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予測文字入力 "POBox" 物語 ー その1「誕生」


「人々の生活を変える」事に参加できた幸運

皆さんは、スマホをお使いですか?ガラケーですか?
LINEやX、メール、チャットなど、文字のコミュニケーションも多いかと思います。
文字入力で、例えば「こん」と打ったら「こんにちは」「今度」など候補が出たり、「だよ」と入力したら「。」「!」「☺」とか候補が出たりしませんか?
さらに、何度も同じ語句を使うと、より早くその語句が出ませんか?
恐らく全てのスマホ/ガラケーに、このような日本語における「予測文字入力」という方式のアプリが搭載され、当たり前のように使われています。
この携帯電話における「日本語予測文字入力」は、偶然私が居合わせたプロジェクトから誕生し、各社が追従し、皆さんの生活に深く浸透していきました。
「人々の生活を変えた」とも言えるプロジェクトに関われた、幸運な体験から始まり、私は多くを学び、悲しい思いもし、たくさんの気付きを得られました。
長い昔話ではありますが、得たもののいくつかでもお伝えできればと、書いてみます。
※ 記憶があいまいで、時期や出来事の詳細には誤りや偏りがあるかもしれません。関係者の皆様、ご迷惑おかけしたらスミマセン。ご指摘いただけたら訂正します。

時代背景(携帯電話⇒ガラケー進化)

話は2000年にさかのぼります。それまでの携帯電話は、ほぼ「電話(音声通話)」をするだけの物でしたが、"iモード"のおかげでWeb閲覧ができたり、メールコミュニケーションができたりと、多機能化と利用シーンの拡大が始まりました。

それまで携帯電話における文字入力は、電話帳に名前と電話番号を登録するのが主な用途でしたが、メール機能のおかげで、文章の入力が日常になりました。
タッチパネルではないので、1文字打つのに、ひとつのキーを何回も「押し込む」必要があります。長文入力はひと労働でした。
例えば「こんどのにちよう」と入力するには、5+3+6+5+2+2+3+3=29回もポチポチ押し込みます。
日本語はこれでは終わりません。「変換」を押した後に並んだ候補リスト上を「↓」キーで順番に動き、目的の語句:「今度」や「日曜」を選択決定する…(ふぅ、書いているだけで疲れた😅)

世界初の携帯電話向け「日本語予測文字入力」

偶然の出会いの連鎖

私の勤務先系列の研究所に、ちょっと風変わりな研究者「M井」さんがいました。UIに対する造詣が深く、アイデアマンで、便利アプリやデモを次々と作ってはPCや携帯情報端末(PDA)に搭載して、社内の様々な場で見せていました。
※ PDAは現在のスマホに似た、タッチパネルを搭載した多機能端末です。

POBoxは、最初はPDA向けにM井さんが作成した日本語予測文字入力アプリでした。
ちょっと「先を行き過ぎている」デモが多く、理解が得られなかったり、スルーされたりも、しばしばあるM井さんでしたが…
多くの人がさほど気に留めていなかったPOBoxのデモが、ひとりの携帯電話担当デザイナー「K野」さんの目に止まりました。
「これなら、あのポチポチが激減するかも?!」

その価値を見抜いたK野さんは、携帯電話部署のソフトウェアエンジニア数人に持ち掛けて、POBoxを携帯電話に移植するトライが始まりました。

生みの苦しみ1(UI/UX設計)

しかし、PDAのタッチパネル前提で作られたUIは、そのままではキー操作しかできない携帯電話では使えません。画面レイアウトや、どのキーでどう動くのか…といった動作仕様をイチから考えなくてはなりません。
偶然、別の「UIガイドライン策定」プロジェクトで同部署にいた私にも、お声が掛りました。
エンジニアさんが、とてもよいUI案を作られていたので、画面アイデアはほぼ踏襲して煮詰め、動作仕様を検討していきました。
これまでにないアプリなので、意見が割れたときは、ペーパープロトタイプでユーザーテストもやりました。紙にイメージ図を何枚も印刷した紙芝居を用意し、最初のイメージを見せたら「次はどう操作?」と聞き、テスターさんの操作に合わせた紙を見せていく…
徐々に「これはきっと、ユーザーの皆さんに喜んでもらえる」という確信が芽生えていきました。

生みの苦しみ2(辞書)

文字入力アプリにとって、無意識に使えて快適なUIは当然重要ですが、同じく大事なのは「辞書」です。辞書の「カバー範囲」や「利用頻度に応じた優先順位」が適切でないと、ユーザーは毎回目的の語句を探し回ることになります。
M井さんの辞書は、ご自身の研究分野の用語などに偏っており、カバー範囲も狭いため、他の方法で大きな辞書を入手して移植しました。

辞書は、最終的には人間の目による「妥当性チェック」が必要でした。社会的に問題がある固有名詞や、目にすると不快になるような汚い表現を削除したり、多くの人が使う常識語の優先度を上げたりします。
開発も佳境に入った頃、辞書チェックの分担がありました。
「明日までに400語句チェックして!」…かなりブラックな、でもやり甲斐たっぷりな時代でした🤣

多くの人を巻き込み、世界初の携帯電話向け「日本語予測文字入力」アプリ"POBox"が完成しました。2000年も終わりに近づいていました。

まとめ

  • 人々の生活に深く浸透していくことになる「予測文字入力」、その誕生に参加できた幸運は、偶然の出会いの連鎖から

  • 同じデモを見ても、課題を持っている人にはその本当の価値に気付ける

  • ユーザーテストのおかげで「ユーザーの笑顔」が確信できるようになった

⇒ その2「世に問う」につづく


※ POBoxは、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の登録商標です。


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