見出し画像

2024 UTMB - TDS 150kmに出場して気づいたこと(後編)

前回につづき、2024年8月25日からスタートしたTDSのレースで気づいたことを書いております。


いよいよの試練

ブールサンモリスを出て山に入るとそこから一気に1100mの登り。500m登ってのさらに急登600m。足が悲鳴を上げる休めない登り。TDSのサポートを長年やってきているツアーのエイド責任者、阿部さんから、僕くらいの時間配分だとここの登りで時間を使ったら関門に間に合わないとアドバイスをもらっていた。休みたいとなんども思いつつも粘って上がる。すっかり森林限界をこえ、日差しを遮るものは何もない。水がどんどんなくなる。途中そろそろ着くんじゃないかと思って視界がが開けると、はるか上までまた登りが見える。いくつもの次の登りが見える繰り返しのあと、またキツかった登りの上で、屈強な欧米人ランナーたちが固まってうなだれて座り込んでいる。はるか下の渓谷が美しいけれど、目の前に果てしなく山があるのを見せられだれももう景色をのんびり見ているような気力がない。暑い中水切れ不安は逼迫している。そこで時間を使って休んだりしてはいけない、と思いつつ、つい僕も座り込んでしまう。何とか数分で再始動。


偽ピークに気付き、屈強な欧米人ランナーたちが眼下の絶景を眺める気力もなくうなだれる..全員同じ格好がちょっとカワイイ。
笑えるけれども、実際はもうしんどすぎて僕も座り込む(笑)


疲れは蓄積しているが何とかこなせてもいる。こんなに控えてきたのに水を飲み切ってしまった、ここからもう水なしで絶対絶命、と思ったところでついに1100mチェックポイント。私設エイドもある。冷たいコーラをおばちゃんが5ユーロで売っている。感動的。水も補給できた。これも先にツアーの説明会で情報をもらっていたから、想定以上に暑くて水切れが必至になっていた状況で望みをつないでいた。何とかここで補充して復活。


おばちゃんが支配する高山のオアシス。みんな群がる。持ってけ5ユーロ。
てかよくこんなとこまでクルマで来れたね。

しかし、ここからまたすぐに急登の登りに。さすがTDS。本当に甘くない。高度が2500mを超えてもひたすら登るしかない。体が重い。61キロの山頂のチェックポイントに何とか辿り着いてほっとする。眼下の景色は見たことのないような高さだ。ここから下れる。予定よりもそれでも随分速い。これはひょっとすると計画より1時間以上、あるいは2時間近い貯金ができる。すごい。写真はとるけど休まず行こう。


そう思って下っていく。が、しばらくくだっただけで何かがおかしいと気づく。想定ではここから下のはずなのに、目の前には岩肌が広がっている。ここから下りではないのか。こんな高度でまださらに登るのか? そこからまた数百メートルの登りにいくら時間がかかったかあまり記憶がない。2800mから先もまだまだ登った。計画では頂上からの下りは2時間もかからず降りてくるつもりで、ここで大きく時間を稼げるとおもいこんでいた。焦りと疲れでそこからの下りもペースダウンし、多くのランナーに道を譲る。


下りも絶景だったが随分と余力がなくなっている

実際には一番高い地点でなかった頂上から次のエイドRoselendまではわずか5キロしかなかった。でもそこから貯めたはずの貯金を切り崩し始める。さらにその次のエイドの到着時には関門まで20分ほどになってしまう。元々、夕方が近いがまだ気温が下がらない時間帯のここで、少し睡眠をとってもいいかも、と計画していた場所。
エイドで一緒になった日本人と一緒に行きかけるが、疲労感も重く、エイドを関門時間近くででたあと、路肩で眠ることにする。 ここで休息がうまくいくかはかなりの賭けだと頭の中にはあったが、とにかく休みたかったのだろう。振り返るとここでの選択が大きな痛手になる。


夕暮れの峡谷

夕方の風がやややひんやりし始める中、レインジャケットを着てコース脇草地で横になる。アラームをつけ、すぐに眠りにおちる。20分寝ようとおもっていた。がわずか5分ほどで目が覚めてしまう。まだ興奮しているのだろう。この状況は眠れない。そう思った僕の横をエイドの関門をでたあと身支度をしていたランナーが通りすぎる。すっかり最後尾になろうとしてる。気を取り直して進もう。そう思って登り初めて数分で気がついた。フラスクを一つ落としてしまった。
これから気温が下がるから行けるかもと思いはするが、レースは明日日中も続く。十分な数のフラスクがなくてはあとから困ることになる。きっと眠った場所だ。意を決して戻る。 

