主夫の体験からみえてきた「男性社会」〜地域と公共の感覚。「発達障害」との関わりを交えながら、「ことば」とは・・・〜
今回インタビューさせて頂いたのは、たかみさん。4人の子どもを育てる主夫の顔もあります。もともと会社員として働いていたたかみさんですが、主夫になった道のりやその体験、そこから感じたことなどとても興味深いお話を聞かせて頂きました。
そして私むねといっしょにたかみさんのインタビューをしたのは、むべさん。看護師であり教員であり研究者であり、そして現在主婦としての顔もあります。
今回はかなりロングインタビューですが、最後まで話がつながっています!どうぞゆっくりとご覧頂けたら嬉しく思って思います
む・・・むね
た・・・たかみ
べ・・・むべ
自分はサラリーマンに向いてない。そして、母親を亡くし女性が働く苦労を思う
べ:主夫を選択した?
た:いや、むずかしいな、むずかしいんだけど、、いや、前提としてぼくがサラリーマンに向いてないって前提があるのよそもそもは。それはもう仕方がない。自分でもうわかっているから。自分の性格上、上の人間とうまくつきあうっていうのはなかなか難しい。違うと思ったら言っちゃう。それはもう、(自分は)バカだからさあ、へこへこしてすいませんっていってりゃあいい話なんだけどさ、、言ってしまう。でもしかたない。って前提がひとつあるんだけど。えーっと、ぼくの考え方として、まあ、んーと、うちの母親と父親がいる、父親の方が先に亡くなった。弟はまだ高校生だぞと。そうなったときに、わたしの母親が働きにでる。いままで専業主婦だったのが、資格とって働いてパートで入って、それで家庭の事情だからって正社員でやとってもらってって、、、、なったときに、ものすごい大変そうだった。いやあ途中からあの年で、あのーニチイ学館っていうそれでそのー医療事務のあれやって、それでそこから病院にいくつかいって、そのなかのひとつのこう、、、まあね、、それで寿命を、、ちぢ、、ませたんだろうね、、、と、思って。母親ね、もう55で亡くなったのよ。そうそう。父親も55で、母親も55で、5歳差だから、父親が亡くなってそこからもう、、無理して資格だの社会に出て子どものためにって。ということを見てて、あっこれね、女性が世の中にでて働くって大変なんだなって思ったのよそこで。
べ:そのとき何歳くらいだったの
た:わたし、わたしはねえ、大学出て一年目だね母親が亡くなったのは。父親が亡くなったのは大学の一年生のとき。うん。そうだから、ぼくの中に、女性は社会のレールからずれて、なんかあったときに社会のレールに飛び込もうっていうときにはものすごい苦労するぞって。それこそ寿命縮めるくらいの無理をしなきゃって、、・んで、女性が職を確保しておくって重要だなっていうのもひとつあって、まあでもいろんなのが重なってて、、。で、もうひとつあるのは、ま、妻と結婚して妻は別の会社で働いた始めね。ですぐ子ども生まれて会社やめたのよ。で、えー子育てをするなかで、小学校、ん?中学校の先生の資格はもっていたんだけど、やっぱり年齢の下の、小学校に興味があると。もともと教育に興味があって、うちの妻はアメリカだとかその教育現場見に行ったりとかしていたから、そもそも教育が好きだ。でも、教育は好きなんだけど社会に出ないでいきなり教育の場に出ちゃったら、ちょっと自分のなかで違うって思っちゃったらしくて、一旦一般企業で働いてたんだよね。っで、それでまあ、、、長男が生まれて会社辞めて、で、生まれたことによって小学校がいいって考えて、そこで勉強してまた大学、通信で大学の単位とって、小学校教諭の免許取って、で、えー試験受けて正規採用と、今。それで働いていると。の中で、、ぼくの仕事と、妻の仕事と考えたとき、、僕は別に、その、その仕事、通関士、通関士になりたくてなったわけではない。それは生きるためにとった資格だから。そうなったらどっち偉ぶって?まあね、、それは、妻の仕事を優先するんじゃないかなってすごく色んないくつかのことが重なって僕の中では、でまあ自分がやめればいいなって、うん。で、なんだろ男は最終的にお金が無くなれば汚れた仕事だってあるんだから沢山。女性よりもよっぽど汚れた仕事沢山あるから、別にいいんじゃないって、いざとなったらそういう仕事しながらお金稼いでいければいいやっていうところがあって、、
べ:いつくらいにそれ決めたの?
