好きな楽曲の話/生まれたままで

通勤で、通学で、日常にぽかりと生まれる空白の時間を音楽で埋める人はきっと多い。
BGMとして聴く、というやつ。
BGMなのだから、当然楽曲を鑑賞しようという意気込みはない。
そんな風に心に隙がある状態で聴いていると、突然その楽曲の新しい一面を感じることがある。

例によってその日の通勤も乃木坂楽曲をシャッフルして聴いていた。
生まれたままで、はもともと好きな曲だった。
特に歌詞がいい。歌詞に反した清々しい曲調もいい。アイドルが歌うことである種のシナジーが生まれている気がする。

ただその日感じた良さは、そういう因数分解できる類の良さではなくて、もっと感覚的で、静かな衝撃だった。

学校辞めたことは 今も後悔してない
問題なのはあまりに長い命の残り

後ろから肩を掴まれて、突然振り返らせられた
そんな感覚だった。
私は学校を辞めた経験はないし、化粧で涙の跡を隠す母親もいない。
それでも「問題なのはあまりに長い命の残り」であることは変わりない。
地下鉄の、朝なのに暗い窓を眺めながら、それが普遍的なものだと突然実感した。

その実感の唐突さに呆気に取られている間に、畳み掛けるようなサビが流れてくる。

生まれたまま 
ずっと自由に生きられたら
今どうしてるだろう

その問いの切実さに胸を打たれる。
虚をつくカウンターパンチをモロに受けてしまう、みたいな。
これまでの人生の小さな後悔たちが漣のように押し寄せてくるのが分かる。

あ、今日仕事やばいかも、と思った。
このあまりに切実な問いは、自分ごととして受けてしまうには大きすぎる命題で、
1日の始まりに問い始めた日には仕事なんて手につかない、そんな予感があった。

それでも曲を止めることはせず、2番に耳をすましてしまう。
不思議な曲だ。
あまり救いがない歌詞に、確かに諦念が流れているのに、捨てきれない希望の香りもする。
そこに明るい曲調と可愛らしいアイドルの声が相まって、なぜか聴き終わると清々しい気持ちになってしまう。

後悔も、諦念も、捨てきれない望みも、
全て抱えて生きていくこともそんなに悪くない気がしてくる。
重ねて感じる。不思議な曲だ。
そして、すごい曲だ。

会社の最寄り駅のホームに降り立つ。
いつも通り、だけどいつもより少し身体が軽いような気がした。

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