思った場所を探してもない。すっかり手仕舞いを始めたエイドまで戻る。ない。焦ってキョロキョロしてる僕と応援に来ていたらしい日本人の女性と目が合う。どうしたんですかときいてもらい、彼女のペットボトルを使わせてもらうことに。ありがたくお礼をいって水をつめ、背中にいれて再びトレイルへ。休んでリフレッシュした感覚はすっかり消えていた。


ありがたい言い訳

関門に追われ、重い足を引きづりながら登る。眠い。とっくに自信がなくなっている。そんな夕暮れ時の登り、ランナーも数が減り寂しくなったところで、知り合いの女性ランナーが道端で座り込んで薬を飲もうとしているのに出会う。
彼女は去年のTDSを見事完走したランナー。もっと先だと思ったのに聞くと胃炎がひどく体調がすぐれないらしい。頑張りましょう。話し相手がいるのはありがたい。一緒に登っていく。

体調がすぐれない彼女と適度に休息をいれながら進む。僕ももうすっかり先がない気持ちになっている。すっかり日が落ち寒さが募る。途中でジャケットをかぶって眠っているランナーをみる。ツアー参加者の彼女ではないだろうか....と思うが起こすわけにもいかない。寒さが心配だなと思いつつ横目に登る。

前のエイドから19キロもあるこのセクション、真ん中が近づくにつれ、さらにペースがおち、相棒がなかなか進めなくなってくる。これはもう次まで時間に間に合うのは厳しいなと僕も思っている。ここでやめたら彼女はエスケープできるのか、まだ先にも戻るにも10キロ近くある。

いよいよ厳しいなと思いつつそれでも進んでいると先に臨時エイドが見える。メディカルがいるかも。辿り着いてイタリア人らしい大会スタッフと話す。どうやらここには水とドリンクを提供するだけらしく、メディカルはいない。他にエスケープもない。本部と相談してくれるという大会スタッフを待つ。後ろから大会マーシャルのスタッフもやってきていよいよ自分たちが最後尾のランナーになったことを理解する。

「本部と話した。僕が彼女と一緒にいくから預かるよ。」イタリア人がいう。レース続行はできないと悟っていた友人の様子をみて考えてくれたらしい。
はっとした、もう終わりだとなんだか他人事になっていた。時間を見ると次の関門まで4時間近くある。たしか阿部さんがここの下りは2時間はかかるといってた。下り始める地点までまだまだあるかもしれないけど、やらないって選択肢は無くなった。やろう。

本分に従う


一緒にずっと登ってきた友人に別れを告げ、エイドスタッフにお礼をいって登り始める。随分と休んだので回復している。登れる。間に合うはずだ。次のエイドはほぼ全コースの3分の2に当たる地点、ボーフォー。ここを超えたらなんとか完走できるめどが立つと考えていた目的地。やっぱり途中でやめたいわけではない。行けるだけ行こう。
ボーフォーへの1500m以上の下りに差し掛かる。聞いてたいたとおりだけど、長い。2時間かかるらしいけれどと急ぎに急ぐ。長い。2時間すぎてもまだまだ街の明かりがはるか眼下だ。
このレースにあわせ0.5cmサイズを上げた新しいスピードゴートの底面がやや浮いている。このまま行くと足の裏が両方血マメになりそうだ。

長すぎだろ、と1人でボヤきながらもひたすら下る。やっと街だ。ボーフォーだ。 街に入ったところでいきなり中国人らしい女性ランナーが声をかけてくる、エイドがわからず1時間探していると。なんだそれ?
どうやら彼女はGPXを使っていないらしい。街中でたしかにわかりにくいマーカーとスマホのGPXを頼りにエイドに駆け込む。35分前だった。クタクタだ。阿部さんとツアーのサポートスタッフが待っていてくれた。とにかく寝たい。カレーも食べたい。いや、もうここでやめてもいいかなともチラリと思うが、全力で応援してくれる阿部さんを前にはとても言い出せない。ランナーに弱音を言い出させないのが仕事なんだ。さすが。完全にプロ。

