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「貯蓄率3%弱」の現実、103万円の壁打破に支持が集まる日本経済の先行き
「手取りは増えない」という実感
新年を迎え、さらなる賃上げに期待する声が一部にあるようですが、手取りで見た所得の先行きを明るく見る方は少ないように感じます。賃上げなどによって給料が増えたとしても、所得税に加え、年金、健康保険、介護保険といった社会保障による負担が年々高まっているからです。
所得税と違い社会保障関係の負担は、世帯構成や年齢などで個々人が異なるため、社会保障負担は「人それぞれ」かのような見方を示す方もいます。しかし日本全体で見ても、家計の社会保障負担は高まっています。
家計の貯蓄率はせいぜい4%弱
内閣府が発表する「家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報」をみてみましょう。このデータには、会社から受け取る給料(雇用者報酬といいます)だけでなく、所得税(経常税といいます)や社会保障負担(純社会負担といいます)なども公表されており、家計全体の可処分所得や貯蓄率を知ることができます。
最新データである昨年(2024年)4-6月期を見ると、貯蓄率は3.7%と2022年1-3月期以来の高水準に上昇しています。
過去の貯蓄率
悲しいことに、貯蓄率が高まった理由は給料(雇用者報酬)増だけではありません。利子や配当収入(財産所得といいます)の増加や、6月に実施された1人あたり4万円の定額減税による効果も大きく、これらが合わさって貯蓄率がようやく4%弱に高まりました。
貯蓄率が高まることは家計にとって明るい話のように思えますが、今から30年前くらいにあたる90年代半ばから後半にかけての貯蓄率は10%前後ありました。今の3倍くらいです。
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グラフを見ていただくとわかりますが、一昨年(2023年)の貯蓄率はマイナスでした。
日本の貯蓄率がマイナスになったのは2023年の時だけでなく2013年から2015年にかけてもマイナスの時がありました。この時は、いわゆるアベノミクスの時期で円安が進み、日本株が上昇した時でもありました。なんか、今と似ている気がします。
2年前はマイナスだった貯蓄率がプラスになったし、貯蓄率は上昇しているからいいじゃん、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、水準は低いままですし、そもそも2024年4-6月期は定額減税という一時的な減税が貯蓄率を押し上げたことも忘れてはなりません。
定額減税がなかったら貯蓄率はどれくらい?
ここで、定額減税が実施されたなかった場合の貯蓄率を試算してみたいと思います。
まず、定額減税が実施されたなかった場合の経常税(いわゆる所得税)を試算します。
やり方ですが、2023年における雇用者報酬に対する経常税の割合(疑似的な税率)を計算し、これに2024年4-6月期の雇用者報酬をかけます。この結果を定額減税が実施されたなかった場合の経常税(いわゆる所得税)とみなします。
データ・計算式は以下の通りです。
2023年の雇用者報酬:300.5兆円
2023年の経常税:35.1兆円
経常税÷雇用者報酬:11.7%(2023年)---①
2024年4-6月期の雇用者報酬:310.5兆円(季節調整値)---②
②×①=36.3兆円---③
この計算により、定額減税が実施されたなかった場合の2024年4-6月期の経常税(つまり③)は36.3兆円だったであろう、と推測できます。
次に2024年4-6月期の「実際の」経常税をみます。この金額は
2024年4-6月期の「実際の」経常税:31.0兆円(季節調整値)---④
そして、③と④の差額を計算することで定額減税によって家計が支払うことがなかった経常税(所得税)を知ることができます。
③-④=5.3兆円---⑤
定額減税の実施で家計は5.3兆円もお金が手元に残ったことになります。言い換えると、2024年4-6月期の「実際の」可処分所得は定額減税によって5.3兆円押し上げられたと言えますので、2024年4-6月期の「実際の」可処分所得から5.3兆円を差し引いた額が、定額減税が実施されたなかった場合の可処分所得と推測することができます。
2024年4-6月期の可処分所得:333.3兆円(季節調整値)---⑥
