「金融経済化」の社会に生きる我々、日本の経常収支黒字が過去最大となった理由
経常収支黒字が過去最大
昨日は経済に関するニュースが少なかったためか、日本の経常黒字が過去最大になったとの報道が目立った印象です。
2024年度・上半期(4~9月)の経常収支は15兆8248億円となりました。半期(6カ月間)でみて、今回の黒字額は過去最大となります。
経常収支黒字が拡大したのは、経常収支の内訳の一つである第1次所得収支の黒字が拡大したからです。2024年度上半期の第1次所得収支は22兆1229億円の黒字でした。こちらも過去最大となります。
第1次所得収支とは
第1次所得収支とは、外国で得た収入から外国に支払った支出の差額です。ここでいう収入・支出とは、給与、利子、配当など以下内容となります。
たとえば、日本の企業や個人が海外で事業をしている場合、そこで得られる給与、配当、利子が日本の第1次所得における「収入」となります。一方、日本で事業をしている外国の企業や個人が受け取った給与、配当、利子の支払いが「支出」となります。
経常収支の内訳
経常収支は、第1次所得収支の他に貿易収支など以下のような項目があります。
貿易収支とは
貿易収支とは、外国との間で行われた物(統計上では「財」といいます)の輸出入による収支(輸出額から輸入額を差し引いた額)です。
日本の場合、代表的な輸出品は自動車や電化製品です。一方、代表的な輸入品は原油や鉱物類などの天然資源のほかに小麦などの食料品です。
貿易収支がプラス(つまり輸出が輸入よりも大きい)時は「貿易黒字」と言い、反対にマイナス(輸入が輸出よりも大きい)時は「貿易赤字」と言います。
日本は長らく貿易黒字国でしたが、2011年度上半期に赤字国になりました。2015年度下半期に貿易黒字に戻ったこともありましたが、最近ですと2021年度・下半期からずっと貿易赤字のままです。今年度(2024年度)・上半期も貿易収支は2兆4,148億円の赤字です。
サービス収支とは
サービス収支とはは、財とは違い形のないサービスの輸出入による収支です。サービスには以下のようなものが含まれます。
サービス収支もプラスなら「サービス黒字」、マイナスなら「サービス赤字」となります。
日本のサービス収支は、経常収支の統計(国際収支統計といいます)が開始されてからずっと赤字でした。しかし2017年度下期に小幅ですが黒字になったことがあります。その後、サービス収支は赤字に戻りましたが、2024年度・上半期はインバウンドの増加でサービス収支の赤字は(前年度・上半期に比べ)縮小しています。
経常収支と円相場の関係
私がエコノミストになって間もないころの1990年代後半くらいまで、日本の経常収支と円相場との間には以下の関係があるとされていました。
一般的な経済学の教科書でも、経常収支が黒字の国の通貨は強い、とか、経常収支赤字国の通貨は弱い、といった記載があるかと思います。
なぜ、このようなロジックが正しいとされてきたかというと、海外で稼いだお金(経常収支黒字)は、いずれ自分の国に戻ってくるが、その時は自分の国の通貨に換えられる、と考えられていたからです。
たとえば日本の場合、アメリカで自動車を輸出する(アメリカで販売する)と、対価としてアメリカの通貨である米ドルを手に入れることになります。
しかし米ドルのままでは日本で使えません。輸出された自動車を製造した日本で働く工員さん達には米ドルではなく日本円を渡す必要があるからです。
そのため、輸出で得た米ドルは日本円に換えられる可能性が高くなると考えられます。さきほど書いたように、輸出が増えれば貿易収支黒字も増え、貿易収支黒字が増えれば経常収支黒字も増える関係にありますから、経常収支黒字が増えれば、それを見越して円相場は円高方向に動く、といったロジックです。
経常収支黒字が過去最高なのに円安ってどういうこと?