た:という心つもりはずっとあったの。いざとなったら僕が辞める。したらまあ、あのーいった通り女性が社会のなかで生きていくのは大変なのを見てきたから、ずーとそういうのはこころにずーっとあって、。で、ただ実際にやめようと思ったのは、えーっ、、去年やめてるんだけど、仕事。その仕事を辞める半年前くらい、やっぱね考えるのよ。すぐにやめるって踏ん切りつかないから、。でも、なにかって言ったら、子どもがそのとき三人で、えーっとね、ぼくも妻もフルタイムで働いてて、えーじゃ、家のことどうしてたのっていうと、義理のお母さんにきてもらってた大船からきてもらって。でーただ年も年なんで、この状況いつまでも続けられないよねってそういう考え。だって大船から毎日通いで来て、平日全部。まあちょっとね、、なかなか元気であればいいんだけど、体調崩してなんかもして、うーん、じゃあそろそろ、どっちか仕事辞めてって考える帰路があったのよね、そこで。で、そこから半年かけて僕がやめるかって。大したことないキャリアだけどね。やっぱりこう、捨てるとなると、、うん。しかも正社員で、まあ業界のなかでは給料はいいほうだったの。まあ、大きい会社でぶら下がってるだけだからなんかあっても最悪親会社が助けてくれる安定した企業だったよね。まあ、、、それ捨てるってことは、まあ、一億ちょい、これから入るであろうものを捨てて、、やるか?ってそういう話なのよね。うん。生活水準どんだけ落ちるんだって話。生活水準かなり落ちる。今まで月5万自分で好き勝手使えていたのが、8000円?もう釣り竿買っちゃったなんて言えないみたいなね、あはは。これ7万したんだよこの釣り竿とか今絶対言えない。もうあんとき買っておいてよかったーって、あはは。
べ:その話をしたときの奥さんの反応って、一番初めはどんな感じだったの?
た:釣り竿じゃなくって、、ははは。あっやめるよって話ね。それは妻にところどころ前々から言ってたんで。僕の考え方。母親の話して。だからまあ、やめるとなったら僕がやめるよっていうのはところどころでずっといってたから。別にそんな、えっ!って驚くこともなく、うんまあそうだねって感じ。自然と。で、妻は妻で働いていないとなんかこう、落ち着かないような、あのー感じがするらしくて、まあ僕もそうなんだけど、ははは。
べ:でもいまは落ち着いている感じ?
た:いま?いやー落ち着かないよね。仕事と、その収入につながるような仕事ってほしいなって思う。まあ、まあ、いまは仕方ないかなって。
べ:いまどんな生活送ってるの、一日は
た:たとえば、今日で言うと、、土曜だから、長男が土曜で学校あるのよ。コロナでいけなかった分、土曜とか使うんで。だから朝起きて、で、長男も起きてて、長男の朝ごはんつくって、
べ:何時くらいに起きるの?
た:えっとね、今日は6時くらいかな。そんな早くない。そのあと台所きれいにして、きのうの夕飯の分とか残っているから昨日の。それをきれいにしながら、長男を送って、で、洗濯機を二回回して、で、洗濯機を取り出して、雨だからコインランドリーにぶっこんで、乾燥機に。でとりに行ってポーンって、そんな感じ。部屋の掃除は今日妻がやってくれた。妻はいま0歳児もってるから。そんなにあんまり動けないそういう感じ。
べ:普段四人目の子どもは
た:0歳児の子どもは基本的に妻がみてる。いま育休中だから
べ:そっかそっか
男性が仕事やめていいなって思ったこと
た:そう!それですごくいいことがある。男性がやめてすごくいいなって思ったことがひとつあって。男性が辞めて、妻が育休で休める。旦那は家に居られる。ってことは二人で家事育児をみられるの。これ逆だと、旦那休めない。育休取れないんで、妻一人だけになる。それはつらいよなって。男性の方が仕事をメインでしていなければこういうことができるんだなあって。うん。
べ:食事はどっちがつくってるの?
