時事無斎雑話(5) エレバン放送から学問・芸術と政治についての特別番組をお送りします(後編)
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時事無斎雑話(4) エレバン放送から学問・芸術と政治についての特集をお送りします(前編)|MURA Tadasi (村 正)|note
CMの間に米国の大統領選の結果が入ってきました。民主党のバイデン前副大統領が接戦の末、現職の共和党・トランプ大統領を破って当選したとのことです。
そもそもあれほどの接戦になる方がおかしいとはいえ(というより、4年前にトランプ氏が当選してしまったことが本来異常)、まずは米国の民主主義が辛うじて踏みとどまったというところではないか、と思います。
もっとも当のトランプ氏は未だに自分が勝ったと言い張っていて、果たして政権の移行がスムーズに行われるのか懸念が持たれるところです。さらに、なぜか日本では未だにトランプ氏が唱える陰謀論めいた主張に同調する声が根強く、ネット上にも「トランプ批判は中国・ロシアの謀略」「トランプ氏を落選させるための大規模な不正が行われていた」といった記事や、それに対する共感のコメントが溢れている状態です。特に、本来であればこういうデマや捏造、さらにトランプ氏(や、その同類の政治家・文化人たち)が扇動する差別や分断に先頭を切って反旗を翻さねばならないはずの若い人たちの間で、むしろその種の主張への支持・共感が強いとされているあたり、日本の未来は絶望的に暗いなと思わざるを得ません。
この話はそのまま、前回のテーマだった学問・芸術と政治の関係についての話に繋がります。自分たちの政策に否定的な学者を日本学術会議から排除した菅首相の行動に対するネットやメディアの論調ですが、例によって政権に対する批判的な検証には踏み込もうとしないまま「なんかムカつくインテリどもをみんなで叩いてやれ」のような方向に流れて終わってしまいそうな気配です。
この問題が浮上してからというもの「日本学術会議は共産党の活動拠点」「学術会議に所属する学者は中国のスパイ」「学術会議の会員は税金から巨額の報酬と高額な年金をもらえる特権階級」というデマ・誹謗中傷がネットで飛び交い、それを、これまで学問の在り方になどロクに関心も払ってこなかったメディアが検証も行わないままタレ流し、さらにそれを信じた人々が無責任にデマを拡散していく、という光景があちこちで見られました。
ほとんどアネクドートですが、こうしたことを真顔で言ってくる人が少なくないのです。私自身が目にした中でも、例えば「欧米の学術団体は会員の会費で運営されている。日本の学術団体もそうあるべきだ」という主張がありました。いや、日本の学術団体だってそうなんですけど。私自身、所属している学会の会費として毎年少なからぬ金額を自費で払っています。まさかこの人、研究者の発表や情報交換の場として作られた通常の学会と、国の諮問・提言のための機関として公的に設置されている学術会議の区別が付いていないのでは?
上に挙げたようなデマに対して実際に事実かどうかの検証を行ったものとしては、例えば以下の記事が参考になります。
https://hbol.jp/229899?cx_clicks_art_mdl=5_title
https://digital.asahi.com/articles/ASNB96DFZNB9UTIL04N.html?iref=comtop_ThemeLeftS_02
https://webronza.asahi.com/science/articles/2020101200008.html?page=1
ただ残念ながら、こうした指摘に対し、自分の間違いを認めて反省の弁を述べている人を一人たりとも見かけたことがありません。実際、メディアもネットも政治家も、自分たちがタレ流していた嘘・間違いには何一つ責任を取らないまま、自分たちが作り上げた誤ったイメージに基づいて「日本学術会議は廃止すべきだ」「国がカネを出すのを止めて民営化すべきだ」のような方向に話を持って行き、それで幕引きとしたがっているようです。そして次に同じようなことが起こった時も、何一つ反省しないまま、やはり同じような主張・行動を繰り返すのでしょう。
今回学術会議から排除された人たちが主に文系の研究者だったことで「理系は関係ないだろう」という人もいますが、甘いと言わざるを得ません。権力者が自分に逆らった者を好き勝手に排除することがまかり通るような社会では、権力者にとって都合の悪い主張は文系・理系など関係なく排除の標的となるのです。
