生まれ変わった先輩
私が高校3年生の頃。
その頃は就職氷河期と呼ばれる時代で、学校に来ていた求人票はパッとせず、これならいいかと受けた会社からも落とされる始末。
担任から派遣に登録だけしとけ、と言われ登録はしたものの、電話が鳴ったのは1度だけだった。
そこの会社も特に行きたいと思わなかったため、断った。
晴れて高校卒業!
晴れて自由!
とりあえず、2~3ヶ月はダラダラ過ごした。
好きなだけ寝ていられるし、決まった時間に食事はしなくていいし、夜だって好きなだけ起きていられる。最高な日々だった。
しかし、最高な日々というのは期限があるから最高なのかもしれないと思った。
好きなだけ続けていいと言われると、やめたくなってくる。
私は、求人広告を見てバイトを探した。
一日がっつりは働きたくない。昼間だって出掛けたい。
そこで目をつけたのが、コンビニの早朝バイトだった。
朝の6時から9時までの3時間。
稼げはしないけどお小遣い程度なら十分だと思い、面接を受けて採用された。
時間は短かったがとにかく忙しかった。
朝に納品されるお弁当の品出しや、癖強のお客さんの相手、現場に向かうガタイのいい男たちの大量の買い物、うるさいおばさん…まぁ、いろんな人が来た。慣れてしまえば軽くあしらえるようになってくる。
そんなある日。
1人の派手めなお姉さんがやってきた。
レジで対応していると、お姉さんが話しかけてきた。
「あれ?葉菜ちゃんじゃない?」
レジの手を止めお姉さんの顔をよく見る。
「もしかして、結奈先輩ですか?」
それは、小学校の頃の2つ年上の先輩だった。
小、中と同じ学校に通っていたが、中学の頃の先輩は不良寄りの生徒だった。
ケバいヤンキーみたいな感じだった。
今は、派手めではあるが昔よりも角が取れて丸くなった印象を受けた。
昔は話しかけるのも恐ろしいほどだった。
「久しぶり~。ここでバイトしてるんだぁ。」
と言うので、私が「はい」と答えると、
「また来るね~」
と言って帰って行った。また来るねと言われて、本当にまた来る人は数える程しか居ない。
そう思っていたが、数日後、先輩は本当にまた来た。
先輩は急にをこんなことを言い出した。
「あたし、昔と違うよね?なんか、怖かったでしょう?」
と、私が思ってることを聞いてきた。
本当にそうだったので、
「そうですね。今の先輩はすごい話しやすいです。」
あはは、と笑って先輩はメモ用紙を渡してきた。
「あたしのケー番とアド書いてあるから連絡して。今度、ご飯食べに行こうよ!」
嫌な気分はしなかった。
私は帰ってから、先輩にメールした。
その後、何度かやり取りしてご飯に行く日程が決まった。
私のバイトが終わった時間に、ファミレスでという事になった。
当日。
バイトを終えて約束のファミレスへ向かった。
先輩の車はすでに駐車場に停まっていた。
車を降りて、先輩の車の方へ歩いていくと助手席からもう1人降りてきた。
私が、へっ?という顔をしていると
「ごめんね葉菜ちゃん。ちょっと知り合い紹介したくて。」
と言って、若めの女の子を隣に呼んだ。
その人はペコッとお辞儀をして
「はじめまして。急にすみません。」
と言って、私たちの後ろを着いてきた。
席に着くと、とりあえず注文してドリンクバーから飲み物を持ってきた。
席に着くと先輩がテーブルに写真を数枚広げた。
「これ見て。あたしが高校の時の写真。ヤバくない?イッちゃってるよね!」
一緒に来た人は、大袈裟に相槌を打っている。
そこに写し出されていたのは、覇気がなく身体はガリガリでタバコを口にくわえ綺麗ではない金髪姿で座る先輩だった。
「え、…はい、全然違いますね。」
「どうしてあたしが、ここまで変われたか知りたくない?」
先輩は目をギラギラさせて写真を集め、バッグにしまった。
「1日に2回これを唱えてきたからなの。」
そう言うと、今度はテーブルに経本を出した。
「葉菜ちゃん、最近困ったこととかない?」