た:そのときどき。いまはね、妻のほうが多いかなって。ぼくがね外で買い物をしてきて、主に僕はいま外にでることやってるのね。だから食材買って、妻にお願いねって食材渡してる感じ。でもねこれがね、でもね、一日の買い物に2時間、3時間かかるときもある。というのも、収入が落ちるから安いとこ巡るのよ。そうすると、もうねえ、だあーって自転車で巡っていくのね、これすごい、わかんないけども地域差なのかもしれないけど、、うちの近くで豚小間100g158円だったのよ。安くてよ。うちのちかく東急で、めちゃめちゃ高くてさ。もう、こんな豚小間で何、213円っていう世界から、やった158円っていうところから、ついになんと、、ムネンクさんと会ったときに下北で、下北に自転車で行く途中で、安いお店見つけたのよ。そうこれありがとー!ってお礼言おうと思ってたのよ。あれね下北行ってなかったら発見できなかったんだけど、なんとね!なんと豚小間が90円。そう。で豚のひき肉が80円。鳥のもも肉が90円。いやーもう。。
べ:へーどこ?
た:それがそこらへんの小さい卸売り屋さん。段ボール一生懸命書いて、ここって。。ほんとは小売りしないんだって。しかも、3時までしかやらないっていうから、毎日やらないっていうから。もう大興奮。しかも国産だよ豚も鳥も。えーっって思って。っという感じでぐるーっとまわるのよ。それでだいぶ食費を抑えて、抑えつつちゃんとお肉も野菜も子どもたちにとらせて。面白くてしかたない。しかも自転
車でしょう。健康にもいいのよ。体を動かすから。もういいことづくり。
べ:おもしろいよねうんうん。
む:なんかわかる感じ
べ:わたしもわかる、いま主婦してるんで。あははは
た:見つけたときって、やったー!って。でも今まではね二人で働いていたからお金いくらでもあってっていうのはおかしいけど、。高くてもいいやって思えてた別にいいやって。時間を買うじゃないけど。まあでもいまはそういうことはできないから、ぐるーっと回って。
べ:買い物は週に何回くらい?
た:もうほぼ毎日。けどまあ、沢山買ったときは一日はいかないけど、、牛乳とかはさ、どんどんなくなっていくから、パンとかも、。だから考えるとほぼ毎日。
む:こども4人ですもんね、。洗濯もそうだし食糧もそうだし、、それなりですよね、、、
た:そうそうそう。うん
べ:みんな食べるものとか、好き嫌いは?
た:ある。それは小さいから仕方ないだろうって。そのうち食べるようになるだろうって。
べ;家に入ってなんか、食費のこととかも発見だと思うけど、なんか他に、いろんなことを発見したと思うんだけど、なんか
た:発見っていったら発見だらけだけど、、、。まあ家計簿はいま僕がつけてて、、、やっべーって、あははは。うん、やっぱ、いずれ働きに出ないとちょっとやっていけんぞって、うん。感じだけども。でもね、発見ね、
子どもは地域で育てるって感覚がしっくりきた
べ:子どものこととか?た:ああーもうね、ありすぎるありすぎるから、何をいっていいかなって、、。そのなかでひとつ次男が幼稚園に通って去年ね。まあ公立の幼稚園なんだけど、その送り迎えを僕が。妻は妊娠中で動けないから僕が会社やめたあとずっとやってたのよ毎日。そうするとね、ママ友ができるんですよ。これがね、すごいのよ。すごいっていうか、なんて言ったらいいのかな。要するに、ママ友と週五日あうのよ。下手すると土曜も遊ぼうってなるから。うん。そうあるわけよ。毎日幼稚園が終わったあと、14時から、長いときは17時まで、公園で遊ぶんで幼稚園終わってから。ということは週五日間同じママ友と壱日2-3時間話す。、、ネタ尽きないのよ、、。うん。すごい。あそこのスーパー安いわよとか、うん、ちょっと遠いけどどこどこにフードロスのお店があってね、とか。お米が5キロ1500円なのよ。とか、っていう話をしたり。あと子どものこと。何々君は~なのよねとか。そのなかでやっぱり「ちょっとわたし忙しいからみててくれない?」ってとなるとよその子みるのよね。まあみるっていっても勝手に遊んでるから危険がないかどうかみるくらいなんだけど、なんか泣いたときだけ行けばいいんだけど。それで、頭でわかってたんだけど、心でわかってなかったことは、子どもは地域で育てるって感覚がしっくりきたのよ。要するに自分の子どもをみるだけじゃないんだ、ほかの子どももみるんだなって。ほかのほかのお母さんは自分の子どもだけじゃなくて、ぼくの子どもも見てくれるんだなってっいう感覚。頭ではわかっていたんだけど、これ感覚的にこれしっくりきてなかったんだけど、いまはすごくこうかちってはまる。よその子をみると自分の子どもとの差がよくわかるのよね。あんな子もいるんだ、こんな子もいるんだって。あの子なんか自分の思い通りにならないよすぐ泣いて帰っちゃうなとかさ、。そうすると自分の子どもがあんまり気にならなくなって、うん。いろんな子どもがいるんだから自分の子もこんなもんでいいなって、あははは。思えるようになってくるよね。お母さんとも色々な話するのよ。家庭の話も。色んな家庭があるなって、へーって。まあ家庭の話はできないけど、聞いてみるとほんと!?っていう。うん。まあ、うちもだいぶユニークな感じで運営しているけど、ほかの家庭もユニークね!って。じゃあいいじゃんみたいな。そう。うん、そういうのがものすごく。ああ僕いまでもよく覚えてる。はじめてねそのママ友お家におじゃましたときとかね、もうすごいドキドキするのよ。ああ、なんかようやくママ友として認めてもらえたかな!ってははは
む:ママ友なんですね
た:そうこれがないよ。ママ友としか。パパ友って言わないのよ
む:言葉がない、、オヤ友?
