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休業要請と金銭補償

 この原稿を執筆している5月31日現在、筆者が居を構える首都圏でも緊急事態宣言が解除され、徐々にではあるが日常を取り戻す努力が各地でおこなわれている。国会中継などを観ていると一部野党議員が「第2波は必ず来る」などと煽っているが(何を根拠に必ず来ると言っているのか不明。実際にSARSの時は第2波などなかった。はっきり言って扇動罪に該当するレベルだ。)、まあ心の準備として第2波、第3波に備えておいた方がよいだろう。

また休業要請は発動されるのか

 今回の緊急事態宣言解除の時期について、まだ早すぎるとの意見も出ているが、恐らく国民の我慢も限界に達しつつあったこのタイミングでの解除を逃せば、人々の心も金銭ももたなくなる。そういう意味ではこのタイミングで解除せざるを得なかったのだと理解したい。また感染者が増えれば、その時に緊急事態宣言を再発令すればよいではないか。自粛と活動を繰り返すのが「コロナと共に生きる」世界なのかもしれない。しかし、私は第2波が来ようと第3波が来ようと、もう二度と休業要請は発動すべきではないと思う。その理由は金銭補償である。

休業要請と金銭補償は必ずセットであるべき

 今回の政府および各自治体の対応を見ていれば、「要請」と言っておきながら実態は「強制」であったことは明らかだ。パチンコ屋への嫌がらせなど、その強制力は極めて強力だと言わざるをえない(前回も述べたが筆者はパチンコ屋そのものを擁護する立場になく、どちらかというとパチンコ産業に否定的な立場だ。)。この"いじめ"による自殺者が出ないことを心から祈っている。そもそも、国民全体での自粛を求める社会的空気は弱者にとって極めて毒性の強いものだ。自粛を強要して善人ぶっていられるのは社会的な強者、つまり金持ちや、給料の減ることのないサラリーマン、親に寄生している若者、年金生活者の老人だけであり、自営業者、親から一定程度自立している若者などにその様な余裕はない。自粛したくないのではなく、できないのである。また、蔓延初期の頃は「お年寄りを守るために」という言葉が乱用されたことも気になる。感染リスクが低いと言われている(真偽のほどは不明であるが)生産年齢人口の犠牲のうえで、非生産年齢人口の生命を守るという構図は極めて皮肉的だ。人道上、および道徳上の観点から表立って声には出しにくいが、金持ちの老人を貧乏な若者が守るという構図になっているのである。明らかに世代間の断絶を加速させるその様な状況を、絶対に肯定してはならない。この状況を回避するため、休業要請補償は絶対に必要なのだ。取り敢えず国家財政の健全性には目をつむって、できる限りの補償をおこなうという案には大賛成である。ただし、あくまで緊急避難的な措置としてそれを認めるのであり、今回1回限りの措置とすべきだ。これをダラダラと続けていけば、流石に日本の財政はもたない。第2波はやってくるかもしれないが、もはや経済活動の自粛などやっている余裕はないのである。その為には、コロナと経済活動を両立させる必要があり、医療体制の充実が急務の政策である。コロナに罹患するのは仕方ないが、かかったら確実に医療を受けることのできる体制を構築するのである。そういう意味で今後のコロナ対策予算は医療部門に重点的に配布されるべきである。高齢の方には厳しい環境になるかもしれないが、ワクチンや治療薬が開発されるまでは、不安のある高齢の方々は、あくまで"自主的"に活動を自粛してもらうしかない。大半の高齢者の方々は年金なり生活保護なりの収入があるので、金銭的なダメージは大きくないだろう。ジムやプールには行けなくなるかもしれないが、近所への散歩などにも支障はないはずだ。健康的にも問題となることは少ないだろう。もちろん、人との会話など接触が減ることによるストレスも大きいだろうが、そこは我慢をしてもらうしかない。敢えていうが、現在は社会生産性を重視しなければならない時期であり、その状況下にあっては、老人の便益を一定程度犠牲にしてでも、若者の活動を優先させるべきである。