ここに置いてあるドロップバックはツアーサポートのおかげで関門前にエイドをでてからすこし装備を整えさせてもらえればいい。そう考えて25分眠ります、といったら15分にしましょうと阿部さんに言われる。不満だ。でももう言いなりでとにかく眠る。15分ぴったりに目がさめるとカレーが温まっていた。神だ。
両足にマメの心配があることを伝え、早速テーピングで保護してもらう。自分だけだと多分その時間なくエイドを飛び出すことになっていたな。とにかく感謝。
またこの時は不満だったが、あとで考えるとここで本当に25分寝ていたら僕はやめていたように思う。こうやって少しでも先に進ませて結果としてランナーが完走するのを助けてきたんだ。自分も関係者だけどすごいなと改めて思う。ありがたい。


限界

関門5分前にエイドをでて、そとでまた荷物を整えて先に向かう。ここのセクションはフラットでほとんど街の中だ。出る前に先の見通しを改めて聞いた。この次の山は時間がかかる。様子を見ながら進む。少しでも早く進まないとなのに走る気力がない。とにかく眠い。だんだんとダメだと思ってきた。もう次の関門でカットしてくれという気持ちが募る。

隣町のエイド、オートリュースにつく。ここまではフラットだった分時間がすこしできた。とにかくエイドで少しでも眠りたい。
僕のあとにさっきの中国人の女性がはいってきた。わずかに眠って起きた僕の前でエイドのスタッフが彼女に話している。「この先の山はまず君には超えられないからやめたほうがいい。」目に力のない彼女はやめるようだ。僕より1時間も早くボーフォーに入ってたんだから僕より彼女のほうが速いんじゃないかな。僕にも言ってくれないかな、と心の中で本当に思っていた。

関門が近い。とにかく出た。100キロ地点を超えた。さらに進むがまだコースはフラットだ。ただ、山へ近づく足どりはさらに重い。眠い。

5人ほどのランナーで進みながらも、もう自分が言い訳のために走ってるような気がしてきた。あの長い山越えからこっち、もうすっかり自分の中では負けてしまっている。本当だ。だからここで走ってても頑張れてない。

この先もまたゆっくりごまかしながら進んでしまうだろう。すでにもう次の山で関門に間に合う気がしていない。ここで僕はプッシュしつづけないだろう。関門すぎてエイドについたときにいう言い訳を考えながら走るんだろう。そう思うと、そのまま続けるのが本当にいやになった。ここで、認めよう。自分で正直になって、自分で選ぼう。


旅の終わり

そうして集団から1人離れ、逆方向に歩き始めた。ぜんぜんかっこよくないけど、今回はこれでいい気がした。

ふっと、途中ずっとかんがえていた、何故走っているのか、という問いに答えがやってきた。僕は正直になるために走ってたんだ。
ここで書いたように、僕は意思が弱いし、すぐにブレてしまう。やりつづけられない。そのくせ言葉で誤魔化すのは得意だ。言い訳をつけようとする。

そんな自分もこうやって限界を見るまで走るとどうにもごまかしが効かなくなる。本当のことを見ることになる。弱さも強さも嘘偽りりなく現れる。自分の中では誤魔化せなくなる。心の中で僕は本当に強くありたいと願っているからこそこうやってごまかしの効かないレースにでていたんだ。ダメなところをたくさん見るけれど、それを見ながらでも、嘘をつかずやれることをやりきっている自分でいたいからだろう。

なぜか腑に落ちた。今回は誤魔化すことなくダメだった。だからやめた。これで今回の僕のTDSは終わりだ。仕方ないことだけど、それについて正直で認められていることでスッキリした気持ちだ。

エイドまでもどり、1人なぜか大型バスに乗せてもらう。なぜか誰も他に乗客はなく、途中で運転手のおばさまにコーヒーとパンを買って奢ってもらったりして、シャモニーに戻った。専用車両ではるばるシャモニーまでつれてきてもらったんだから、できればバスは宿の近くて下ろしてもらいたかったなーなんておもいながら宿まで20分も歩いた。

いろんなトレイルがある。いい時も悪い時も。今回はよくない方だろうけど、僕にはとてもいい思い出になると思う。すっかり明るくなった朝のシャモニーが眩しい。今DNFしてきたところなのに、久しぶりにまたレースを頑張ろうと思ってる。あんなに登ったのに、またTDSに出ようと思ってる。


来年は自分の足でここに…(3回目)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?