代理でしかないという感覚
た:そう言葉がない、オヤ友。だからお父さんがいかにいないっていうか。でもね、悲しいことに約半年間?ぼくがずっと妻の代わりに送り迎えしているんだけど、やっぱりなんかあると連絡は妻にいくのよね。「遊ばない?」とかね。ぼくはまだ代理でしかないっていうのがあるのよね。その感覚がいまでもあるのよね、まだ
む:えっとほかのママ友から?
た:そう、たとえば、ほかのママ友が「いついつ遊ぼう」ってなると、やっぱりまだ妻に連絡がいくのよまだね。ぼくはまだサブでしかない。ということで、幼稚園はまだしかたなかったんだけど、小学校に入ったんで、小学校はもうしょっぱなから僕が全部やってほかのお母さんたちに、「庄司家の連絡先は僕だ」という風になればいいなって、、やってたんだけどね。もうすでに妻に連絡がいくのよ!早速。あ
はは、ラインで!ああぼくにはこないよなって。
べ:ライングループには入ってないの?
た:入ってないの。まあライングループもまあコロナの影響でなかなか集まる機会もなかったし、で、もともと妻は、あれねやっぱすごいのよ。子ども生むじゃない。そうするとそこら辺の地域の何かに参加するのよね。その中で知り合いになって、それで何年かして、「あっ同じ小学校に入ったのね」ってもうすでに連絡先知っているから。いやーもうお母さんのコミュニティってもうそういうところに所属する以前にもうつくられているんだなって。乳幼児クラブっていうんだけど、確かにお父さんいかないなって
む:ママさんクラブとか、子ども生む前とかからもなんとか教室とかって、生んだ後からも子育て教室とかって、ある。なるほどねー。でもなんか自分に連絡きてほしいって、、そこまでほしいのってなんか、なんなんでしょうか
た:えーだって、なんか、なんかさ、あそこのうちはあれだけ関係つくったからさ、気軽に連絡ほしいじゃん。ははは
む:たしかに
た:たしかに、ぼくはLINEがなかなか反応が遅いっていうのもあるのかもしれないですけど、、。お母さんに連絡したほうが早いわってのもあるかも(笑)まあ、まあ、でも常に妻代理っていう感覚がね、あるんだ。こんだけずっとやってても。妻の代わりにお迎えいってるよって。まあ他のお父さんもそうだからね妻がいけないから代わりにきましたっていうお父さんが大半だから、まあ仕方ないよね
べ:専属のひとはいなかった?専属主夫
た:ああ、ぼくみたいに。専属主夫はいなかった。ただお父さんの仕事が夜の仕事だから、迎えにきてっていうところはあったけど、ぼくみたいにプラプラしてっていうところは僕の知る限り無い。
べ:あれPTA活動とかは?
た:あるにはあるんだけど何も動きがない。今年に限って。もうね。PTA会長とかは決まってるの。ぼくは役は無いんだけど、役はないひとはサポーターってひとでこうイベントで募集しますってなるんだけど、それも今年はないだろうと。だから目立った活動はないのよ何も。
べ:将来的にはなんか活動しようかなってのは?
