佐々木倫子先生の「動物のお医者さん」新装版第1巻&2巻レビュー「院生の菱沼聖子の「結婚なんかに逃げるもんかッ」って啖呵が狂おしいほど好きなのです。」
北海道の国立H大学獣医学部解剖学教室。
ここでは夜ごとスプラッタな光景が繰り広げられている。
今宵もまた解剖学の実習に使用された献体を処分する学生が
「わたしオカルト映画を観てもつまんなくなっちゃった」
「なんたって本物には敵わないわよね」
「色が綺麗だしね」
「鮮やかだもんね」
と会話してる場面をH大学理科三類を志望するふたりの高校生
西根公輝(ニシネマサキ)と二階堂が目撃する。
公輝は二階堂からハムテル(公輝→ハム輝→ハムテル)と呼ばれている。
ふたりは下校の過程で近道だから解剖学教室の近傍を通過中だったのだ。
そこでハムテルと二階堂は逃亡したシベリアンハスキーの子犬を捕獲する
獣医学部教授と邂逅する。
この子犬もこれから実験に使われるのだろうか…。
ハムテルは心の中で思った事をそのまま教授に質問すると
教授の知り合いが軒下で生まれたこの子犬を
「オマエ獣医だろ」
ってんで押し付けられたのを止む無く飼育していると言う。
獣医はハムテルの人相をしげしげと見て
「キミは将来獣医になる」
と予言し
「このカシオミニを賭けてもいい」
と言う。
獣医にならなかったら卓上計算機がハムテルの物となるのだ。
そして
「キミが賭けるのはこの子犬だ」
と言うのである。
獣医となったらハムテルが子犬の世話をする事となるのだ。
…要するに教授はこの子犬をハムテルに押し付けたのだ。
この「賭け」を受ける利点があるとは思えなかったが
「キミは将来獣医になる」
と言うこの教授の予言が的中する事となるとは
その時のハムテルは思いもしなかったのである…。
「動物のお医者さん」の存在を知ったのは
漫画情報雑誌「ぱふ」によってであるが
読んでみたらナルホド面白く
ハムテルと僕がほぼ同年齢だった事もあって
白泉社の漫画雑誌「花とゆめ」を定期購読する程熱心な読者となり
単行本も文庫本も全巻揃えた。
文庫本を購入した事によって省スペースなどと有頂天となって
ウッカリ単行本を処分してしまった事は
我が生涯に於ける悪手のひとつで
そのときは加齢に伴い老眼が進行し老眼鏡なしでは
文庫本が読めなくなるとは思いもしなかったのだ。
本作品の連載を開始するに当たって
佐々木先生が「花とゆめ」編集者から注文を受けたのは
「獣医を主人公とする事」。
佐々木先生は御自分の漫画に文脈に関係なく動物を出される癖がある事を
編集が見て取って
「獣医を主人公にすれば動物が出る事に不自然さは無くなりますよ先生!」
との申し出があったのだ。
しかしながら当時の佐々木先生に獣医の知識はなく
佐々木先生の御友人の御友人にSさんという獣医学部にいる人を
ブレーンに据えSさんの紹介でH先生を取材し
そのH先生の紹介で動物園の先生や開業医の先生,
家畜病院のT先生の取材をされたと言う。
次第に漫画の設定が定まって行き
・主人公を獣医学部の学生とする事
・主人公がシベリアンハスキー犬を飼っている事
(当時マイケル・ジャクソンがバブルス君(サル)を連れて来日した事から
「サルを飼う事にしては」という意見もあったと言う。)
と決まったが佐々木先生の
「私の動物に関する知識は微々たるもの」
という危惧に加えて
連載の過程でネタが切れてしまうかもいう危惧もあり
追い詰められた佐々木先生が考案された妙案は
「動物のお医者さん」連載開始に当たって
「花とゆめ」誌上の「4分の1広告」で
「佐々木倫子にネタを送ってあげよう!!」
と読者に呼びかけるというもの。
佐々木先生からの呼びかけに呼応して全国から沢山のお便りが届き
全国の獣医さん・学生さんとも知り合いになれたと言う。
いち読者にしてみれば
「自分の投稿が佐々木先生の漫画になるかも!!」
「佐々木先生のお力になれるかも!!」
と思えば自ずと意気が揚がるのは当然であって
「動物のお医者さん」に対し
他の漫画にはない特別の親近感・特別のライブ感覚を覚えるのは
けだし当然と言えるのだ。
今回の新装版は白泉社ではなく小学館から出ていて
出版社が変わった経緯は知らない。
それよりも特筆したいのは
小学館の癖に「要らん句読点の勝手な付与」が無い事だ。
小学館は朝日ソノラマから出ていた
谷口ジロー先生の「餓狼伝」が
小学館から出るに当たってに勝手に句読点を付与し,
竹書房から出ていた
島本和彦先生の「燃えよペン」が
小学館から出るに当たって勝手に句読点を付与するという
創作物を冒涜する愚行を繰り返しているのだ。
小学館が剃髪して過去の悪行を懺悔したとは到底思えぬが
ともあれこの新装版には要らん句読点の付与は無い。
小学館に対して
「今回は余計な事を何もしないでくれて有難う」
と多分に嫌味交じりの称賛を送る事を僕は何ら惜しむものではない。
僕が一番好きなのは院生の菱沼聖子。
大学の研究室に残って研究を続けるか
企業の面接を受けて企業の研究者となるかの
進路選択の過程で
企業の面接担当官が男子学生にしか話しかけず
「でも私は結婚なんかに逃げないわよ」
と啖呵を切る場面が狂おしいほどに好きだ。
本作では描かれていないが
「女の癖に研究を続けてどうするんだ」
「女の研究者はどうせ結婚に逃げるんだろう?」
と散々言われていなければ
「結婚なんかに逃げるもんかッ」
って台詞は絶対に出て来ないし
「結婚は逃げ」という独自の価値観も絶対に構築されないのだ。
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