『桜蘂』永野シン句集
永野 シン様
句集『桜蘂』のご上梓、おめでとうこざいます。
ご寄贈、ありがとうございます。
大切な連れ合いに先立たれた寂しさ、喪失感と、その後の暮らしの孤独感は、当人以外のものには容易に測り知れませんが、こうして、句作を継続され、ご自分の表現世界を広げていらっしゃったことを、共に喜びたいと思います。
人間の言葉は哀しみを知るほどに深く美しくなると、石牟礼道子も言っているように、句集の行間に溢れる詩念のしなやかさに学びたいと思います。
読後感は、高野主宰に詳述されてしまって、私からの、さらなる付言はございませんので、特に印象に残った御作を左記に上げて、感想代わりとさせていただきます。
手熨斗して二月の風をたたみけり
月光のほかお断りわが栖
宇宙との交信柚子の乱反射
壺焼のぷくぷくあれが初デート
一気とは恐ろしきこと散る銀杏
躾糸解けば二月の陽と遊ぶ
囀りやからくり時計の扉が開かぬ
児を抱きて月の重さと思いけり
ブータンへ行こう木の葉の舟にのり
※この句は「小熊座」誌上で詳しく鑑賞文を書いた記憶があります。国王夫妻が来日された折の句でしたね。この美しい国民的な精神文化が「現代化」されないことを祈る気持ちで評したと思います。「木の葉の舟」が効いている句ですねー。
綿虫や郵便受けにある日暮
凍蝶は光なりけり病む夫に
水仙の風に乗りくる母の文
またの世はヒマラヤに咲く青い罌粟
青芒折ればみすゞの海匂う
春の雲どこから糸を引きだそう
メタセコイアの芽吹きは声にならぬ声
綿虫やトランクにある父の国
芒には芒の風や津軽富士
春疾風この地捨てざる貌ばかり
胸中に風の重さや蘆の角
桜蘂踏みて越え来し母の齢
うしろより秋風の来る夫の忌来る
逝くならば蒲の穂絮に包まれて
この世しか知らずに生きて秋夕焼
子に遺すものは月光詩はなし
鏡には映らぬ病冬座敷
われに夢しゃぼん玉には空がある
手も足もはずしたき日の大夕焼
山百合のうしろは暗し義民の碑
隠沼の闇のふくらみ糸とんぼ
笑わざる如く笑って唐辛子
波音をゆっくりたたむ秋日傘
冬薔薇杖がわたしの翼です
雨粒の光がすべて銀杏の芽
雪代のとこ曲がっても夫が居る
蝦夷竜胆この世の青を尽くしおり
心に沁みる名句ばかりです。
桜蘂の装丁の色合いも美しく、私の愛蔵書とさせていただきます。
益々のご健吟と、ご健康をお祈り申し上げます。
武良竜彦 拝