腰高フォームは見た目が9割〜腰高フォームが良いのではない。良いフォームが腰高なのだ〜
最初に誤解のないように言っておくと、ランニングフォームと言うのはパフォーマンスに関係する単独の要因ではない。これは仮にトップランナーの動作を真似できても突然速く走れるようにはならないということだ。トップランナーに特徴的なランニングフォームは、彼・彼女らの身体機能とセットで機能するものである。軽トラとF1カーでは要求される運転方法が異なるのと同じで、その人の心肺機能や身体組織の特徴によって理想となるランニングフォームは変わる。一方で、現時点では多少非効率でも将来的に有利になるランニングフォームを身につけることで、その動作に必要な身体機能の適応が起きるという側面もあるだろう。ランニングフォームが変われば速くなるものではないけれど、どうでも良いものでもない、と考えている。続きはこちら(「良いランニングフォームとはなんですか?」)。
最「高」の腰高フォーム
さて腰高フォーム→腰が高いフォームについて考えてみよう。まず「腰の高さ(腰の位置)」とは腰部から地面までの(最短)距離のこととしよう。腰の位置は脚の長さでおおむね決まるので、素直に考えれば脚の長い東アフリカランナー(ケニア人ランナーとか)の腰の位置は高い。日本人ランナーでも脚の長いトップランナーは多い気がするので、腰高フォームが良しとされるのは脚の長いトップランナーが目立つから(ちなみに,多分脚の長さがランニングパフォーマンスと関係するという明確なデータはないと思うけど)というだけだろうか?それとも同じ体型でも(個人内でも)腰が高いフォームの方がパフォーマンス向上につながるのだろうか?
結論から言うと、私は「良いフォーム(というか速い人のフォーム)は腰の位置が高くなる傾向にある」のは事実と考えている。が、、だがしかし、腰の位置を高くする努力をすべきかというとそれには疑問で、もう少し掘り下げて考えたほうが良いのではないかと思っている(もちろん,腰を高くする「意識」によって良いフォームが習得できる(できた)人はいると思うけれど)。と言うのは、最大限腰を高くするならば膝と足首をなるべく伸ばしたまま走るしかない。自分でやってみれば明らかに不自然な動作でとても速く走ることにつながるとは思えない。故に腰を高くすること自体を目標にしてしまうととんでもない怪物が爆誕する可能性があるのだ(コワイコワイ)。
と言うわけで「腰高フォームが良い」のではなくて「良いフォームが腰高になる」傾向があるように考えられる。
腰の高さ以外のランニングパフォーマンス要因
ちなみに、バイオメカニクス(生体力学)の分野では、腰の高さとパフォーマンスの関係を報告したものはあまりない(と思う)。関係するとしたら立脚期(接地中)の骨盤位置の鉛直変位ぐらいだろうか(Follandら(2017))。パフォーマンスと腰の高さに関係が認められたとしてもその機序を語るには不十分な指標だからではないかと思っている。一方で、leg stiffness(下肢剛性)という指標が割と一貫してランニングパフォーマンス(競技記録、ランニングエコノミー、スプリント能力など)と関係することは多くの研究で報告されている(こちらも機序が十分に説明できるわけではないけれど)。Leg stiffnessとは、接地脚をバネとみなして(下肢バネ)、接地中の鉛直地面反力の最大値(Fpeak)を下肢バネの短縮量(ΔL)で割ることで求められる(いわゆるバネ定数)。
Leg stiffnessが大きいことは硬いバネであることを意味していて、大きな力を加えてもあまり短縮しない特徴を持っている。そしてトップランナーはこのleg stiffnessが大きいことが報告される。例えば,Burns et al. (2021)によると、1500mのベストの平均が3’37”の集団と4’07”では20-30%もleg stiffnessが違う!これは下肢の短縮量が小さいのと地面反力が大きいことの両方の特徴がある。
さらにこの研究では、同じスピードでの滞空時間もエリート群で長いことが示されている。もしもあなたが硬くてよく弾むバネを持っていたら、あるいはよく弾むシューズを履いたなら(そんなシューズがもしもあればだが、、、)どのような戦略をとるかを想像してほしい。弾性を利用して身体を弾ませ、滞空時間を長くして走るのではないだろうか。エリートランナーは、硬くてよく弾む下肢バネの特徴を最大限活用し、着地時の下肢バネの短縮を少なくしつつ、滞空時間の長いランニングフォームになっているように考えられる。これを図で示すと右のような感じで、左は対照的な(leg stiffnessが低い)フォーム。
右は確かに接地時の腰の位置が高いことがわかる(青線で比較)。そして、続く局面での滞空時間が長いとすれば滞空期の腰の位置はより高くなるはずだ。まさに「腰高フォーム」である。ただしこの文脈では、別に腰の高さが重要と言っているわけではなく、「硬くてよく弾む下肢バネ」が重要なのである。あなたにとっての最も硬くてよく弾む下肢のポジションは「腰高フォーム」ではなく、もっと膝を曲げて腰を低くしたフォームかもしれない(実際、腰低く見えるけどめちゃくちゃ速い人がいる)。なので「硬くてよく弾む下肢バネ」を実現すると腰高フォームになる「傾向がある」、といった理解が良いかと考えている。繰り返しになるが、腰高にすることが目的になってはいけない。(もちろん硬くてよく弾む下肢バネが目的になってもいけないがこちらは走る能力に強く関係する前提に立っている)
エリートランナーはどんな方法で「硬くてよく弾む下肢バネ」を実現しているか?
