【マンガ紹介】里つばめ『風待ち休暇』
敬愛なるマンガ家里つばめ先生の作品紹介をしたときに、さらっとしか紹介できず書き足りない気持ちが残った短編集の『風待ち休暇』。
里先生の魅力がぎゅぎゅっと詰まった作品集。続きものではないので、里先生の作品が気になるけど、どれを読んでいいか迷っている方にも、おすすめします。
こちらの作品集には2014年8月から2015年8月まで雑誌リンクスで連載された4編と描きおろしの「風待ち休暇」のその後「晴れた休み明けに」が収録されています。
各作品の紹介。
1.「風待ち休暇」
単行本の表題作。里先生の他の作品同様タイトルがステキ。
会社をリストラになった無職の山岡誠ニ(32)が休暇で訪れた島で滞在するロッジの管理人後藤アキラ(25)と出会い、徐々に仲良くなる様を描いた物語。
主人公山岡さんは、リストラに遭った後パチンコ漬けになり停滞した流れをどうにかしたいと思い、島へ行くのですが、とくにやることがあるわけではなく、しかめ顔をしながら島をぶらぶらしています。
パチンコといえば思い出すのが里先生の人気シリーズ『GAPS』のクズ王子こと片桐。山岡さんは片桐のような裏表はありませんが、思わずにやっとしてしまいます。
そんな山岡さんに何かとかまうのが、管理人の後藤アキラ。彼はさすが客商売をやっているだけあって、都会での疲労を引きずった山岡さんに物怖じせずにガンガンコミュンケーションを取っていきます。最初は、自分と違ってさわやかで素直なアキラくんがおもしろくない山岡さんですが、徐々に彼のペースに巻き込まれていきます。
読んで短編と思えない満足感があるのが、里作品。彼らの距離が縮まる過程をテンポよく、そして丁寧に描いています。さくっと読めてしまうのですが、読み終わった後にまた読み返したくなります。
枯れはじめたおじさんと、まだ成長過程の未来ある若者、その対比がいいですよね……。疲れた感じの山岡さんと、癖毛黒髪のさわやかなアキラを見ているだけでも、楽しい……。
アキラの人のよさがどこから来ているのかもわかるようなエピソードもあって、短編のなかにいろいろな要素が詰まっています。はー、書いててまた読みたくなっちゃった。
2.「加賀英明の少し特殊な日常」前後編
こちらは特に好きな作品。
タイトルにある加賀英明(33)が主人公。
休日には掃除、出勤前にも掃除、そして会社に着いたらまず自分のデスクを拭くという几帳面な加賀さんは、きっちりしすぎるがゆえに、会社の女性陣には少し距離を置かれ、「結婚できなそう」と評されています。その一方で加賀さんのよさを知っている先輩からは女性を紹介されており、男性からの評価は高いよう。
先輩から紹介された女性と会う前日に「恋愛基礎入門」を読み込んでデートに挑む真面目な加賀さんですが、マニュアル通り行動する加賀さんに女性はついていけないようで、なかなかおつき合いには発展しません。どうも加賀さんは女性からは「いいひとなんだけど……」とか「悪いひとじゃないんだけど……」と「けど」がついてしまうタイプと推測されます。
そんな加賀さんが出勤途中の駅で困っている若者に遭遇。背の高さと髪の色から外国人と推察し、助けてあげようと声をかけますが、彼は財布を忘れて困っている大学生(日本人)でした。状況を聞いてさっとお札を財布から抜き出す加賀さん。感激する学生に、「返さなくていい 雑費で処理しておくから」と答える加賀さん。雑費……!ちなみにこのお札ピン札。加賀さんの常人離れしたところが見えて笑いつつも、これだから里先生の作品はちょっとも気を抜けないと唸ってしまいます。
この一見日本人に見えない大学生は宮坂晴。お金を返すからと加賀さんから名刺をもらいます。お金を返しにきた宮坂くんと食事をした帰りにプライベートの連絡先を聞かれた加賀さんは、「教えてくれないと押しかけちゃうよ俺」と言う宮坂くんに押し切られ、連絡先を教えることに。
とにかくまっすぐな宮坂くんと、真面目で素直な加賀さんのふたりを見てると、身の回りの空気がきれいになったような気がしてきます。清浄作用があるかに思える本作、オススメです。
わたしのお気に入りのシーンは、あせった宮坂くんの行動に動揺した加賀さんが床掃除をし、ピカピカになった床を見て心を落ち着けるところ。ショックなことが起きたときに、床を拭いて心を落ち着けるなんて、ほんとに掃除好きなんだな、と笑ってしまいました。
