【概要】
結論からいえば本稿は一時的な気の迷いである。MBTIは自身をJungに基づくものと位置付ける一方、16Personalities等派生理論とは違うと主張する。一方16PersonalitiesもMBTIとは違うと主張するが、その動機は謎である。そこで根本に遡り、16PersonalitiesがJungをどう位置付けているか探ったところ、違うとの主張が見られた。但しそれはタイプ論ではない、というものであり、Jungに特化して違う、という主張ではなかった。
【初めに】
昨日の投稿
は慌てて作成した為か、今読み返すと論旨に於いて不明瞭である。そこで目的を改めて述べる。MBTIに似た理論として16Personalitiesがある。MBTIは後発組たる16Perosnalitiesとは違うと主張する。これは学問的成果と事業体制を荒らされたくない為と考えると理解できる。だが16PerosnalitiesもMBTIとは違うといっている。即ち
なのだが、その動機は不明だ。MBTIを継承発展させた、といえば箔付けになりアピールできるし、先人の業績を明示するのは学問的礼節としても必要な事だからだなのに、何故否認するのか(きちんと引用した上で否定するのは構わない)。その謎を解くのが本稿の目的である。
MBTIはJungのタイプ論に基づいている、つまり
●MBTI=Jung
とも主張する。Jungという大学者の名前を挙げる事で自らの学問的妥当性の一助としたいからであろう。勿論、上述の学問的礼節も大きな理由だ。では16Perosnalitiesはどうなの、という疑問が湧いて来る。
●16Personalities≠MBTI
と主張したいのであれば、根本に遡り
●16Personalities≠Jung
とするのも一案なので、この仮説「16Personalities≠Jung」を念頭に置き、16Personalitiesのページで改めて確認する。
なお綾紫は「MBTI=Jung」に疑問を抱いてる。それは既に解説した。具体的には外向/内向や
内向知覚型I__Jの記述
に非常に大きな違いがある事を指摘した。ここからヒントが得られると期待し、タイトルも敢えてJungとMBTIシリーズの連番としたが、その思惑は外れてしまった。
【16Personalitiesの理論】
掲題の16Personalitiesの理論は
に掲載されている。英文トップページからも邦文トップページからもここに飛ぶので、理論の話は邦訳されていない模様である。以下、関連する部分を引用すると共に、Googleによる翻訳も併記する。
ここからJungの名前が見える。Jungの業績として外向/内向や認知機能を挙げているが、逆にいえば言及に留まっている。続ける。
ここでMBTIの発案者I. B. Myersの名前が登場する。しかし、
●私たちのモデルでは性格特性とタイプを異なる方法で定義しているため、この記事ではユングの概念や関連理論について深く掘り下げません。
に於ける「異なる方法で定義」、どこまで、即ち「ユングの概念や関連理論について深く掘り下げません」という表現が続く事からは、
●16Personalities≠Jung
と解釈できるのに対し、Myersに触れる中で出て来た事から
●16Personalities≠Jung 且つ 16Personalities≠MBTI
とも読み取れるのである。続ける。
ここでSocionicsやKeirsey、Linda Berensの名前が登場するが、Jungと同様、深入りはしていない。淡々としている。そして同じタイプ名でも意味は違う、と結んでいる。綾紫もこの点は感じているが、当時に、Jungとの大きな違いに比べればもはや許容範囲の誤差、とも思っている。結局、ここまでで16Personalitiesがいいたかったのは、「人によって異なる定義を採用している(のでタイプ論には限界がある)」だろうか。続ける。
一転、タイプ論と特性論の相違点の解説が現れる。心理学者はタイプ論と特性論の違いを強調したがる。しかし素人たる綾紫は同意しない。タイプ論は特性論を簡単な説明のために2値化したもの、逆に特性論はタイプ論を実務に落とし込んだものであり、対立的というより相補的だからだ。EysenkやBig Fiveのような特性論に於いてもJungの外向/内向の概念は一応、採用されているが、それはMBTIが行った恣意的なつまみ食いと似たり寄ったりである。そうした点に頬かむりして、タイプ論と特性論の違いを云々するのは頭脳の無駄だ。
ここでやっと16Personalitiesの出自が明確になる。BigFiveだ。
●現代の心理学および社会学の研究で主流となっているモデルであるビッグファイブ性格特性と呼ばれる性格の次元を再考し、再調整することを選択しました。
と明確に述べている。その一方で
●Myers-Briggsやユング派モデルに基づく他の理論とは異なり、認知機能やその優先順位などのユング派の概念は取り入れていません。
とあるように根本から違う、とも述べている。だがこの短い文章に「Jung=MBTI」と見做している様子も垣間見えている。にも関わらずしばしば混同される理由は
●シンプルさと利便性のためにMyers-Briggsが導入した頭字語形式を使用し、4つのスケールではなく5つのスケールに対応するために1文字追加しています。
とあるように、便宜的にタイプ論の形式を流用したからだ。
但し、この話はここで解決ではない。BigFiveとMBTIには学問的にも相関がある事が知られている。実際、下のgoogle検索
でも、学術記事専用のリンクが改めて出現する。であれば完全に
●16Personalities=MBTI
ではなくとも
●16Personalities≒MBTI
程度の主張はできる筈である。違うとしても出自として違っていた、が正解で、何が何でも違うと主張するのは違う、と綾紫は感じる次第である。
で解説したように。
【結論】
何故、特に16Personalities側の主張も
●16Personalities≠MBTI
なのか理由を探る為
●16Personalities≠Jung
という仮説を検証した。その結果判明した事:16Personalitiesの原点はBigFiveであり、Jungやそこから産まれたとされるMBTI等のタイプ論は分かり易い説明の為に便宜的に採用されているに過ぎない。即ち上記仮説は
●16Personalities≠タイプ論
という16Personalitiesの主張の一部としてそうだ、といえる程度であり、
直接の理由ではない。間違いではないが、何とも歯切れの悪い結論だった。
なおこの後、16Personalitiesの理論ページでは信頼性・妥当性の検証や外向/内向次元の解説等が長々と続くし、Keirseyとの類似性も強く感じたが、本稿では触れない。今日はここまで。