電子データの証拠ってほいほい信じていいのか
概要
民事裁判を見学していたころ、意外と電子データの証拠(HP,メール,画像等のパソコンやスマホで閲覧可能なデータを紙に印刷して証拠にしたもの)が多く用いられていることに気づいた。
ふと、疑問が沸く。
「パソコンとかスマホの中の情報って、いくらでもいじれる気がする。電子データの証拠が提出されば場合、書いてある内容が真実だと気軽に信じていいんだろうか?」
この疑問を追及するため、民事裁判で提出されるさまざまな電子データの証拠についてどのような捏造があり得るのか、検討してみた。
※なお、決して証拠の捏造を推奨する趣旨ではないため、やり方は少しぼかす。
電子データの証拠の捏造
ホームページ
インターネット上のホームページは、特定のブラウザのとある機能を用いると、表示される内容を編集することができる。
上部の画像は、最高裁判所の司法修習生の修習給付金に関するページについて、本来は規則の概要が記載されている箇所を「司法修習生には毎月30万円を給付します!(^<^)」という文章に加工したものである。
この加工を行った後に印刷すれば、まるで司法修習生には毎月30万円が給付される制度が存在するかのような証拠を捏造することができる。
もっとも、これは単に自分のパソコンから見えるホームページの表示を一時的に変えているに過ぎない。
他人が同じホームページを閲覧した場合は、もちろん本来の正しい内容が表示される。
当該ホームページを相手方に閲覧されれば、証拠が捏造されたものであると直ちに見破られるので、このような捏造をする意味はあまりないだろう。
メール
メールは、発信先を偽装することができる。
世の中にはメールの発信先の表示を任意に設定して発信するサービスがあり(どういう目的でそのようなサービスがあるのかは分からないが)、それを利用すれば他人になりすましてメールを送ることが可能である。
こういったなりすましメールは迷惑メールとして処理されるため、送っても相手が見ない場合も多く、日常ではあまり問題にならない。
しかし、訴訟においては、自己になりすましメールを送ることで証拠を捏造することが可能である。
例えば、「被告が原告へ借金していることを認めるメール」を原告が作り、被告のメールアドレスに偽装して原告自らへそのメールを発信すれば、あたかも被告が原告への借金の存在を認めたかのような証拠が捏造される。
もちろん被告は「そのようなメールは送っていない」と否定するだろう。
その場合、「世の中には発信先を偽装するメールサービスがあって、メールがあるからと言って本当に被告がそのメールを送ったのかどうかは定かでない。」ということを裁判官にきっちりアピールした方がよいだろう。
逆の視点では、被告が本当に「被告が原告へ借金していることを認めるメール」を送っており、原告がそのメールを証拠として提出したとしても、被告は「それは誰かが被告のメールアドレスを偽装して送ったものに過ぎない。被告はそのようなメールを送っていない。」と言い訳することもできるかもしれない。
この場合、原告側に当該メールのソースを書証として提出させ、ドメイン認証が正しく行われているかを確認するのが、判断の一助になると思われる。
スマホで撮影した写真
iPhoneなどのスマートフォンで撮影した写真は、撮影日時を容易に捏造することができる。
上の写真は令和3年版の判例六法であり、初版が発行されたのは2020年である。
しかし、撮影日時は2001年1月1日となっている。
iPhoneで撮影した写真の日時はiPhone内部の時刻設定に依拠するので、時刻を任意の日時に手動で変更してから写真を撮影すれば、写真の撮影日時を捏造することができる。
この方法による日時の改竄は、簡単に見破ることができない。
当事者に写真データそのものを提出させて鑑定を行えば見破れるかもしれないが、手間と時間が相当かかるだろう。
ただし、この方法は「これから撮る写真の日時を偽装する」ということができるだけで、訴訟になった後に既存の写真の日時を偽装しようと考えた場合には役立たない。
既に撮影した写真の日時も、画像の(i)から手動で変更することができる。
上は日時を1845年に変更した写真である。
もっとも、これは右下の(i)の部分を押すだけで変更前のオリジナル日時が表示されてしまうため、日時の調整画面を見ればすぐに見破ることができる。
LINEのトーク履歴
LINEのトーク履歴も、一定の捏造が可能である。
トーク履歴を捏造するには架空のLINEアカウントが必要となる。
詳細は割愛するが、LINEアカウントをもう一つ作るというのはあまり難しくない。
架空のアカウントを作成した後は、名前や画像をなりすましたい相手と全く同じものに設定し、自らのLINEアカウントとトークを行うことで、なりすました他人とのトーク履歴を自作自演で作り上げることが可能である。
もっとも、LINEではトーク履歴の日時を改変することはできない。
この方法では、裁判になってから裁判前のLINEやりとりを捏造することはできない。
その他
身も蓋もないが、電子データは印刷する前に一度pdfとして印刷し、pdfを画像に変換し、画像をphotoshopなどの編集ソフトで加工すれば、ありとあらゆる捏造が可能である。
考察
裁判で証拠を捏造するとどうなるのか?
民事裁判で↑のような方法で証拠を捏造した場合、私文書偽造(又は変造)(刑法159Ⅲ),同行使に問われるおそれがある。
同罪は「権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画」に対する行為を処罰するものであるが、単なるホームページ,個人的なメールやLINEのやり取り,写真がこれに該当するのかは、やや微妙である。
事案に応じた検討が必要だろう。
実際に捏造した証拠が提出されてる?
推測だが、裁判で事実を激しく争う場合は弁護士が付けられている場合が多く、弁護士を付けている者から捏造した証拠が提出される可能性は低いだろう。
仮に当事者が証拠を捏造して弁護士に渡したとしても、受け取った弁護士が「これは捏造された証拠ではないだろうか…」という疑問を持てば、おそらく提出しない。
捏造の疑いのある証拠をそのまま提出したことが発覚した場合、その弁護士は懲戒される可能性が高いためである。
他方、弁護士をつけずに当事者本人が訴訟を行う場合はそのようなフィルタリングがなされない。
弁護士をつけずに当事者のみで訴訟を行う人は、理解力や事務能力が高いために弁護士がおらずともある程度の訴訟活動を自力で行えるタイプから、人間性と主張がエキセントリックすぎて弁護士が誰も事件を引き受けなかったタイプまで、様々である。
「裁判に偽の証拠を提出する」というのは相当な心理的ハードルがあると思われるが、当事者の中には勢い余って自分に有利な証拠を捏造し、それをそのまま裁判に提出する者もいるかもしれない。
世の中には「AIを活用して本人訴訟(弁護士をつけない訴訟)の推進を!」という気運もあるようだが、本人訴訟が一般化すると、当事者が捏造したトンデモ証拠が飛び交う訴訟が行われたりするかもしれない。
これらの考察はあくまで想像の域を出ない。
しかし、「訴訟活動における公正の担保」が弁護士の存在価値の一つである、ということは言えるだろう。
おわり
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