周囲から浮いてしまう加賀さんの行動のひとつひとつが宮坂くんには新鮮だし、自分にまっすぐ気持ちをぶつけてくる宮坂くんの言動は加賀さんには驚くことばかり。知らないひと同士がびっくりしながらも距離を縮めていく様子は、ひとと出会うことの喜びを思い出させます。
そしてこの作品、宮坂くんの顔面が強い。後編の扉絵が正面向いた宮坂くんのバストアップなのですが、顔からいいひとが滲み出ていて、とてもまぶしい。
3.「春を待たずに」
内定が取れたらずっと好きだった先輩、葉山さんに告白するぞと意気込む就活真っ最中の大学生、佐野くんのお話。葉山さんは大学のサークルの先輩で、一足先に社会に出ております。
この主人公、佐野くんはは上記2作品の好きなひとにはアピールしまくるアキラと宮坂くんと違って、とっても内気。頭であれこれ考えてしまって、なかなか行動に移せません。また、先輩がそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、何かと彼を気にかけ、時間を割いてくれるのです。また先輩の距離が近い。これ、期待しちゃうでしょ。
就活がうまくいかないイライラを先輩にぶつけてしまった佐野くん。そのおわびにあるものを持参して、葉山さんの部屋を訪問します。この葉山さんの部屋でのふたりのやりとりがとってもいいです。こんなことされたら好きになっちゃうよ、葉山さん。葉山さんの人たらしぶりがよくわかる場面です。
ふたりの今後が想像できるような終わり方もまたよくて、続きが読みたい一作です。
4.『壁越しに住む人』
こちらは一人暮らしする浪人生が横山翔太が主人公。予備校に通うために親元を離れて一人暮らしする彼は、頭でいろいろなことを考えてしまいなかなか勉強に集中できません。予備校のシステムもわからないし、友達をつくるのも面倒だし、部屋に戻れば隣人がうるさいし、親は何かと気にかけてくるし、新生活はうまくいっていない模様。隣人の騒音が腹に据えかね、とうとう文句を言いに行きますが、出てきたのは強面の男性。思わず「引っ越しの挨拶にきた」と嘘をつき、尻尾を巻いて部屋に戻ります。しかし次に隣のひとから出てきたのはさわやかな若者。気がつけばその若者は彼の部屋にいつくようになり……。
恋に発展する前の、出会ったふたりが仲良くなる過程を描いた作品。
この作品の彼も「春を待たずに」の主人公、佐野くん同様頭で考えてしまうタイプ。佐野くんと違う点は、人間関係を割りきって考えているところ。深い友達になると何かと面倒だから、予備校では友達を作らないでいたけれど、予備校のシステムがわからないから、やっぱり知り合い作らないとな……、と合理的に考えています。そういう彼が得体の知れない隣人に何かと構われるようになり、気づけば彼の存在を受け入れいている。彼の人生に登場する予定のなかったひとが、気づけばいなくては落ち着かないひとになっている。人生自分の思い通りにいくことなんかそうそうないけど、その予定外のことがこんな出会いなら、大歓迎ですよね……!
5.「晴れた休み明けに」
「風待ち休暇」のその後を描いた「晴れた休み明けに」。描きおろしです。
唯一この作品にだけベッドシーンがあります。といっても、がつっとしたものではないので、エロ苦手、というひとでも読めると思います。
基本的に受け攻め問題を気にしないわたしですが、この作品では、えっ! と思ってしまった。逆だと思っていた……。だからといって、全然受け入れますけど!(何の表明?)
流されて流されて、気がつけば島への移住が近づいている山岡さん。これからもアキラくんに存分に流されてくれ、と思ってしまった描きおろしでした。
常に連載を抱えている里先生に対して、贅沢な願いだと重々承知しているのですが、こういう短編集をまた読みたいと願っています。
昨年末にスーツ以外を描きたくなったという先生がバンドマンとそのファンの読み切り描かれてましたが、連載と連載の合間にまたこういう読み切りを描いていただけませんか。
先生、働き過ぎ!休んで!という気持ちと、里先生の短編を読みたい!という欲望に挟まつつ、この記事を終えたいと思います。