ちょうどその頃、私の父が精神的な病気の症状で家の中が大変な時期だった。
そのことを話すと、
「それは魔のせいだよ!葉菜ちゃんも一緒にやってみない?願いが叶うよ!」
あれよあれよという間に、近くでみんな集まってる家があるからそこに行こうと言われ、先輩の車の後に着いていくと、細い道を入って家が数軒立ち並んでいる場所に連れてこられた。
案内されたのは、ごく普通の二階建ての家。
玄関の扉を開けると、そこには何十足もの靴やサンダルが重なりながら脱がれていた。
その山の端に無理やり隙間を作り、靴を脱ぎ家の2階に進んでいった。
ドアを開けると、8畳くらいの部屋に20人近くの女子たちが、床に座り何かを唱えていた。
見れば、ギャルっぽい子やヤンキーみたいな見た目の人、髪はボサボサでスウェット姿の人、引きこもりか?と思うような人、そのほとんどが若い子だった。
先輩に促され、先輩の隣に正座して座る。
いきなりデカい声であの本に書かれている文字を読み始めた。
読み終えたあと、
「これを朝晩2回やるだけ。これで願いが叶うんだからすごくない?」
私が考えている表情を浮かべていると、
「来週の夜さ、連れていきたいところあるんだ。近くにドンキあるよ!一緒に行こう。」
この頃私の住んでいるところでは、そのドンキが1番近い場所だったが車で1時間以上かかるので、なかなか行けずにいた。
そのドンキに寄れるなら、と、ドンキに行きたいがために了承した。
約束の日。
夕方に出発した。
車を走らせ、ようやく辿り着いたのはホール?会館?
だだっ広い空間に、たくさんの人が正座していた。
前方にはどデカいスクリーンが垂れ下がっていた。
適当な場所に正座すると、スクリーンに男の人の顔が映し出された。
その人が話し始めると、隣で座っている先輩の方からすすり泣く声が聞こえてきた。
嘘だろ、と思い横目で見ると涙をポロポロ零し、画面に向かって大きく頷いていた。
会う度に先輩から、「本当にすごい」「試しにやってみて」「絶対いい事あるから」
などと熱弁され、何も無い状況だったら絶対やらなかったが、家族のことが心配で、この状況が少しでも良くなれば、との思いで私は始めることにした。
その会館の受付のところで、数珠と経本を購入した。
帰りにお目当てのドンキにも寄れて得した気分だった。
その日から、朝と晩2回お経を唱える日々。
最初は真面目にやっていた。
1ヶ月ほど続けた頃、父の状態が酷いものになった日があり、先輩にメールした。
『父の状態が全然良くならないんです。』
すると、先輩からすぐに返信が来た。
『それは、魔のせいだよ!大丈夫、続けてれば必ず願いは叶うから!』
それからも続けたが、一向に改善される様子はなく、日に日に酷くなっていった。
私は馬鹿らしくなり、やめた。
父をなんとか説得し、病院に連れていきそのまま入院となった。
お経を読むのをやめて、どんな恐ろしいことが起こるのか心配したが特に何も起きず、むしろ入院した父は安定し退院となり、薬を飲めば普段の生活が送れるほどに回復した。
先輩からは、何度も電話がかかってきた。
全て無視。
1度、先輩から
「勝手にやめた人がいてさ、もうその人どこで何してるか全然分かんないの。絶対大変なことになってるから!気をつけて。」
と、脅されたことがあった。
私からしたら、あのまま続けてる方がよっぽど恐ろしいことになってたわ、と改めて思う。
もしも、結婚してからも続けていて、子供にもやらせたり、友達のことも誘ったり…絶対そっちを選んだ方が大変なことになってただろう。
その連絡がつかなくなったって人も、幸せになれたから自分から繋がりを切ったんだと思う。
私の人生で間違った選択をしないで済んだ。
もちろん、信仰して幸せな人も数多くいるだろう。
心が豊かになる人だって大勢いる。
ただ、それは私には必要なかっただけ!
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