発達障害の親の会をつくりたい
た:そう、それで今、ちょっと話がずれちゃうんだけど、長男が発達障害ってことで「翼の会」っていう中学校で週に一回教室を抜け出して苦手なことをやるっていうのをやってるわけ。それを目黒区では「翼の会」っていうんだけど、そこはまだできて3年目かな、で、まだ親の会がない。ということで僕がいま無いならつくりますっていって、先週の月曜日に中学校のところいって先生たちに話してきたのよ。そうしたら9月に保護者会があるからその場でちょっと時間をつくるんで、説明して賛同してくれる人がいればできるねっていう感じ。なので、それがPTAっていえばPTAっていう感じかしら。それをとりあえずは立ち上げだからそれを主軸にして、あとはどこまで手を出せるかはわからない。あれもやるこれもやるってなったらなかなかねえ、、しんどい時もあるだろうから。まだやったことないからPTA活動。どこまで自分に負担があるのかわからないから。
べ:やっぱ地域で育てるっていう感覚が育ったからっていうのはすごく、、
た:そうだからそういう会も。自分の子どもっていうのは自分のものではなくて、地域全体のものっていう感覚ができたから。じゃあそこでそういうシステム利用しているみんなでみればいいんじゃないのって。うん。他の子みると、ああうちのこもそうなのね、ほかのこはこうなのねってわかるからそういうのもいいじゃない。それはもう徹底的に幼稚園での経験があるから感覚的に言っていてしっくりくる。
む:多くの、お父さんとか男性っていうか、そういうことをしていないひとが圧倒的に多いと思うんですけど。送り迎え週5でやってっていうのも、そういう地域で見るっていう感覚に気づかないままにいるっていうひとっていっぱいいる今の状況だと、いっぱいいるのかな
た:それはそうだと思う。やってみないと。頭で理解していてもしっくりこないと。たとえばそれはそこらへんのおじさんつかまえて、「子育てって地域でやるもんですよね」って聞いて、そしたら「うん」っていうと思うんだ。
む:みんなで見るんだって言えますよね。口では
た:でもやるかって言ったら難しいよね。例えば公園でのママ友とのだらだら色んな事話すとりとめもなく色んなこと話すってものすごく助かるのよ。家事、育児、生活していく中でその時間があるとないとでは全然違う。たぶんないと孤独になるんじゃないかな。自分ひとりで自分のことを全部みないといけないってけっこうきついのね。だからそういうのがあるから、前向きに家事育児に取り組んでいけるってぜったいいあるのよ。よくさ、男の人がさ、女の人があんなにぺちゃくちゃとりとめもなくしゃべってって思うかもしれないけど、あれってすごく大事。それすごく大事。
べ:なんにんぐらいのグループなんですか
た:それは基本的にはぼくふくめて三人。その時々によってなかよしの子がいるから、4人になったり5人になったり二人になったり、まあ色々。まあ固定メンバーは3人。まあ子どもたちが仲いいから。子
どもが遊ぶから。
べ:ご近所さん?
た:歩いてはいけない、でも近所さん。
べ:どういったところが助かった?
た:具体的なところで、子どもを公園でみてろっていったら苦痛なのよ。まず苦痛。たぶん5分で飽きる。子ども遊んでるなあ、それを毎日毎日眺める、それを毎日やるのきついよー。これだれかと話してればさ、一時間がそんなに長くは感じないかもしれないけれど。それぼくは長男でほとほと痛感して、飽きるのよ。長男見てるの飽きたんだよ。公園連れてってああ遊んでるなあ、、、、、飽きる。それで公園にいくの嫌になっちゃう。だからねさっき言った通り公園にお母さんじゃなくてお父さんがくることもあるの。そうするとね。帰っちゃうのすぐ。まわりのお母さんたちも「あの子今日お父さんが迎えきてたからね」ってお父さんはもう公園で遊ばないですぐ帰る。だって公園で遊んでてもおもしろくないから。だったら家でテレビみさせていたほうが全然楽。お父さんが楽。
む:たまの休みに公園きて、お父さんもゆっくりしたいのかなあ、、
た:まあ、いろいろな事情があるにせよ。あれずっと話しながら向こうで子どもたちがきゃっきゃっ遊んで、泣き声がしたときだけ、あー、っていくの。だから毎日できるのよ。二時間も三時間も毎日。それによって子どもは子どものコミュニティをつくっていいける人間関係を。子どものなかでもやっぱトラブルあるのよ。それをこう、なんだ、幼稚園とかでなくてもっと自由な公園とかでやるわけよ。これはねえ、子どもの成長にとってもやっぱり重要なんじゃないかなって勝手に思っているけど。