東洋経済オンラインの記事に思う

 金銭補償の話をしたついでに、蛇足にはなるが、少し人々に誤解を与える様な記事を東洋経済オンラインで発見したので、私なりの見解を述べておきたい。私は東洋経済(雑誌もオンラインも、そして四季報も)の愛読者であり、同社を貶める意図は毛頭ない。また、経済ジャーナリストと称する寄稿者とは面識もないし、誹謗中傷するつもりでもないので、ここでは実名を出さず「I氏」と表現しておく。対象の記事は5/14に投稿された「コロナ大恐慌、日本を待つ4つの最悪シナリオ」というもので、そこに記載されている以下のポイントについて意見を述べてみたい。因みに執筆者はエコノミストでも経済学者でもないが、大学では理論経済学を専攻しており、現在も経済に関係する仕事に従事しているため、相応の経済知識は持っているつもりであるが、もし誤った認識があれば遠慮なくご指摘頂けると幸いである。

PMI (購買担当者指数)

I氏によると、「PMIは将来的に景気が良くなるかどうかを消費者やセクター従事者などに、直接聞いた調査統計のことだ。50を切れば景気が悪くなり、50を上回れば景気が良くなる、と言う景気先行指数のひとつである。」とのことであり、それはまさしくその通りなのであるが、その後に「PMIはあまりごまかしようのない統計と言われており、その国の統計の正確な状況が分かる。中国のPMIは新型コロナウイルスに勝利した雰囲気が高まっているために、高い数値になった(執筆者注記: 40台の数値)とみていい。日本とアメリカは、先行きも見えないのに20台を維持しているが、その根拠は過去の自信か、もしくは現状が把握できていないかだ。」と続く。PMIは「ごまかしようのない統計」と断言しておきながら、日本とアメリカの数値は実態以上に高く出ているという趣旨の発言をおこなっており、まったく意味不明の論旨展開である。そもそもPMIはセンチメントを図るだけのデータなので、それ以上でも以下でもない。

日本は北朝鮮並みの信用力

「もう感染症は収束したから観光やビジネスで日本に来てくださいと言う理屈で国境をオープンにしても、自国で何万人もの死者を出した苦い記憶を持つ外国人が素直に日本の主張を信じて、日本にやって来るだろうか――。今後、確実に起こると言われている第2次、第3次感染爆発に対しても、日本はどう対応するのか。その部分を明確にしないと国際的な信用は得られない。北朝鮮で感染者ゼロと言っても、誰も信じないのと一緒だ。」

というのがI氏の主張であるが、日本の信用力を北朝鮮のそれと一緒にするとはかなり大胆な仮説である。確かに、何故日本の感染者数や死亡者数が少なかったのかは現在のところ謎であり、それは今後の分析が待たれるとことであるが、それと信用力は別の問題であるはずというのが執筆者の見解である。I氏は日本人の感染者数や死亡者数が少なかったのは虚偽情報であるとの意見をお持ちの様であるが。また、海外からの訪日者に関して、確かに現在ではよほどの理由がない限り再拡大は望めないと思われるが、コロナが落ち着けば順調に復活する見込みは高いのではないか。福島原発事故にかかる放射線汚染問題も完全に解決されたとは言い切れない部分があるなか、これだけ訪日観光客が増えているのだから。

財政破綻の心配より国民の生命を

 執筆者はI氏による上記主張にも真っ向から反対する。両者はバランスを取るべきであり、「国債は200兆でも300兆でもどんどん発行すべき。財政悪化はパンデミック収束後に心配しても十分間に合うはずだ。」との意見は暴論としか言いようがない。一時的に財政が悪化しても将来的にはそれを上回る経済成長が見込めるなら短期的にはその理論はあり得る。しかし、バブル経済崩壊以降、日本の生産性や成長率が復活することはこれまで一度もなかった。国債発行残高も右肩上がりで上昇中だ。そんな中、生産性にまったく寄与しない、生活補償だけに使う金はまったくの死に金である。前述のとおり一回限りの緊急避難的措置なら良いが、何回もこれを続けている余裕はない。そしてI氏の理論は次の様に展開される...

今こそヘリコプターマネーを!