本来、政権に都合が良かろうが悪かろうが、科学上(というか学術上)の事実は事実で、どうあがいても変えることはできません。生物の進化も人間によるCO2排出が原因の地球温暖化も実際に起きていることで(注1)、インフルエンザよりはるかに危険な病原体である新型コロナウイルスCOVID-19は疑いなく実在しており、地球は丸くて自転しながら太陽の周囲を公転しているのです。ところがなぜか日本では(トランプ政権下の米国でも)、本来なら政治的立場とは関係ない科学的・歴史的な事実までを自分たちに都合良くねじ曲げた上、それをタテに対立する意見を叩くような議論をよく見かけます。
それが端的に表れたのが、今回の新型コロナウイルスへの対処ではないかと思います。専門家が早くからパンデミックの危険性について警鐘を鳴らし、検査態勢を強化して実態の把握に務めるよう訴えていたにもかかわらず、なぜか日本では「PCR検査を実施すると医療崩壊が起きる」という謎理論を持ち出して政府が検査態勢の拡充を渋り、それに同調してネット上でも「PCR検査の拡大を主張する反日的なパヨク(注2)が、自分たちの主張が通らずにベソをかいている。ざまあみろ。」のような快哉を叫んでいる人たちが少なからずいました。
結局今に至るまで日本の検査態勢は先進国中で最低レベルのままで、その後も専門家の意見がことごとく無視されて感染対策も医療現場の備えも全てが後手に回る中、これも予想通り冬の到来と共に大規模な感染拡大が起き、有効な手立が打たれないまま、感染者に対する陰湿な詮索・バッシングや「力を合わせて危機を乗り切ろう」「医療従事者に感謝しよう」のような不毛な精神論ばかりが巷に溢れているのが現状です。比喩や誇張ではなく、無知は人を殺すのです(注3)。
主に科学について説明してきましたが、芸術・芸能についても同じです。巷で景気よく叫ばれる「文化事業」「芸術振興」にしても、内容を見ていると、決してクリエーターやアーティストが活動しやすい環境を作るのではなく、間に立ってマージンを手にするイベント会社や広告会社を儲けさせることが目的のような気配を感じることがしばしばです。その一方で、例えば芸能人(特に若い女性)が現在の政治や社会に対する批判的な意見を述べたとたん、意見の内容などそっちのけで「芸能人のくせに政治に口を出すな」のようなバッシングを浴びる風潮も、特に最近強まっているようです。こんな理屈が通るなら「学生は政治に口を出すな」「働いていない無職や老人は政治に口を出すな」「税金を少ししか納めていない貧乏人は政治に口を出すな」「女は政治に口を出すな」など、どんな事でも言えるでしょう(実際に言っている人がいます)。この記事を読んでいる人で、自分はその中のどれにも当てはまらないという方がいったいどれだけいるのか、尋ねてみたいものです。
残念ながら今の日本は、研究者やクリエーターやアーティストにとって、恵まれた環境とはとても言えそうにありません。当然の結果として、若手の優秀な人材が日本での活動に見切りを付けて国外に活躍の場を求める流れも密かに、しかし確実に進んでいるようです。
このまま行けば、大規模な人材流出によって日本の国際的な地位の凋落(ちょうらく)が起きる日は遠くないでしょう。かつてのソ連がまさにそうでした。前回取り上げたルイセンコ学説のような御用理論に従わない学者が片端から投獄・追放され、その後も反体制的な科学者や芸術家が活動の場を奪われたり国外に亡命したりした結果、ソ連の科学技術や文化は決定的に遅れたものとなり、その影響はソ連崩壊後も長く続くことになりました。中には20世紀を代表する作曲家の一人であるドミトリー=ショスタコーヴィチのように最後までソ連に残った人物もいますが、彼にしても政府からの圧力や収容所送りの危険と無縁だったわけではありません。
結局、権力者がかつてのソ連(あるいは今の中国やロシアや北朝鮮)のような振る舞いをすれば、資本主義か社会主義かなど関係なく、その国は旧ソ連のような社会になっていくのです。最近では内閣の部署が政権に批判的な報道を逐一チェックしては、それを報じたメディアに圧力をかけるようになってきているようです。あるいはこの記事のようなネット上の情報に対する監視や検閲も、すでに始まっているのかもしれません。
こうした心配が杞憂で終わることを願うばかりです。
注1:私自身は専門が生物学ということもあり、地球温暖化の否定や反進化論や創造論については言いたいことがシコタマあるものの、そちらは別の機会に取っておくことにします。
注2:ちなみにこの「パヨク」という言葉は使う人の知的レベルが端的に分かる良い指標で、ネット記事を読む際など大変役に立ちます。
注3:なぜかアジア人は欧米人に比べ感染した場合の重症化率・死亡率が低いという「ファクターX」のためか、死者数こそ日本は欧米に比べ少なくなっていますが、これは決して政府の手柄ではありません。
注4:読み書きのできない人が×を3つ書いて署名の代わりとするのは、ヨーロッパで広く行われていた風習です。
注5:これは事実です。なお、音楽の方は問題なく「新着」に掲載されています。
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