○騙し編は鏡面世界? 鏡の反射率と悟史の不在の関係とは【ひぐらしのなく頃に業 考察】
ちょっとネタが降ってきたので昨日の今日だが筆を取ることにした。
村神都並です。
今回も小噺シリーズだが、今回はオチがない。
考察界隈で囁かれる噂である反転説や、鏡面世界説の補強に近いかもしれない。
前提
ひぐらしの話からは一旦離れるが、皆様は鏡が写るものを完全に反射していないことはご存知だろうか。
よく使われる鏡では約90%前後、どんなに良い鏡でも100%には到達しないとされている。
必ず反射には、何処かしら欠けているものがあるのだ。
ぶっちゃけた話、物語シリーズの“続・終物語”の受売りです。起きてなんとなく本棚見たら目に入って電波を受信したのでこの仮説を立てました
「ひぐらし業」で欠けているものとは?
これは悟史と羽入だろう。世界全体を写した際に、存在自体が反射しない10%として欠けてしまった可能性がある。
故に羽入は世界から切り離され、残り香になったのではないだろうか。
そして鏡が写したのは昭和58年の6月のみであり、悟史が存在せずとも、悟史が存在していたことに起因する事象(沙都子が甘えん坊から変わった事等)は変わっていないのだろう。
各キャラも欠けている?
これはどちらかと言うと、フラッシュバック説の補強となる。
それぞれも90%程しか記憶等があらず、残りの10%に各編の惨劇の記憶が代入され、その消えた10%は旧ルールXYZに必要な記憶だったのではないか、という仮説だ。
消えた記憶がそれに関わることであるという根拠は、綿騙し編の富竹や鷹野の行動や、鬼騙し編の大石のアシストにある。
前者はルールYを失い、後者はルールXZを失っているのだ。
そして、悟史の記憶も同時に失っているのかもしれない。
惨劇の記憶は、それぞれが対応した問題、解答編で犯した殺人の記憶が代入されることになっていると考えられる。
梨花は何が欠けている?
これは恐らく、祭囃し編の最中の記憶かと思われる。
梨花には祭囃し編を乗りきった記憶しか残っていないため、綿騙し編3話で「富竹が生きているのは珍しい」と、明らかに祭囃し編を見ていないかのような発言になっているのではないだろうか。
つまり、祭囃しで培った感覚は一切ない状態となるため、諦めてしまったのではないだろうか。
また、これら全ての記憶欠落には全員基本的には違和感を感じないものとする。
ルールXYZも反射率により消滅した?
あくまでも可能性だが、根元的なこのルールも消滅しているのではないだろうか。
無論、ルールの反転もあり得るが今回は鏡が軸にあるため、このルールが写されている場合はそのものが写らなければならないからだ。
先述したように、キャラの記憶からの欠落はもちろん、雛見沢村というものからルールそのものが反射率に飲み込まれたのではないだろうか。
オヤシロ様の頭部
綿騙し編3話考察記事でも書いたが、仏像の頭部はシンメトリーに近い形になっており、それが真ん中で真っ二つに割れていることが、鏡面世界であることを示唆しているのではないかと考える。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
今回はここまで。
ぶっちゃけ鏡面世界説を詰めたところで、現段階では材料が余りにも少ないためこの程度にしかならない。
鏡面と沙都子の因果関係が示唆されれば詰めきれるのだが………
今回より #MTひぐらし考察記事 というタグを作ったので、過去の考察記事はこちらか、もしくはプロフィール欄よりご覧戴けると幸いだ。
これらの考察や思考は皆様の考察を否定するものではありません、皆様の考察の一助になれば幸いです。
誤字や明らかな矛盾、質問等ございましたら当Twitter(@snails892)までご連絡願います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?