「かつて、リーマンショックの時に、ドイツは国内の雇用を守るために、従業員の雇用を守った企業には手厚い補償を行った。それが、結果的にはリーマンショック収束後の経済回復で大きな追い風となり、ドイツ経済はEU諸国のなかでも頭一つ抜きんでた経済成長を遂げることにつながった。アメリカも、当時のベン・バーナンキFRB議長が「ヘリコプターベン」と揶揄されながらも、莫大な資金を市中に供給して、リーマンショックを克服させることができた。心配されたインフレも起こらず、アメリカ、ドイツともにリーマンショックというリスクイベントを巧みに勝ち残ることができた。」

 この部分についての事実誤認は甚だしい。そもそもドイツが復活したのは、当時PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシア、スペイン)と呼ばれた財政破綻予備群の南欧諸国の経済水準と歩調を合わせた共通通貨ユーロの低位安定による賜物である。つまり、元来、競争力の高いドイツの水準に即した為替レートではなく、競争力の弱い南欧諸国に一定程度引きずられる形での為替(ユーロ安)で輸出が可能であったことが大きい。他にも、南欧や中欧EU諸国の安い労働力を活用できることも大きかった。つまり、EUの盟主であるドイツは他の弱小加盟国を搾取できる非常に有利な立場に置かれていたのである。加えて、北京-ベルリン枢軸といわれるほどの中国経済依存体制が、リーマンショック後の中国復活により有利に働いたことは、経済を少しでもかじったことのある人間には周知の事実である。また、アメリカについては、FRBが紙幣を大量に刷って市中にばらまいたかの様な印象を与える記述があるが、議会の承認なくFRBにその様なことを実施する権限はない。当時実施されたのは市場がクラッシュして適正価格での買い手がいなかったモーゲージ(住宅ローンを束ねて証券にした様な金融商品)証券の大規模購入プログラムや、金融機関への資金注入であり、先ずは経済の血液と言われる金融機関の救済を優先したのである。実際のところそれですら議会の承認および国民の理解を得ることができず、後手後手に回ったのは有名な話だ。確かにバーナンキ議長は「ヘリコプター・ベン」との異名を取るが、それは経済学者としての彼の持論がそうなのであって、実際にその行動を採ったことは一度もない。アメリカでは不可能であったので、議長辞任後の彼は、盛んに日本政府や日銀に「ヘリコプター・マネー」政策、つまり実質的には中央銀行が紙幣をバンバン刷ってヘリコプターから金をばらまく、言い換えると中央銀行が買い手となって新規国債が大量に発行される様な政策の実行を説いているのである。

リスクに備えよ

「いま日本にとって大切なことは、将来のリスクをきちんと予測して対応することだろう。リスクマネージメントとは、将来予測されるリスクを事前に想定してその準備をすることだ。」

と前置きした上で、I氏は今後のリスクシナリオとして、以下の4点を挙げている。

シナリオ① 感染拡大が何回も続き、国民生活が疲弊していく

シナリオ② 企業がバタバタ倒産し、街に失業者が増える

シナリオ③ 経済のデジタル化推進できない日本、再びガラパゴス化へ?

シナリオ④ 金融機関の連鎖破綻、国家破綻にも警戒を!

いやはや、仮に上記リスクシナリオが実現した場合、いったいどういう対応ができるのであろうか。日本からの脱出でも勧めているのであろうか。そもそも国家財政の悪化を心配する必要がないと述べておきながら、国家破綻を煽るというのはどういうお考えなのであろうか。これまた蛇足の上に蛇足を重ねるが、I氏の「本来国債の金利よりも、社債など企業の金利のほうが高い現象は、財政破綻の兆候と言われてきたが、日本の場合ずっと以前からそういった状況に陥っている。」との認識は、まったく逆である。リスクフリーレートと呼ばれる国債金利より倒産リスクのある社債金利が高いのは当たり前の状況であり、これが逆転している状況が、国家の破綻リスクが織り込まれた異常な状況なのである。

話はそれたが、上記の様なリスクが具現化しないためにきちんと対策を打っておくことが必要なのであり、そのために大切なのは、正しい現状認識を持つことだ。フェイクニュースに流されてはいけない。



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