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馴染の「とんぼ」という居酒屋でおひとり様してたら、
おじいさんが入ってきた。
おでんをください、と。

持ってきたタッパを差し出して、
「ここのおでんは美味しい、食べてみろ、って息子がいうもんだから」
とおじいさんはいう。
とんぼのおでんを持ち帰って、家で奥さんと食べたいんだと。
店まで来れないなにかがあるんだろう。
家でこたつに入って食べるのが楽しみなのかもしれない。

とんぼのおかあさんは、
「ごめんね、今日のは入れたばかりでまだ味がしみてない」
と、ホントに気の毒そうに詫びる。
寒空をタッパ持って歩いてきたおじいさんに、
手ぶらで帰れ、っていえないよなあ……。

「あした来て」
「あした来ます」
わりぃから、っていって
「これ食べて。これは昨日のだからしみてる」
と大根ひとつ、お皿に乗っけてあつあつのおつゆをかける。
はいどうぞ、これはサービス、と、とんぼのおかあさんは、
湯気がふわふわーっとたつおでんの皿をおじいさんに渡す。

おじいさんは美味しそうにはふはふ食べて、
「おごちそうさま」、と帰っていった。

味がしみてたのは揚げ豆腐と焼き豆腐とがんもどきと大根。これだけじゃあ、ね。
お刺身はあった