む:なんか、ママ友と一緒にいるじゃないですか、子どもみているとき。ママといるのがつらくなったりしないですか?ぼくだったらママといるのがしんどくなってひとりでみているほうが楽とかってありそうだなって自分だったら。
た:それはね、、いいママ友ばっかりなのよ。ものすごく気をつかってくれて、話しかけてくれたりとか。でも最初は大変だったよ。他のお父さんたちもそうなんだけど、だいたい初めて公園いったときはすごく覚えているんだけど、その時なぜだか知らないけどママ友が5,6人こう輪になってたの。なかなか無いんだけどね。いま見るとその人たちのグループがいくつか分かれているんだけど、そんときわかんないからさ、ははは。そう、で、そのなかでもグループが分かれたなかでの大きいグループだからちょっとこういまいちね、、その中でぼくがどうやって入ろうかなって。ぼくとしては毎日くるし、入りたい。だけど、ぼくだけぽつんと子どもみて、お母さんたち輪だから。いやーどうしよっかな、、少しづつ少しづつ近づいて、、、(笑)。それで話からあぶれるお母さんがいるじゃないこう輪になっていると。そのお母さんにちょっと「いやー子どもみていると面白いですね」なんて適当なこと言って。面白いこともな
んともないんだけど(笑)でそれで子どもの話から。うん。で、ママ友話題は何かっていうとだいたい、学校のこととか子ども同士の事とかだからなかなか入っていけないのよね。でもそこにじっとこう入って、、もうあとは強引にバッとはいってあとは、ひとに話しかけたら、あとは適当に話してるの聞いて、一緒になって、うんうんうんって(笑)首振り。最初のデビューは。あとは子ども同士が仲いいから、親同士も、まあじゃあどこ行きますかこの後ってなるから、そのあとは自然と少しづつこう話ができるようになって、お家に呼ばれるようになったという、ははは。
む:ついに来ましたねー。これ余談なんですけど、親同士の呼び名って、。なんとかママちゃんとかって子どもの名前先行ってあると思うんですけど、呼び方ってどうしてるんですか
た:ママ友同士っていろいろな呼び方しているけど、ぼくの場合はやっぱなんとかパパとかも普通に、あとは庄司さん。妻と一緒にいるときはあれだけど、ぼくだけひとりで行ってるから、庄司さんっていわれるし、ぼくもだいたい苗字で呼んでる。
む:ありがとうございます。ただ勝手な興味だったので。へー。
話すために話す
た:でも面白いよー。なんだろ自分がそんなママ友と話がだらだらできるようになるなんて思ってもみなかったし、そうするとさ、、、実はその前まで対話の本とかこう、こう対話ってどうのこうのとか色々考えて本もいくつか読んで、ああなんだろなって、考えることなかったよな、これだよこれって。感覚的に。そう公園でやってたの対話だよなってそれずーっとやってたら、あらためましてってって感じでやってるのってそれ対話じゃないなあってなってきて。公園で普段適当に明け透けもなく、いや、明け透けはあるところもあるんだけど、、こう、話す、、。面白いのが話すために話すんだよねママ友との公園って。話すために話すの、すごくいいなって思って。何か問題があって、問題解決のために話すんじゃなくて、話すために話す。向こうもさ、話さないと間がもたないのよね、あはは。みんながみんなそう。だから話すために話すのよね。だから気持ちいいのよね慣れちゃうと。そういう感覚。ほんとそういう意味ではすごい発見が。あともうひとつ助かるっていうと、やっぱりこう連帯意識、仲間意識って大切だなって思った。子育ての連帯感ってさっき言ってた地域でみるにつながるんだけど、こう、それがどれだけ助かるかってすごい分かった。それが具体的に何かって言えないんだけど、その横のつながりっていうか。やっぱり子育てってひとりでやっちゃいけないんだなって、うん。そうするとね。もうちょっとすすむとね、子どもを自分の思い通りにするっていう感覚はほぼ無くなるのよね。いろんな人に色んな風に育ててもらうから、僕だけの思いとか、僕だけのあれだと、別に子どもからはそんなの薄まってるから意味ないなって、。
べ:そういう話ってほかのママ友ともしたりする?
