予測文字入力 "POBox" 物語 ー その2「世に問う」
※ 下記記事の続きです ↓
湧き上がる不安
「その1」に書いたように、2000年も終わりに近づいた頃、世界初の携帯電話向け「日本語予測文字入力」アプリ"POBox"が完成しました。
そして、2000年末発売のA社向け携帯電話と、2001年初発売のD社向け携帯電話にPOBoxが搭載されることが決定しました。
苦労はしましたが、ようやく「サクサクメールを打つ」という画期的な体験が届けられる!と喜んだのもつかの間、問題が起きます。
デフォルトON?OFF?
「いきなりこれをユーザーが見たら、抵抗があるんじゃないか?」という不安が周囲で巻き起こり、「予測はデフォルトOFFにしよう」という声が上がりました。
※ デフォルト:購入直後の設定状態を指します。
「A機能がデフォルトOFF」とは、ユーザーが自分でA機能の設定をONにして、初めて使えることになります。
常識に逆らうリスク
当時はWindows95などでPCがどんどん普及していく中、ワープロやメールにおいて、かな入力⇒変換命令⇒候補選択 という操作手順で、文章を作るのが当たり前になっていました。
また、かな入力は「全部入力」も常識です。「今度の日曜に会おう」と打ちたければ、「こんどのにちようにあおう」と入力が必要です。
「つかいやすさ」の教科書的には「ユーザーの常識に逆らわない」のが基本です。
なんと、開発リーダーも「自分が入力した通りでない候補が出る」ことが気持ち悪いと思っている人でした。
※ じつは、今でも予測候補を「気持ち悪い」と感じるユーザーは一定数います。
しかし、簡易ユーザーテストを経験した私には、もう「エンドユーザーの笑顔」が見えてしまっています。
チーム内で強く「デフォルトON」を主張し
デフォルトON主張の理由には、もうひとつありました。
未体験のメリットは、存在しないも同じ
しかし、上記のように常識がある中で「予測入力」という機能名だけで、ユーザーはそのメリットをイメージできるでしょうか。
まだレコメンドのような高度な機能もないですし、仮にあったとしても、未体験のことをそのレコメンドから推測し、さらに設定変更するユーザーはとても少ないです。
デフォルトOFFでPOBoxが搭載された携帯電話が発売されても、ほとんどのユーザーは予測文字入力の存在すら気付かずに終わる…
※ 「ユーザーにこう使ってもらいたい」という能動性を期待するタイプの"作り手目線"はとってもよくあります。この辺の話はまた改めて「成長しきったユーザー像」というネタで書きたいと思います。
決断
結論は突然決まりました。
社長が、「きみはデフォルトどちらがよいと思う?」と開発リーダーに聞いて、「OFFにした方がよいです」と。
社長決裁でPOBoxのデフォルトOFFが決まりました。
※ 後で聞いて、私が激怒したのは言うまでもありません😅
発売
結局、デフォルトOFFでPOBoxが初搭載された携帯電話が、2000年末と2001年初に発売されました。
私としては「ひとりでも多く気付いて!」と神頼み状態でした。
幸運1:機種への注目
ひとつ幸運がありました。初搭載機種がヒットモデルになり、結構売れたんです。
それで、各所から注目され、紹介記事もたくさん書かれました。多くの記事に、「予測文字入力が便利だ!」と書いていただきました。「すぐに試そう」と手順付きで設定方法紹介もされました。
幸運2:ユーザーフィードバック
紹介記事のおかげか、POBoxを試すユーザーが案外いたようで…
ユーザーアンケートに「予測文字入力が便利」という声が次々届きました。
(新機能を試すタイプは、フィードバックにも積極的な共通傾向がありそうですね)
そして、2001年の次機種から、POBoxは「デフォルトON」になりました。
追随
初搭載機種から間もなく、他のメーカーも続々と予測文字入力を搭載しました。UIや操作手順もそっくり。
写メールやiモードのおかげで、ガラケーがどんどん便利になっていく時期、メーカーも10社はあったでしょうか。数年の内に、日本で発売される全ての携帯電話が、予測文字入力を搭載するようになりました。もちろんデフォルトONで。
一生に一度の財産
改めて、世界初の携帯電話向け日本語予測文字入力POBoxの開発~発売に立ち会えたのは、幸運でした。そして、UI/UXデザイナーとして基礎となる財産を得た、貴重な体験となりました。
「エンドユーザーの笑顔」が、私にとって最も大切な価値基準となった
ユーザーの常識に逆らっていても、そのハードルを大きく上回るメリットを感じさせられれば、乗り越えてもらえると知った
まとめ
ユーザーの常識に逆らう「予測文字入力」は、最初はデフォルトOFFだった
ユーザーの声が後押しして、予測文字入力は普及していった
非常識でも、大きく上回るメリットを伝えられれば、受け入れられる
⇒ その3「進化」につづく
※ POBoxは、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の登録商標です。
※ 記憶があいまいで、時期や出来事の詳細には誤りや偏りがあるかもしれません。関係者の皆様、ご迷惑おかけしたら申し訳ありません。ご指摘いただけたら訂正します。