時事無斎雑話(3) エレバン放送第37日本支局開局のお知らせ
別の記事で少し触れましたが「アネクドート」というものをご存じでしょうか。主に旧ソ連を初めとする東側諸国で語られてきたジョークで、抑圧的な体制や物資の不足、政権の腐敗や愚かさなどを皮肉った政治色・社会性の強いものが多いのが特徴です。(以下、本記事で挙げた例のほとんどは既存のジョークに一部アレンジを加えて再掲したものですが、もともと詠み人知らずの作品なので、特に引用元などは示していません。)
スターリン独裁下の1937年、文豪・プーシキンの没後百年を記念して彫像のコンペティションが開催され、審査結果が発表された。
3位は「スターリン選集を読むプーシキン像」だった。
2位は「プーシキン選集を読むスターリン像」だった。
1位は「スターリン選集を読むスターリン像」だった。
ソ連共産党機関誌・プラウダがアネクドートの懸賞を募集することとなった。
1等賞として懲役20年が授与される。
1960年代、党幹部イワノフ氏宅の食卓にはキャビアがあり、隣人たちの不評を買った。
1970年代、イワノフ氏宅の食卓には肉があり、隣人たちの不評を買った。
1980年代、イワノフ氏宅の食卓にはパンがあり、隣人たちの不評を買った。
そのアネクドートによく登場する「エレバン放送」という架空の放送局があります。当時ソ連の構成国だったアルメニアの首都・エレバン(Yerevan)にある「エレバン放送」という放送局の番組からの転載という形でのジョークで、視聴者からの質問に答えるQ&A形式のものが多いようです。
問:民主主義と人民民主主義の違いはどのようなものでしょうか?
答:椅子と電気椅子の違いのようなものです。
問:人格高潔で清廉潔白な人物を買収することはできるでしょうか?
答:非常に難しいでしょう。しかし売り飛ばすのは簡単です。
問:生産と消費について、資本主義と社会主義の違いを教えて下さい。
答:資本主義は生産が厳重に管理され、消費が無秩序となります。社会主義は消費が厳重に管理され、生産が無秩序となります。
こうしたジョークを反共キャンペーンの一環として広めている人もいるようですが、本来は、そうした体制のもとで生きている人たちが語ってこそ重みの出るものでしょう。例えば次のジョークをアメリカ人や日本人が大喜びで語っても「そもそも言論の自由なんか鼻で笑っている政治家を選挙で選んでるお前らが言うことか」と反論されそうです。
米ソ首脳会談中、アメリカのニクソン大統領がソ連のブレジネフ書記長に言った。「アメリカでは言論の自由は完全に保障されています。誰かがホワイトハウスの前で『ニクソンは辞めろ!』と叫んでも何の罪にも問われません。」
ブレジネフ書記長はむきになって言った。「ソ連でも言論の自由は完全に保障されています。誰かがクレムリンの前で『ニクソンは辞めろ!』と叫んでも何の罪にも問われません。」
残念ながら、世界的に不寛容と偏狭さの風潮が広まり、体制に異を唱える主張への抑圧や社会的少数派への排斥・迫害が東側諸国だけのものではなくなってしまった今(いや、別に今に始まったことではないのですが)、例えば日本でも、こうした笑い話を通じて自分たちの社会の腐敗や理不尽や愚かしさをあぶり出すような文化が求められているように思います。
というわけで、私もこの場を借りてエレバン放送のフランチャイズを開局してみることにしました。ネットで検索すると、他にも「エレバン放送」を名乗ってジョークや冗談記事を書いている方がいるようですが、別に本家争いをするつもりはありませんので、他との識別の際は「エレバン放送第37日本支局」を名乗ることとしました。なお「37」という数字に特に意味はありません。
問:スガ新首相は下積みから出世した苦労人だと言われています。下積みの人間の立場に立った政策を期待して良いでしょうか?
答:元コンビニ店員のコンビニ強盗が、襲われる側の立場に立って行動するわけではありません。
問:スガ新首相はパンケーキが大好きだというのは本当ですか?
答:少し違います。パンケーキが好きだと言えば、それだけで自分に親近感を持って支持してくれる頭の弱い有権者が大好きなのです。
問:スガ新首相が自分たちの政策に批判的な意見を述べた学者を日本学術会議から排除した理由は何でしょう
答:政治家にとってパンケーキより重要なものがあることを口にする学者は政権運営の妨げとなるからです。
問:税金で研究を行っている以上、学者が国の方針に従うのは当然ではありませんか?
答:学問が政治に迎合した例である「アーリア主義」と「ルイセンコ学説」によって何が起こったか調べてみることをお奨めします。
問:学問の自由が失われると私たちの生活は何か変わるのでしょうか?