た:しない。うん。話してて真面目になるような話は基本しないかな。こういう真面目な話はしない。
べ:いまの面白いなって思って。そういう感覚っていうんですか。ママ友とかも同じようにそういう風
に感じるところってあるのかなあって
た:うん、あるのかもしれないけど、恥ずかしいから直接あんま言わない、はは。でも全然別のひととそういう話になると、することがあって、「やっぱりやっていけるのってママ友とのあれがあるからだよね」っていうと「そうそうそう」って。だからそういうことってあるんだろうなあって。
べ:いまその送り迎えっていうのが無くなったわけじゃない。そうすると、ママ友との関係っていうのは?
た:結局子ども同士が遊ばないと会わないし、今、やっぱりコロナだから会いましょうって感じにはなかなかならないのよね。だけども、えっと、うちに来てくれる、いついつうちに来るねって先週も子どもと来てくれたし、次はね海の日にくる予定。そうやって遊びにきてくれる。こっちから遊びにいくこともあるけど、まあ来てくれるってことのほうが多いかな。でもね、やっぱ定期的にはやっぱ会いたいのよね。子どもなしでも会いたい。向こうはどう思っているか知らないけど、定期的にあって話したいなって。お互いの家族のこととか話しているからさ、「いやー長男さんどうなったのかな」って(笑)。気になるでしょ。相手の家族のことも
む:なんかわかんないけど、その気になるっていうのは、地域で子育てってたかみさん言ってたけどそれに参加した身だからっていうのはあるんですか。自分もそのほかの人の子育てにちょっとでも担ったっていう感じが、自分もちょっとその子を育てたっていうのは聞いているとおもうから、それは気になったりするのかなって
た:やっぱ気になるよね。でも気になるのはその長男とか直接見ていないんだけど、やっぱり気になるのはそれを抱えているお母さんなんだよね。それを通してお母さんの状況がわかるってなると、今大丈夫かなあとかって。大変そうだったら一緒に笑い飛ばそうかなって
べ:はは、ねー
む:なんかそういうママ友つくったりとか、気づきがあったりするなかで、男性っていうか、主夫っていうのが、こう、引っかかった体験とかってあるんですか。自分なかで、ちょっと面倒だな、男性だからやりづらいなって、、
た:あのね、、、男性だからやりづらいな、、うん、、、その、まあ、説明がやっぱめんどくさいね。何してるの?とか。ついね、先週、こういう路地で、路地裏で椅子に座りながら飲みながら子どもを見ていたんだけど、でね、「何やってるんですかー?」ってなるの、はじめてのパパ友だから。ちゃんと説明しないと誤解を生んじゃうかなって、ちゃんと説明しとかないとなっていうのはある。こうこうこうで会社やめて、こうこうこうでいま外飲みしてるんですって、みたいな。だから自分のなかでやっぱり男は働いているべきっていうものがあるんだよね、自分のなかで。だからそうじゃない自分だから、そうじゃない理由をちゃんといわないと自分が落ち着かない。っていう感じはあるかな
む:ほー
た:だから、働いていないことに対する、働いていないってフルタイムね。しっかりと働いていないっ てことに対するこう、他のパパ友に対する、「あのパパ友働いているんだよなー」っていう、ま、働いて いるんだよね、普通ね。で、社会的な立場も上がっていくんだろうなって、肩書きもついて、うん。わ たしはまあそこから落っこちたから。落っこちたっていうか、自然と落っこちたっていう表現が出るく らいだから、、まあ外れたから、そのレースには参加できないんだな。。はは
べ:それママ友には感じないの?
た:ぜんぜん。ママ友だって働いてないもんちゃんとは。幼稚園だから。まあパートなりなんなりして いる、いろいろやってはいるけど、まあ基本的には同じ。立場的には同じ。うん
べ:その話をパパ友にするとどういう反応が帰ってくるの?