Burnsら(2021)によると、エリートランナーは、図中の「入射角」を大きく(より鉛直に)して接地しているとのことだ。これは「硬くてよく弾む下肢のポジション」の手がかりになると思う。「大きな入射角」が意味することは、いわゆる「身体の真下接地」というやつだ。それぞれのフォームの接地時の姿勢から「大きな入射角」によるランニングの利点を考えよう。
立脚期前半(接地初期)の局面で、入射角が大きく下肢バネの短縮量が小さいフォーム(右図)は、そうでない場合(左図)と比較して、「股関節伸展,足関節背屈」の姿勢を取る。更に立脚中期までの下肢の短縮が少ないので膝の屈曲が少ない。つまり右のフォームは、接地の初期の局面で全体的に膝伸展位傾向になっている。立脚期前半(接地初期)では股関節と膝関節は伸展筋群、足関節は底屈筋群が活動することが知られている。さて、この姿勢の違いは股関節・膝関節伸展筋群、足関節底屈筋群にどのような影響を与えるだろう。この辺り、正確なところはわからないが自分なりに少し考えてみる。(この辺はほとんど想像)
股関節伸展筋群は股関節伸展位において大臀筋の貢献が大きくなるとされている(小栢ら(2011))。つまり着地局面で、股関節をより伸展している右の走り方は、よりケツ(大臀筋)の貢献が大きい走りになるのではないかと思われる。トップ選手が「ケツで接地する感じ」と言っていることを聞いたことがあるが、それに通じるのではないか。
次に、膝関節はこの局面で伸展筋である大腿四頭筋が大きく活動すると考えられる。右のフォームの方が前足部に荷重しており、かつ膝の屈曲運動が小さい。このような動作特徴は、膝の力学的負荷(負の仕事)が小さいとされる(Hamillら(2014))。この力学的負荷(負の仕事)は大腿四頭筋のエキセントリック収縮による仕事に対応しエキセントリック収縮は筋の損傷に繋がりやすいとされる。トップ選手の方が前もも(大腿四頭筋)の発達(肥大)が少ない傾向にあるのと関係していると思われる。このような膝伸展筋の活動特徴は拮抗筋であるハムストリングや腓腹筋にも影響を与えると考えられるが、具体的な考察は(自分には)できない。
足関節は背屈位かつ膝伸展位でより大きな力を発揮できる。更に地面反力によってニュートラルポジション以上に背屈されていくと反動による底屈トルクが筋収縮により生み出される底屈トルクに加わる。ランニング中の大きな足関節底屈トルクはエリート選手の特徴として知られており(preeceら(2018))、それにはこのような力発揮しやすいフォームも影響していると考えられる。ちなみに、leg stiffnessはアキレス腱の特性が重要という報告が多い(硬さや付着部の位置(モーメントアーム)Barnesら(2014))。アキレス腱は足関節底屈筋群(ヒラメ筋,腓腹筋)とつながっているので、それらが大きな力発揮をしてアキレス腱に負荷を与えることが関係しているとも考えられる。
最後に最も重要なことを言う。エリートランナーのleg stiffnessが大きいのはこういった動作を身につけているからなのか、leg stiffnessが大きいからこういった動作をしているのかなのか、は依然として不明である。よって筆者はトップランナーのランニングフォームを真似してうまくいかなくても責任は持たない。筆者はトップランナーのランニングフォームを真似してうまくいかなくても責任は持たない。筆者はトップランナーのランニングフォームを真似してうまくいかなくても責任は持たない。
と言うことで、腰高を追求すると怪物が爆誕する可能性があるので脚のバネに注目してみてはどうだろう?と言う話。
参考文献
Folland, J. P., Allen, S. J., Black, M. I., Handsaker, J. C., & Forrester, S. E. (2017). Running Technique is an Important Component of Running Economy and Performance. Medicine and Science in Sports and Exercise, 49(7), 1412–1423.
Burns, G. T., Gonzalez, R., Zendler, J. M., & Zernicke, R. F. (2021). Bouncing behavior of sub-four minute milers. Scientific Reports, 11(1), 10501.
小栢進也ほか,理学療法学第38巻第 2 号 97 〜104頁(2011),関節角度の違いによる股関節周囲筋の発揮筋力の変化
Hamill, J., Gruber, A. H., & Derrick, T. R. (2014). Lower extremity joint stiffness characteristics during running with different footfall patterns. European Journal of Sport Science: EJSS: Official Journal of the European College of Sport Science, 14(2), 130–136.
Preece, S. J., Bramah, C., & Mason, D. (2018). The biomechanical characteristics of high-performance endurance running. European Journal of Sport Science: EJSS: Official Journal of the European College of Sport Science, 1–9.
Barnes et al. Lower-Body Determinants of Running Economy in Male and Female Distance Runners, Journal of Strength and Conditioning Research: May 2014 - Volume 28 - Issue 5 - p 1289-1297