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岡村隆史氏が伝えたかったこと

カーテンで間仕切りされた待機所という名のマンションの一室で、店からのコールを待っているキャストの気持ちを藤田氏は一度でも想像したことがあるのだろうか。

理由は様々であるが就業の意思決定を行うのはキャスト本人である

角間惇一郎氏の『 風俗嬢の見えない孤立 』を読むと、彼女たちが、性風俗産業に従事するようになった動機は様々だ。

・キャバクラ等の飲食業よりも効率よく稼ぎたいため

・学費を支弁するため

・留学費用を短期間で捻出するため

・ブランド物の購入や遊興費に充てるため

・マンションの賃貸料を払うため

・子供の教育費に充てるため

・借金の返済のため

就業の契機となる事情は様々であろうし、web媒体を通じた求人応募がチャネルの大半を占める状況にあって、スカウト経由の案件もわずかではあるが存在する。

しかし、あくまで最終的には本人の意思決定によってキャスト達は就業へと至る。キャストの入店まもない退職は、店側にとって「パネル」と言われる宣材写真の撮影費用などの一定の採用コストがサンク(埋没)してしまうから、経営戦略上の視点から見ても採用面接は慎重に行われる。特に、就労意思については、業務の性質上極めて重要なことであるから、いかに杜撰な運営をしている店舗であっても、本人に対して必ず入念な意思確認がなされる。

製造業を中心に個室寮や借上げ住宅を用意する求人は、風俗業界以外でも存在しており、「日払い・週払い」を活用する短期の非正規労働も、その是非は別として、本人の意志さえあれば比較的容易に就労することができる。

そのため、藤田氏が主張するように、社会保障が脆弱であるがために生活困窮女性が非自発的意思によってセーフティネットの代替として性風俗産業に従事しているという理論は、角間氏の著書やSNSに投稿された現職のキャストからの声を勘案しても、現場の実態にそぐわない主張にしか映らない。

キャストに共通している目的は「お金を稼ぐこと」

この業界の門をたたいたキャストに共通している目的は「お金を稼ぐ」ことである。そして、キャストにとって一番のリスクは、出勤状態にあるのに一向に客付かない状態、いわゆる業界で言うところの「お茶引き」となることだ。1度の出勤に対して(一定の就労期間に限る場合が多いが)最低賃金を保証する店舗もあるが、風俗店は基本的には完全歩合給制を採用している店舗が多い。キャストは、昨今の状況がまさしくそうであるが、常に「客がつかない=収入が絶たれる」経済的リスクを負っている。


「外出自粛」と「風俗業界の需要喚起」というトレードオフの中で難しい言葉の選択を迫られた岡村隆史氏

著者を含めて風俗店を利用したことのある方なら、「嬢たちは今食べていけているのだろうか」と心配していることだろうし、岡村氏のようにキャストを「お嬢」と呼び、彼女らをラジオ出演させるなど日頃から彼一流のユーモアと敬意をもって接してきた「気遣いの人」なら、なおのことキャストの経済的困窮について憂慮し、心の底から心配していたことだろう。

ただ、キャストの困窮状況を憂いているからといって、コロナ感染を拡散するおそれのある「風俗店の利用」を呼び掛けるわけにはいかない。だからと言って、単純に自粛のみを呼び掛けてしまえば、深夜ラジオの醍醐味である「ブラックユーモア」というエンターテイメントを提供することができないばかりでなく、憂慮している風俗業界の従事者を励ますことにもつながらない。件のリスナーから寄せられた投稿に対する回答は、百戦錬磨のラジオ・パーソナリティ岡村隆史氏にとっても非常に難しい言葉の選択を迫られる場面であった。

気遣いの人岡村氏ゆえに飛び出した失言

「絶対に面白いことがあるんですよ」という岡村氏の失言は、リスナーへの激励に加えてコロナ終息後の風俗業界の需要喚起を意識し過ぎたあまり、彼にしては珍しく言葉の選択を誤ってしまった結果の産物だと私は勝手に憶測している。経緯がどうであるにせよ、深夜ラジオという本来は限定的なターゲットに対して供給されているコンテンツでなされた発言であるにせよ、リスナーや絶えずリスペクトする風俗嬢に対する配慮がかえって裏面に出てしまい、結果として不適切な文言を発してしまったことは「言葉のプロ」としては失敗であった。

誤誘導型炎上を創出しPV獲得に見事成功した藤田氏

我々ラジオリスナーは、岡村氏の発言が、生活困窮に陥ってしまった女性が不本意ながら性風俗産業に従事するという事態を、字面の通り「面白い」と評価している訳ではないことを容易に理解できる。

しかしながら、ラジオ放送という一次情報に触れてすらいなかった藤田孝典氏が週刊誌の書き起こし記事を孫引きし、歪曲した見出しを付した記事をポータルサイトに投稿したことによって、「生活困窮に陥った女性を岡村氏が楽しみにしている」という岡村氏の発言趣旨とは全く異なる印象が読者の間で共有されはじめ、SNSによる拡散を通して瞬く間に炎上状態となってしまった。

落合陽一氏は、文脈や前後関係を切り取った記事によって発言者を炎上状態に陥れることを「スクリーンショット系炎上」と呼んだが、藤田氏によって創出された今回の炎上は、言葉の切り抜きという「スクリーンショット」ですらなく、発言の切り抜きと捏造を合わせ、世論を記者が意図する一定方向へと操作する「誤誘導型炎上」とでも呼べる極めて恣意的なものである。

藤田孝典氏に申し上げたいこと

一次情報に当たることなく、週刊誌の書き起こしサイトを孫引きする形で記事を発出した藤田氏の取材姿勢は、「まとめサイト」等のミドルメディアと同様に卑劣、怠慢極まりない。客員ポストとはいえ、大学教育に携わる人間がこのような行為を行ったことは信じ難く、個人的にも大変残念な思いである。

藤田氏によって発出された件の記事によって、性風俗産業に従事する方々や岡村隆史氏をはじめ多数の人間が傷付き、本来生まれる必要のなかった義憤に多くの人が駆られている。社会的に困窮する女性や性風俗産業に従事する方々のことを慮る気持ちが少しでも藤田氏にあったならば、あのように読むものに嫌悪感を抱かせるように歪曲された悪意ある記事は発出されなかったはずである。

藤田氏に申し上げたい。誰かを傷つけて得た報酬によって、本当に他人を救うことができるのか。あなたが今すべきことは、義憤にかられた善意の人々の問い掛けに答えようとせず著書の宣伝をすることなのか。