おかしくないほどだった。
先生の左手の薬指には指輪が光っていた。
おそらく、高校からモテてスポーツ万能で、頭も良くて、キラキラした彼女が居たんだろうな…という妄想は一瞬で出来た。
その歴代彼女の中から選ばれたシンデレラが今の先生の奥様ってわけだ。
絶対、美人だ…。
いやいや、先生が選んだんだからきっと、美人で性格も良くて料理もできる綺麗好きの奥様だろうな、とハイレベルな奥さんが居るだろうという妄想までした。
今になって【後悔】した。
あの時、告白を受けて先生と付き合っていたらどうなっていたんだろう…。
今よりも幸せな[今]を過ごしていただろうか。
でも、その考えはすぐに捨てた。
付き合わなかったから[今]があるんだ、と。
もしもあの時付き合ったとしても、結婚まで行くのは至難の業だ。
ケンカ別れなんかしたら最悪だ。
こんな風に笑いながら再会なんて出来なかっただろう。
お互いが違う人との[今]を生きてるから、先生との再会がこの上なく懐かしく愛おしく思えるんだ。
私たちは、連絡先を知らない。
会えるのはパート先に先生が偶然来た時だけだ。
それも、私が勤務している日と時間がピタリと合わなければ先生とは会えない。
それが、なんとも楽しい。
モヤモヤもする。半年くらい平気で会えなくなる時もある。
それ故に、会えた時の感動は半端ない。
お互い分かっている。
【好きだ】
なんとなく分かる。
言葉にはしないけど、ここに居る理由をさがす。
仕事に見せ掛けた、何か話を続ける理由を。
もちろん職場には他のスタッフも居るし、なかなかプライベートな話をする訳にはいかない。
帰り際に、何かを言いかけた先生はそれをグッと飲み込んで帰っていった。
そんな行動がまた嬉しい。
先生はあの時、何を言おうとしていたのか。
先生は、感情をあまり表に出さない。
ポーカーフェイスの先生が、たまに会った時に見せてくれるそんな行動がたまらなく愛おしく思える。
今度会えた時は、私から連絡先を渡す。
容易に繋がれることで、このなんとも言えない淡い恋心が薄れてしまうんじゃないか、とも思った。
けれど、知りたい。
半年も会えないのは悲しすぎる。
せめて、文字だけでも良いから繋がりたい、と思ってしまった。
偶然が起こした再会が、私の日常にキレイな色をつけてくれた。
家事や育児やお金のことや家族のこととか…考えるとため息をつきたくなる現実が転がってて。
それを見て見ぬふりも出来ないから、足元に転がってきたものから淡々と片付けていく。
もちろん楽しいこともあるけど、それは変わりない毎日の中のほんの小さな部分だ。
そんな現実に「先生」という、淡い色が加わった。
それだけで、私の日常が鮮やかに輝き出したのだ。
だれかを想うこと…それがもしも[イケナイ]想いだとしても無くてはならない色だ。
偶然の再会が、私のつまらない絵に豊かな彩りを与えてくれた。
そうなると、日常も悪くないと思えてくる。
心の中に先生の色があるから。
先生のことを考える時の私は、きっとキラキラしてると思う。
こんなに素敵な偶然が、私の[今]も[未来]も[過去]でさえも彩り豊かにしてくれた。
[後悔]しないために、心を今日も先生の色で彩っていく…。
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