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『青天を衝け』第31回「栄一、最後の変身」(2021年10月17日放送 NHK BSP 18:00-18:45 総合20:00-20:45)

渋沢市郎右衛門(小林薫)の初七日が過ぎ、渋沢てい(藤野涼子)の夫となり渋沢家の養子となる須永才三郎(石川竜太郎)が挨拶にやってくる。ていもようやく平九郎(岡田健史)のことを吹っ切れたのであろう。栄一も一安心……と思いきや、大阪で知り合った女中、大内くに(仁村紗和)からの手紙が届く。「井上様からですか?」と千代(橋本愛)。それには答えず、栄一は千代に「折り入って大事な話がある」と。……場は変わって東京の渋沢邸。身重のくにがやってくる。千代の「そうですか」「そうですか」「ともに育てましょ」という千代。しかし、その心中は……。一人、大きくため息をつく千代の姿にそのすべてが現れていた。

オープニング明けは箱館戦争で新政府に捕らえられ、2年半もの間、獄に繋がれていた成一郎・喜作(高良健吾)がようやく釈放されて渋沢邸に。栄一と喜作の二人は文句を言い合いながらも生きていてこそこういうこともできるのだと複雑な喜びを表現。喜作は戦場での悲惨な光景が今も頭から消えねぇと言っていたが、悲惨な体験を言葉にしてぶつけられる相手がいたことは幸い。そこに血洗島からよし(成海璃子)が駆け付ける。よしと抱擁する二人。喜作も大蔵省で働くことになった(七等出仕だが)。

さて、岩倉使節団が外遊中のいわゆる「留守政府」でバンクの重要性を説く栄一。大隈邸では大隈綾子(朝倉あき)の作った(?)うどんをすすりながら、栄一と井上馨(福士誠治)が五代友厚(ディーン・フジオカ)からのお節介な手紙を読み笑っている。大隈はそれを意に介さず、National Bank のわが国での呼び名をどうするかと栄一に尋ねる。国立為替会社、金輔、銀輔、金行などの案が出るが、結局、「今わが国で実際に使おうとるのは、金よりも銀ばい」という大隈の一言に一同納得して「銀行」となった。この辺は史実を踏まえてのフィクション。三井広報委員会のこちらのサイトでは渋沢が提案した「金行」に対して三野村利左衛門が「取引には銀も用います」と言って「銀行」になったことになっている。いずれが史実かは不明だが、当時、実際に流通していたのが銀貨であったことは事実(1)。

そして、三井組・小野組の面々の前で「國立銀行」の墨書を提示する栄一。栄一は、銀行はどうしても合本でやって欲しいと要求するが、三井・小野は各々単独での銀行営業を希望する。しかし、栄一は、官金取扱いを取りやめると強権を発動して、三井・小野を従わせた。このシーンはドラマの展開上重要で、栄一が上からものを言う立場に嫌気し、やがて官を辞するきっかけになったことが強調されている。しかし、『第一銀行八十年史』に引用されている『稿本三井家史料』からの引用に寄れば、実際は、こんな様子だったらしい。「御用取扱之儀ハ、従来相勤居候儀ニ付、被仰付度旨申上候処、渋沢様従来相勤居候儀ニ付、御用是迄之通相勤度願候儀ハ、甚不権敷次第と御申も有之候」と。つまり、三井は従来通り官金御用を取り扱わせて欲しい旨を申し述べたのであるが、栄一は今までやっていたからこれからも同じようにしたいというのは「甚不権敷[見識]次第」としたのである。背景には栄一の銀行に対する次のような考えがあった。

「夫レ銀行ノ本務ハ理財ノ大機関ヲ運用シ貿易ノ大資本ヲ流通シ常ニ通商工作等ノ諸業ニ媒介シテ其公益ヲ興サシムルヲ要」とする(「内国銀行創立説」(国会図書館デジタルアーカイブ))。

渋沢と三野村のぶつかり合いは、三井組ハウス(2)を新しい「合同銀行」の建物として提供させるという場面でピークに。三野村は栄一に向かって「徳川の世と何も変わりませんな」と言うが、本来であれば官金御用目当て、つまりレントシーキングな行動を取る三井組自体も変わっていかなければならなかったのである。しかし、栄一が公益を実現するために自ら官という立場にあるべきかどうかを考えたことは確かであろう。

さて、日本初の近代工場として名高い富岡製糸場。喜作はその開業準備を手伝うことになり、大蔵省から派遣される。惇忠たちの努力により製糸場は開業に向けて順調に進んでいる。惇忠は生き残った以上、前に進まねばならないと喜作に言う。しかし、前に進むための困難が製糸工女の確保であった。惇忠は勇(畑芽育)に伝習工女になって欲しいと頭を下げて頼む。「行ってやったらどうだい」と尾高きせ(手塚真生)。そして、いよいよ官営富岡製糸場の操業開始。勇の決心がきかっけとなり、次々と工女は集まり、「女性の社会進出の先駆けとなっていった」とのナレーション(守本奈美)。惇忠は製糸工女のために読み書きも教えているという。喜作も富岡製糸工場の成功が刺激となってイタリア行きを決意するのであった。

東京の渋沢邸では千代が男児(長男・篤二)を出産。これがのちの日銀総裁・大蔵大臣を務める渋沢敬三の父となる。

明治政府の中の混乱をよそに西郷隆盛(博多華丸)が渋沢邸を訪ねてくる。平岡円四郎(堤真一)や慶喜(草彅剛)の思い出話をする二人。廃藩置県がなった後、自分の居場所がわからなくなった西郷と「偉くなりたかったわけではない」という栄一。西郷も栄一もこの後、官を辞して野に下るわけだが、二人のそれぞれの運命はまったく違った方向に向かっていく。

ラスト。慶喜の「渋沢、この先は日本のために尽くせ」という言葉を思い出す栄一は、「官を辞して民になる」「これが最後の変身だ」と千代に告げるのであった。

注)
(1) 前回「新貨条例」で正貨に定められた金貨はその流通量が少なく、「一圓銀」がもっぱら用いられていた(「一圓銀」はアジア貿易の決済通貨として各国が取引に用いていた「墨銀」(メキシコ銀、ドル銀)と等価。つまり為替レートは1円=1ドル)。
(2) 三井組の新しい本店となる予定だった西洋式建築の三井組ハウス。施行に当たったのは清水組(現在の清水建設)。棟梁の清水喜助(潟山セイキ)も登場していた。

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