帰ってくる黒いワンピース/あなたのミステリー体験
流れる川の真上を宙を滑るようにして歩き、やがて川の向こう岸で忽然(こつぜん)と姿を消した女性。時刻は夕暮れどき。目撃したのは私ひとりきり。
見間違いか? はたまた錯覚か? いや、やはりあれは……。
イラストレーション=不二本蒼生
川の上の女
◆黄田マイ(26歳)/大分県
これは私が小学生の高学年のころに体験した出来事です。
晩秋のある土曜日でした。父と隣町まで買い物に出かけたときのことでした。
父が運転する車に揺られて、私は後部座席からぼんやりと外の景色を眺めていました。夕方5時を過ぎたころで、すでに日は暮れていて、もう車の周囲はすっかり薄暗くなっていました。
やがて車が川沿いの道路に差しかかったころのことです。外を眺めていた私の目が、50メートルほど先のガードレールの向こう側に、何やらボヤッとした白っぽいものを捉えました。
“何だろう……?”
そう思いながらジッと目を凝らしてみると、どうやらそれは人間のようでした。
やがてその人のいるあたりに、父の運転する車がだんだんと近づいていきます。それとともに、それが白っぽいスカートを履いた、セミロングの髪の女性の後ろ姿であることが徐々にわかってきました。
ガードレールの向こう側は川です。つまり女性の姿は、川の流れの上にあることになります! !
私はその光景に驚いて息を飲み、何度も見なおしましたが、間違いなく女性は川の流れの上に……というより宙に浮かんでいました。
女性は、そのままゆっくりと宙を滑るようにして川の向こう岸へと遠ざかっていきます。
しばらく茫然とその後ろ姿を見送っていましたが、間もなく私はハッとわれに返り、あわてて運転席の父の背中に向かって、
「お父さん、車を停めて。今、ガードレールの向こう側に人がいたの! !」
と、叫びました。
しかし、父には私が何をいっているのか、すぐにはわからなかったようです。
「ん? 知ってる人なのか?」
などとピント外れなことをいった後、ややスピードを落としました。そして、バックミラーで後ろを見ているようでしたが、車を停めようとはしません。
「そうじゃないよ。ガードレールの向こう側の川の上を女の人が歩いていたの! !」
私は後ろを見ながらまた叫びました。しかし、そうしているうちにも父の運転する車は、さっき女性がいた場所からどんどん遠ざかっていきます。
私の叫び声とただごとではない様子に、さすがに父も驚いたようです。直後、あわてて車を路肩に停めました。そうはいっても、どうやらまだ私のいっていることが理解できないようです。
「何? 女の人が川の中を歩いていったって?」
などと、運転席の窓から顔を出すようにして後ろを見ながら質問してきます。
そうじゃなくて……と、私は改めてさっき自分が目にしたことを詳しく話しました。しかし父は首を捻っているばかりで、信じてくれる様子はありません。何しろ夕暮れどきの出来事で、周囲は薄暗くなっています。どうせ私の見間違いだろう程度に思っているようでした。
しかし、今でも私はあのとき自分が何かと見間違えたなどとは思っていません。私はいったい何を見たのでしょうか?
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