ただ、長らく日本の経常収支と円相場を眺めてきた私からすると、このロジックはかなり怪しいものに思えてしまいます。
まず、本当にこのロジックが正しいのであれば、今の円相場は円安ではなく円高に動くはずです。冒頭に書いたように、日本の経常収支黒字は「過去最大」になっているからです。
しかし、現実は逆で、円安はいつまでも続いており、ドル円は140円割れどころか150円を超えたままです。
先輩エコノミストの解説
私がエコノミストになりたての頃、経常収支と円相場の関係について、先輩エコノミストに同じような質問(疑問?)をしたことがあります。当時、この先輩はこのように解説してくれました。
この先輩は、こう語りながら、日本の経常収支黒字とドル円の2つが描かれた時系列グラフを見せてくれました。
当時の状況を思い起こすために、グラフの開始を1996年1月からとし、グラフの終わり(右端)を2003年までとしました。データの制約の都合上、開始時期が1996年1月からとなってしまいましたが、先輩エコノミストから見せてもらったグラフは(たしか)1990年くらいからスタートしたグラフだったように記憶しています。
上のグラフは、ドル円の目盛が逆になっています。つまりドル円が上に行けば行くほど、ドル円の値は小さくなる(円高になる)関係のグラフです。こうすることで、経常収支とドル円が同じ方向に動けば、以下の関係があると言えます。
じつは私は、(正直に書くと)先輩エコノミストの解説を聞き、このグラフを見ながら、経常収支と円相場(ドル円)には明確な関係はないんだろうなと思っていました。一方から一方へ影響が及ぶのに時間差があるのは理解しなくもありませんが、その時間差が半年以上となると、それはさすがにかかりすぎだと思ったからです。しかも、その時間差が「半年から2年」と安定しないのであれば、もはや無関係に近いのではないかと思ったのです。
このグラフを見ればわかりますが、経常収支とドル円の関係が明確にあると言い切れません。
たとえば1996年から1998年の期間(グラフの左部分)をみると、経常収支黒字(棒グラフ)は増えているのに、ドル円(折れ線グラフ)は下がっている(円安になっている)関係にあります。つまり、
の関係がありません。
ただ、一方で、1999年から2000年の期間(グラフの中央部分)では経常収支黒字とドル円はいずれも横ばい圏での動きをしています。そして2000年後半から2001年にかけて経常収支黒字は縮小し、ドル円も下がっています(円安方向に動いている)。両者の間には関係があるように見えなくもありません。
円安だから経常収支黒字が増えた
私は、経常収支と円相場の関係は教科書で書かれているのと逆なのではないかと思っています。つまり、
ではなく、
という関係です。
ここでもう一度、2024年度・上半期の経常収支の内訳を見てみましょう。
経常収支黒字は15.8兆円ありますが、第1次所得収支黒字は22.1兆円もあり、貿易収支やサービス収支などの赤字を相殺しています。
なぜ第1次所得収支黒字がこんなに大きいのでしょうか。それは海外景気が好調のため、海外株からの配当が増えたほか、金利が上昇し債券利子の受取額も大きくなったためと言われています。
ただ、ここで忘れてはいけないことは、海外で発生した配当や利子は「外貨建て」であるということです。一方、第1次所得収支は「円建て」で示されます。つまり円安が進めば進むほど、「円建て」でみた第1次所得収支は増えるのです。
つまり第1次所得収支が増えたのは、海外景気のおかげだけではなく、円安のおかげもある、ということです。
円相場が経常収支を動かす
2000年以降の日本の経常収支を振り返ると、
①:経常収支黒字が大きく減った時期(2012年から2014年)
②:経常収支黒字が大きく増えた時期(2023年から2024年上半期)
があるのがわかります。
過去の円相場を記憶されている方は、もしかしたら気が付かれたかもしれませんが、上記①と②は、
①:円高が進んだ時期
②:円安が進んだ時期
でもあります。
こうした事実を目にすると、経常収支が円相場を動かす、というロジックよりも、円相場が経常収支を動かす、というロジックのほうが説得力が高いように思えます。
金融市場が実体経済を動かす
(円相場に限らず)金融市場の値動きは、実体経済を反映したものだ、という考え方が根強くあります。
しかし金融市場を見続けてきた者からすれば、現代の金融市場の値動きは実体経済のことなどお構いなしで、値動きは市場関係者の間で共有される「別のロジック」で決まっている、との印象を強く持っています。
そして為替や株価といった金融市場の値動きが、実体経済に影響を及ぼし、実体経済が変化していく、というのが、現代の図式ではないかと感じています。その一例が、円安で日本の経常収支黒字が拡大した、ということです。
金融市場が実体経済の上で成り立っている以上、金融市場が実体経済に影響を及ぼす、という考え方は間違っている、と思われるかもしれません。しかし、時間とともに金融市場が拡大し、とうとう実体経済を上回る規模になってしまったことは経済指標からも明らかです。
我々はすでに、金融市場が実体経済に影響し、次第に金融市場が実体経済を支配する「金融経済化」の流れに入ってしまっているように思えます
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