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グミクラゲさんの同人誌「スライム娘に気に入られてお持ち帰りされる話」レビュー「母親はあらゆる者の代わりになれるが…何者をも母親の代わりにはなれないのである…」

街外れにある森に生息するスライム状の怪物は…
人間を生かしたまま取り込み…獲物に媚薬と同時に栄養剤を与え…
生かしながら虜にして必要な養分を摂取する過程で知恵を付け…
旅行者の多くはオトコであることから…オンナに擬態して…
好意をも…「気遣い」をも擬態する様になった…。
従ってスライムは「娘」に擬態するコトを得意とし…
「スライム娘」と呼ばれる様になった…。

物凄く真面目で…物凄く誠実な論考。

グミクラゲさんは「女性優位」「女性優位を男性が覆すコトはない」と
スローガンを掲げ…「女性優位」の学術的裏付けを追究され…。

「全てのオトコは…オンナの股から生まれて来たじゃないか…」
「オトコは…オンナの胎内に還るべきである…」

との地母神信仰にも似た思考に至られたのではないか…。

「地母神」は…しばしば懐胎した女性の姿で描かれ…
地母神の胎の中に還り…栄養を与えられ…性処理もして貰いながら…
生かされ続ける成人男子の姿こそが…
グミクラゲさんの提唱される…
「女性優位」の極致として描かれている様に思われる…。

しかしながら…僕にはグミクラゲさんのお考えに対する疑問がある…。

「グミクラゲさんは…本当にそう思われ…納得されているのか…?」

という疑問である…。

何故そうした疑問が僕の心中にあるのかと言うと…
「スライム娘は…地母神に擬態しているだけ」であり…

ルカ・グァダニーノ版「サスペリア」に於いて…
スージー・バニヨン(ダコタ・ジョンソン)の実家には…
額に入れられた次の様な言葉が飾られているからである…。

「母親は…あらゆる者の代わりとなれるが…」
「何者をも母親の代わりとはなれない…」

スージー・バニヨンは…ずっとずっとこの言葉を見て育って来て…

「幾らスライム娘が…地母神に擬態しようとも…」
「スライム娘は…決して母親(地母神)にはなれない…」

との「結論」がとっくの昔に出ているのだ…。

つまりグミクラゲさんは…
ずっとずっとスージー・バニヨンの実家で…
額縁に入れて飾られたこの格言?を眺めながら…
この漫画を描いている筈で…

「この実験は…失敗だッ!」

と…この実験では…「女性優位」の証明は得られなかったと…
深い失意を感じながら…本同人誌を上梓されたのではないのか…
と僕は言っているのである…。

本同人誌は…「実験の失敗」が…つぶさに記録されており…
グミクラゲさんの…

「ワタシの失敗を繰り返すな…」
「ワタシの死を無駄にするな…」
「ワタシの屍を越えてゆけ…」

との…魂の叫びの記録である様に思えるのである…。

故に本書は…非常に真面目で…非常に誠実な論考だと…
僕は結論した次第である…。

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