答:例えば新型コロナウイルスへの対策では、PCR検査を受けネットの不正確な情報に踊らされないことより、満員電車に乗ってパンケーキを食べに行くことが推奨されるようになり、その結果については全てあなたの自己責任と自助努力により解決するよう求められることになります。
一人でやっても面白くないので、私だけではなく趣旨に賛成していただける方にも、手持ち、もしくは自作のジョークを披露していただければと思います。ただ、アネクドートはあくまでも「自分たちが暮らす社会」の矛盾・不合理を鋭く突いてこそ華だと思うので、いわゆるネトウヨの人たちのように他国・他民族への憎悪と差別心に満ちた話ばかりを嬉しそうに吹聴するのは違うような気もします。もっとも、それを強制する権利は私にはありません。そもそも実際のアネクドートはアングラ色の強い小噺が起源なので、かなり露骨な差別意識や性的な内容を含んだものも少なくないのです。
完璧にロシア人になりすます訓練を受けたアメリカ人のスパイが、モスクワのとあるバーに入った。
スパイはまずウォッカを注文し、一気に飲み干してみせた。それを見ていたバーのマスターが言った。「その飲みっぷりは完全にロシア人のものだが、あなたはロシア人ではない。」
続いてスパイはロシア民謡を見事に歌ってみせた。バーのマスターは言った。「その歌は完全にロシア人のものだが、あなたはロシア人ではない。」
さらにスパイは見事なコサック・ダンスを披露してみせた。バーのマスターは言った。「そのコサック・ダンスは完全にロシア人のものだが、あなたはロシア人ではない。」
スパイは用心深く言った。「俺のどこがロシア人じゃないのかね?」
マスターは答えた。「ロシアに黒人はいないのだ。」
モスクワのアパート。ターニャが隣室のナターリャに言った。「ナターリャ、あなた病気でもしたの?」
「どうして?」
「今朝、あなたの部屋から医者が出て行ったわ。」
ナターリャが言った。「昨日、あなたの部屋から軍人が出て行ったけど、私は『戦争が始まったの?』なんて訊かなかったわ。」
また、他の国の方がエレバン放送第37日本支局を引用して自国の体制を皮肉るのは、むしろ積極的にやっていただきたいと思います。
高い見識で知られる中国の政治学者に、あるジャーナリストが尋ねた。「今、世界で一番共産主義革命が求められる国はどこですか。」
学者は答えた。「三番目はイギリスと日本です。偏狭な価値観の蔓延により国民は分断され、労働者の奴隷化と愚民化が進められています。団結して立ち上がり、政治を人民の手に取り戻さねばなりません。」
ジャーナリストは言った。「一番はどこかとお訊きしたのですが。」
学者は答えた。「二番目はアメリカです。貧富の格差は常軌を逸した水準にまで広がり、差別と搾取は耐えがたいものとなっています。体制を打破し、平等で公正な社会を実現しなければなりません。」
ジャーナリストは苛立って言った。「ですから、私は一番はどこかと質問しているのです。」
学者は周囲を見回すと、小さな声で答えた。「中国です。共産主義革命万歳。」
問:ブラジルのボルソナーロ大統領は食肉生産のためアマゾン熱帯雨林の破壊を容認する態度を取っていますが、この政策は正しいのでしょうか?
答:肉と酸素のどちらを人間にとって重要と考えるかによって、評価は異なります。
問:フィリピンの裁判がドゥテルテ大統領の司法制度改革により迅速化されたというのは事実でしょうか?
答:事実です。犯罪者を裁判の前に銃殺できるようになりました。
アメリカのある小学校の授業で、先生が生徒たちに言った。
「皆さんが知っている、歴代合衆国大統領の有名な言葉を挙げてみて下さい。」
ヒスパニック系のロサが手を挙げて言った。「人民の、人民による、人民のための政治。」
先生はうなずいて言った。「はい、エイブラハム=リンカーンですね。よくできました。」
中国系のヤンが手を挙げて言った。「国に何をしてもらえるかではなく、自分が国に何をなせるかを問え。」
先生はうなずいて言った。「はい、ジョン=F=ケネディですね。よくできました。」
ベトナム系のキーが手を挙げて言った。「我々が恐れるべきは、恐れそのものである。」
先生はうなずいて言った。「はい、フランクリン=ルーズベルトですね。よくできました。」
乱暴者で勉強ができない白人のサムは面白くなかった。とうとう立ち上がると、拳を振り回しながら口汚い罵りの声をあげた。「くそ移民どもめ! お前らは犯罪者だ! さっさとアメリカから出て行け!」
先生はうなずいて言った。「はい、ドナルド=トランプですね。よくできました。」
特に、政治ジョークを語ることがそのまま身の危険に直結するような国の方の場合、「エレバン放送第37日本支局が伝えたところによると――」という体裁で、ご自身の作った体制批判の冗談記事、冗談ニュースなどを配信しても良いでしょう。一切の責任及び記事に対する監視・脅迫は筆者が(恐怖に怯えながら)引き受けたいと思います。
問:エレバン放送第37日本支局開設者の尻の存在意義とはどのようなものでしょうか?
答:笑いを武器に抑圧と闘う世界の人たちに代わって、何者かにリシンを注射されるための標的となることです。
この記事のタイトル画像になっているロゴも作って画像を共有できるようにしました。趣旨に賛同していただける方はご自身の記事にどんどん使って、日本に、そして、抑圧と理不尽の蔓延するこの世界にアネクドートの文化を広めて下さい(タイトル画像の入力時に「みんなのフォトギャラリー」を選び、右上の検索欄で「エレバン放送」と検索すれば出てくるはずです)。もちろん、別に賛同しない方でも自由に使っていただいて結構です。私自身も、今後「つぶやき」あたりを中心に、ジョークや冗談記事を細々と書いていくことになるかと思います。
追記:本記事執筆中の2020年9月、「エレバン放送」の所在地とされるアルメニアと隣国・アゼルバイジャンとの間で紛争が発生し、現在も収束していません。エレバン放送第37日本支局は、早期の事態収拾と問題の平和的な解決を心から願うものです。