『青天を衝け』第16回「恩人暗殺」(2021年5月30日放送 NHK BSP 18:00-18:45 総合20:00-20:45)
幕末維新のこの時代、日本史上でもっとも暗殺の多い時代と言われている(1)。これまで15回放映されたドラマの中では、井伊直弼(岸谷五朗)が桜田門外の変で暗殺された。暗殺ではないが、福井藩士・橋本左内(小池徹平)も斬首されている(ただしナレ死)。そして、今回は一橋家家臣として慶喜(草彅剛)が頼りにし、かつ渋沢栄一(吉沢亮)に目を付けて家臣に取り立てた平岡円四郎(堤真一)が暗殺された。元治元年6月16日、京での出来事であった。暗殺されるほんの少し前に一橋家の家老並になり、また慶喜の請願により近江守に出世したばかりであった。享年43歳。「死にたくねえ」とつぶやきながら雨の中意識が遠のいていく円四郎の最期の一言は「やす」であった。戸板に乗せられ京の若州屋敷に運び込まれる円四郎の亡骸に「尽未来際(2)と申したではないか」と慟哭する慶喜の姿が、安政の大地震で藤田東湖(渡辺いっけい)を失って、嗚咽しその名を呼び続けた父・斉昭(竹中直人)と重なった。
円四郎を佞臣として手にかけたのは水戸藩の二人の藩士であったが、本来、慶喜の味方であるはずの水戸藩士が慶喜側近の円四郎を狙ったのは、慶喜に攘夷実行をさせないでいるのが円四郎や黒川嘉兵衛(みのすけ)、そして原市之進(尾上寛之)らの取り巻きであると考えたからだ。すでに絵空事になってしまっていた攘夷実行に最後まで拘泥したことが水戸藩の混迷を生み出し、水戸天狗党の乱の悲劇や今回の暗殺事件を引き起こしたとも言えるであろう。水戸の混迷ぶりは、斉昭(竹中直人)亡き後、水戸藩主になっていた徳川慶篤(中島歩)の凡庸な振る舞いを見ても明らか。斉昭の未亡人・貞芳院(原日出子)も耕雲斎(武田真治)をないがしろにする慶篤を叱責していた。
しかし、凡庸な殿様はなすすべもなく、諸生党と呼ばれる藩内派閥に言われるがまま天狗党の討伐を命じてしまう(7月には幕府も天狗党追討令を出す)。惇忠(田辺誠一)の言うように大義名分を失った天狗党は単なる暴徒とみなされ、糧食を得んがために百姓の家なども襲撃したらしい。
とばっちりを食ったのが血洗島の尾高家。元来攘夷派の拠点として利用されていたのでそうそう文句も言えないのだが、惇忠のみならず平九郎(岡田健史)までもが岡部の陣屋に引っ立てられていった。兄や弟が捕縛されたことになった栄一の妻・千代(橋本愛)は気丈に振る舞うのだったが、息子3人を捕まえられた母・やえ(手塚理美)は取り乱して泣いていた。もちろん、そんな状況の血洗島であったので、栄一と喜作(高良健吾)も人選御用のついでに故郷に立ち寄るなどできるはずもなく、また頼りにしていたかつての仲間であり、天狗党に加担しようとしていた真田範之助(板橋駿谷)たちにも裏切り者扱いされてしまう。しかし、真田に「斬る価値もない」と言われたのが、むしろ幸いであったとも言えるであろう。
さて今回は池田屋事件も描かれる。土方歳三(町田啓太)の殺陣を格好良く見せるためだけのシーンなのには違いないのだが、今から40年前に池田屋を題材としたつかこうへいの『蒲田行進曲』(3)のヤス役としてブレイクした平田満が川路聖謨でこの大河にも登場しているし、草彅剛もかつてヤス役を演じたことがあるので、ある意味感慨深いものがある。
【2021.6.7追記】尾高惇忠の娘ゆう(和田葵)が今回初登場していました。のちに富岡製糸工場の第1号伝習工女となります。
注)
(1)『暗殺の幕末維新史—桜田門外の変から大久保利通暗殺まで』(中公新書)
(2) 「尽未来際(じんみらいさい)」は仏教用語。「未来永劫」の意味。
(3) 小生が大学生の頃、大人気だった劇団。当時はいわゆる小劇場ブームで小生もよく観に行った。