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隠者の旅路 神戸・高架下メモリーズ【週末隠者】

 わけあって十数年ぶりに故郷の神戸を訪れました。詳細についてはどこかで別に書くかと思いますが、その中で少々ノスタルジックな感傷にふける機会がありましたので、この場を借りて書き残すことにします。
 神戸の「高架下」をご存じでしょうか。神戸中心部のJR元町駅と西隣の神戸駅の間の高架下を通る連絡通路の両側にお店が並ぶ「元町高架通商店街」(略称「モトコー」)の通称です(注1)。聞くところでは戦後の闇市をルーツに持つという歴史ある商店街で、私自身も高校時代に頻繁に通っていたほか、大学に入って神戸を去ってからも帰省のたびに訪れていました。
 並ぶお店は普通の靴屋や衣料店、レコード店などに加えて、闇市の伝統を引き継いだような、他所よそではあまり見ないタイプのお店も数多くありました。手作りアクセサリーの店、エスニック料理やソウルフードの食堂、クセの強い古着屋、パーツ取り用の壊れたカメラや電化製品を専門に扱っているジャンクショップ(注2)、今ならレトロな価値が出そうな年代物のエロ本なども豊富に取りそろえた古本屋、バチものやバッタものっぽい商品が並ぶお店――。
 以下、その高架下に関する思い出をいくつか、とりとめなく並べてみたいと思います。

注1:広義には元町駅と東隣のJR三宮さんのみや駅の高架下に並ぶお店も「高架下」に含まれます。ただしこちらはファッショナブルで小ぎれいな店が多く、カラーはだいぶ異なります。
注2:まだ「日本製」が世界から信頼を寄せられていた時代で、神戸港に寄港する外国船の船員らしきお客で賑わっていました。


何でも屋の扇子

 数あるお店の中には、何屋と定義するのが難しい、オモチャから台所用品から日用雑貨、企業の販促品まであらゆる種類の不要品を売っている店もありました。高架下についてのネット記事で「市販のVHSビデオに『ロボコップ』という手書きのラベルが貼られただけのものが150円で売られている」という記述を見かけましたが、これは冗談でもガセネタでもなく、私自身もそのお店で実際にそれを目にしています。
 実は私が今もカバンに入れて常時携帯している折りたたみ式の扇子(【写真1】)も、ある夏のとりわけ暑い日に高架下を歩いていて、我慢できなくなってそのお店で買ったものです。こういうものにも季節や需給の変化で価格の変動があるのか、500円という(その店としては)けっこうお高い値段でしたが、それでも今に至るまで重宝しているのですから、まずは良い買い物だったと言って良いでしょう。

【写真1】高架下で買った扇子

カクテルグラス

 大学時代、バイト先でリキュールをもらったことをきっかけにカクテル作りを趣味の一つにするようになりました。もっとも道具もグラスも持っておらず、ミキシンググラスの代わりに急須きゅうすでカクテルを作り(シェイカーの方は古道具屋で銀メッキのはげた真鍮製のシェイカーが300円で手に入りました)、カクテルグラスの代わりにワインのおまけに付いてきたワイングラスに注いで飲んでいました。
 それがしばらく続くうちに本物のカクテルグラスが欲しくなりますが、そもそもそんなものを置いている店が周囲に見当たらず、たとえあったとしても貧乏学生が気軽に買える値段ではないであろうことも容易に察せます。ならば高架下を探せば安売りの中古品があるのではないか、と考えて帰省時に寄ってみたところ、予想通りさまざまな中古食器を置いている店があり、カクテルグラスも1個100円から並んでいました。嬉しくなって何種類か買い込み、はるばる北海道まで持ち帰ります。
 あの値段ということは当然新品ではなく中古品だったのでしょう。「もしかして、どこかの閉店したバーかクラブあたりから売られてきたものだろうか」と後から思い当たって何やら哀愁めいたものを感じたものの、ともあれその時買ったグラス類は以後も愛用し続け、今もいおりの食器棚に並んでいます。