でしたので、ここから5.3兆円を差し引いた額(⑥-⑤)は
2024年4-6月期の定額減税が実施されたなかった場合の可処分所得:
328.0兆円---⑦
となります。
次に定額減税がなかった場合の消費(家計最終消費支出といいます)を試算します。やり方ですが、2023年における可処分所得に対する家計最終消費支出の割合(消費性向といいます)を計算し、これに2024年4-6月期の可処分所得をかけます。この結果を定額減税が実施されたなかった場合の消費とみなします。
データ・計算式は以下の通りです。
2023年の可処分所得:315.1兆円
2023年の家計最終消費支出:314.3兆円
家計最終消費支出÷可処分所得:99.8%(2023年)---⑧
⑧が2023年の消費性向となります。
これに2024年4-6月期の定額減税が実施されたなかった場合の可処分所得(⑦)である328.0兆円をかけると、定額減税がなかった場合の消費(⑦×⑧)が分かります。
定額減税がなかった場合の消費(⑦×⑧):319.6兆円---⑨
長くなりましたが、こうした計算によって定額減税が実施されたなかった場合の
可処分所得(⑦):328.0兆円
家計最終消費支出(⑧):319.6兆円
が試算されました。
そして、いよいよ定額減税が実施されたなかった場合の貯蓄を計算します。じつは正式な貯蓄率は可処分所得から家計最終消費を差し引くだけでなく、年金受給権の変動調整という効果も含めて計算します。ややこしーw
年金受給権の変動調整とは、家計(個人)が将来受け取ることが期待される公的年金の受給額を、現在の価値として評価したものです。
2024年4-6月期の年金受給権の変動調整額(季節調整値)は-(マイナス)0.8兆円でした。マイナスです。これは貯蓄から差し引くことを意味します。
よって、定額減税が実施されたなかった場合の貯蓄は
328.0兆円(⑦)-319.6兆円(⑧)-0.8兆円=7.7兆円
となります。
貯蓄率は可処分所得に対する貯蓄の割合ですから
7.7兆円÷328.0兆円=2.4%
となります。
定額減税が実施されたとき(現実)の貯蓄率は3.7%でしたが、定額減税という一時的な減税を差し引いた実力値は2.4%だった、ということになります。
貯蓄率が3%未満じゃ怒るよ
貯蓄率が3%に満たない、ということは、手取りが100万円あったとしても、97万円以上使って(消費して)しまって、残ったのは3万円弱、ということです。
使いすぎだよ!と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そういうことです。
しかも使ってしまった97万円のうち10%は消費税として取られています。
多くの方が憤っているのは、給料(雇用者報酬)が増えているのに所得税(経常税)や社会保障費(純社会負担)が増えているため手取り(可処分所得)が増えにくい、ということのように思えます。
また消費のうち10%は消費税として取られており、実質の消費額は支払った額の90%でしかないということも腹を立てる理由の一つになっていると思います。
浪費して貯蓄がない、というのならまだしも、税金や社会保障費の負担が大きくて、貯蓄が増える見込みが立ちにくいのですから、そりゃ、
消費税なくせ!
社会保障費なんとかしろ!
といった意見に支持が集まるのも無理はないですね。
アベノミクスの頃は、給料が低い、つまり企業が従業員にお金を渡さないことが批判の的となりましたが、最近では賃上げも多少なりともされるようになり、
給料低い!
という批判が少し和らいだ印象を感じます。
ただ、そのために、これまで注目を集めなかった所得税、消費税、社会保障費に人々の不満の目が向かうようになってしまったように思えます。
貯蓄率3%弱の先
貯蓄率が低い生活が続くと、
人生とはそんなもんだ
という思いが強まり、その場その場を刹那的に生きる方が増えるような気がします。
また頑張って働いても貯蓄が増えないのであれば、
そんなに頑張らなくてもいいや
と考える方が増えるかもしれません。
私は貯蓄が増えているから大丈夫!
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本全体で見た家計(個人)の貯蓄率が3%弱しかない、という事実は、今後の日本を考える際にとても重要な論点になると思います。
村田雅志(むらた・まさし)
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