買い損ねた鎖鎌

 上記のように古物商がジャンルごとに細分化されて店を連ねていたのが高架下の特徴です。その中には普通の骨董品店もあり、もともと忍者ものの小説やアニメが大好きで忍び道具や隠し武器にも興味があった私は高架下を訪れるたびに骨董品店を覗いてはその種の出物がないか確認していました。
 大学時代、例によって帰省時に高架下を訪れた時に、そうした骨董品店の一つで、子供の頃から一番お気に入りの武器だった「鎖鎌」を見つけました。コンパクトながら全て鉄製の頑丈なもので、全体が真っ赤にさび付いてはいたもののサビを落とせば往事の風格を取り戻しそうです。値段は五千円。今から思えば破格のお買い得品だったとはいえ、貧乏学生にはけっこうの大金で、結局決心がつかないまま購入は見送ることにしました。
 しかし後から考えれば考えるほど「やはり買っておくべきだった」という気になり、次の帰省時に真っ先にその骨董品店を訪れたものの、既に売れてしまっていて買うことはできず、以後、同じようなものを目にすることも二度とありませんでした。今も時々思い出しては残念に思います。こうした一期一会の出会いも高架下の思い出の一つです。

憧れの巨大ナイフ

 並んだお店の中にはミリタリーグッズの店もあり、レプリカなのか放出品なのか迷彩服やミリタリーシューズのほか、サバイバルナイフなども売られていました。割と目につきやすい場所にあったため覚えている方も多いと思います。ショーウインドウには刃渡りが30センチほどもある巨大なナイフ(当時の私には手の届かない値段でした)が飾られていて、前出の通り武器に興味のあった私は、店の前を通るたびにそれを憧れの目で眺めていました。
 なお、現在私の庵には、その時のナイフよりさらに大きな山刀(注3)が山仕事用に置かれていますが、それを使ってさえ、クマザサの藪や竹のように大きなオオイタドリの茂みを切り開いて進むのはなかなかの難事です。一方で、単にロープを切ったり食材をさばいたり小枝を払ったりする作業なら、ずっと小さな、それこそ小さな包丁サイズの刃物があれば充分に事足ります。今から考えれば、ああいう巨大なナイフは刃物のマッチョさやワイルドさに憧れる都会者のためのアクセサリーで、実用性はさほどないものなのかもしれません。おそらく実際にナイフを使ってさまざまな作業をせねばならない兵士や登山家、ハンターなども、あのようなナイフはほとんど使っていないのではないでしょうか。鎖鎌とは逆に「あれを欲しがるなんて若かったな」と、今となっては思います。

怪しいお店

 そのミリタリーショップとは別に、さらに危険でアングラな雰囲気のお店もありました。いちおうモデルガンや模造刀などミリタリー系の玩具をメインに売っている体裁でしたが、そのほか、名目上は「バックル」として売られていたメリケンサックや現在では違法となったボウガンなどと共に、何やら工芸品のような細工がされた小さなガラス製のパイプが「用途についての質問禁止」という張り紙と共に店の片隅に並んでいたりしました。昔も今もドラッグとは無縁だった(注4)私には何が何やら分からなかったものの、今から思えばあれは大麻の吸引具だったのでしょう。吸引具そのものはおそらく違法ではないとはいえ、あんなものを店頭に並べて警察に目をつけられなかったのでしょうか。いや、実際に店に出入りする客の顔ぶれを私服刑事あたりが密かにチェックしていて、私自身もどこかから写真を撮られたりしていたのかもしれません。

注3:街中で人目に触れれば即通報されるサイズ。家の前の持ち主が残していったものです。
注4:というよりドラッグで手っ取り早く快楽だけを手に入れたがる安直さやドラッグをやってアウトローぶる気取りが(私には単に売人の掌の上で踊らされているだけにしか見えません)根本的な部分で合わないと感じます。

高架下再訪レポート

 そうしたテーマパークのような楽しさもあった高架下ですが、久しぶりに訪れたその場所は、全てのシャッターが下ろされた人気のない状態でした【写真2】

【写真2】今の高架下。かつてはこの両側一面でお店が営業していました

 いったいどうしたのかと驚きながら歩いて行くと、工事で閉鎖された区間に突き当たります。どうやら全面改装中のようです【写真3】

【写真2】改装中らしき閉鎖区間

 閉鎖区間を抜けると、そこは昔と全く違うおしゃれなたたずまいに改装されていました【写真4】。ただしお店はまだ入っていないようで、どこもがらんとしています。

【写真4】おしゃれに改装されたブロック

 神戸駅に隣接したブロックは駐車場となっていました【写真5】

【写真5】駐車場になったブロック

 将来、工事が終わり商店街が営業を再開しても、高架下がかつてのあの雰囲気を取り戻すことは二度とないのでしょう。あのレトロでカオスでアングラな高架下が今はもう自分の記憶の中にしかないことが分かって少々寂しい気がしますが、これも世の無常というものなのかもしれません。せめて忘れないうちに思い出を書き留めておくためと、おそらく私と同じような思い出を持つ皆さんが記憶を掘り起こす手助けとして、文章の形で残しておくことにした次第です。

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