た:あーいいですねえって。でも本気でやるかっていったらたぶんだれもやらないと思うよ。ははは。 いやー失うお金っていうか、経済的な話をするとやっぱめちゃめちゃでかいからさ。うん。
べ:でもいま増えてはいるよね、そういう男性の専業主夫みたいな、
た:いるかもしれないけど、ぼくはまわりにはいない
む:ぼくも会ったことは、、にらさんぐらいかな、まあ、でもいるのかもしれないですけどね。会って いないだけで。
た:ぼくの説明しにくいのは、社会復帰のあれだけれども。できれば長男の、発達障害に関する親の会 みたいなのをつくろうってのをちょっと拡張して、ほんとはね、もっといろんな人が関われるような会 をつくりたいの。って思っていろいろ準備していたの。でもコロナで動きがとりづらくてあれだけれど も、まあ、とりあえず第一段階としてその翼を利用している当人と保護者と先生とだけのグループをつ くって、まあそのなかでも「大きくしませんか」っていって、で大きくなってそのなんだろう、サラリ ーマンみたいにそんな給料たくさんもらってとかボーナスもらってとかじゃなくって、まあそのなかで 活動していく中で自分のそのお金にちょっとなって、それで生活ができる範囲でその活動を継続してで きればなっていう希望はある。そこまでできたらいいなって。なるかどうかはわからないけどね。
べ:いまその会って具体的にどういうことしてるの
た:まだ、立ち上げの準備中だからなにもしてない。
べ:でも翼っていうのがあるよね
た:ああ、翼っていうのは、リソースルームってのがあって、、こうちょっと苦手なことがある子が教室 から離れて、たとえば一時間だけマンツーマンで先生と、あのーなんかするっていう
べ:それが中学のなかにあるんだ。すごいね
た:そうそれが、えーっと、ある中学はセンターになってて、そこから各中学校に先生たちが行くって いうという感じ。そのセンターと話をしていて、そうすると、目黒区の全中学生の利用している子たち とのつながりができる。
べ:ふーん、何人くらいいるの
た:いま72人っていったかな、今年
べ:目黒区の公立の中学校の
た:そう。おそらく色んな子どもも色んな親たちがいるんだろうなって思うと、ちょっと楽しみ
む:へー
お父さんは好きなことやってる??
た:あ、思いだした、そうそう仕事やめてそういうことやりたいなって思ってて、思い出したうちに言 っておこう。あの長男に僕がいろいろこう色んなとこ行って色んな話をするの。まあお風呂場だったり とか、ほんといろいろこう、それで色んなこと話したの。で、あれー小学校3年生か 4 年生くらいのと きかなあ、。まあとにかく「これから先あのー、大切なのは自分のやりたいことを、得意なことっていう かやりたいことを見つけて、それを思い切り一生懸命やって、でそしたらそれであのー、いろいろ生き ていけるっていう時代になるよって。お父さんのときは、あのー自分のやりたいやりたくないじゃなく て、とりあえず大学にいってサラリーマンになるっていうふうな道ばっかり考えているひとが多かった けど、これからはそうじゃない。色んな生き方ができる。だから思いっきり好きなことやりなー」って 言ったの。そしたら、「お父さんは?」って言われたの。ははは。今のお父さんはって。それで困っちゃ って。自分のやりたいこと思いっきりやっているわけじゃないなって。うん、
む:へー働いているときのことですよね
た:そう働いているとき。だからそれがあるのよ。ずーっと残っているのよ自分のなかで。まあ子育て で子どもにいろいろいうわけじゃない親として。それそのまま自分に返ってくるんだなって笑
そうだから自分のすきなことなんだろうって、そしたらやっぱなんかこう、なんかつくるのが好きなん だ。こうグループとかチームとかそういうの。それ学生のころからそうで、学生のころもそんなことし ていて、それが社会のなんかになるんだったらいいなって。
む:なるほどねえ、うん。あー、うんなるほどー。
べ:ねーでもなんかそのー、いま立ち上げようとしている会が立ち上がることで、助かる人たちがたく さんいるのかなって、ちょっと救われるというか
た:そう、だといいんだけどね笑。まあ仲間ができれば、ちょっと変わるかなって、、そう先生たちも助 かるんじゃないかなってちょっとは
む:あるんじゃないかなーたぶん。だって地域でママ友がいるっていうことでそれすでに助かっている だから、まあどうなるかわからないけど、、、ひとりくらい助かる人はいるんじゃないかなー笑
た:あはは、だと良いんだけど笑。まあぼくは少なくとも助かる
む:自分が助かるんだったら、その助かるひとのひとりに自分がなるんだったら、助かりますよその会 は。
た:まだね、いろんな面で、、いや、、わからない、これ考え方が不十分っていう言い方したらおかしい んだけど、やっぱいろんな子がいて、たとえば時間、、たとえば問題解くのにすごい時間がかかるとか、 でも時間たてば解ける。能力はあるんだけど時間がかかるだけの子がいて、そういう子に対して高校受 験のときに、別室でできるのよ、伸ばしてくれる。ただし、その、在籍している学校の校長先生が受験 先の校長先生に言って許可もらわないといけない。
む:へー、校長同士なんだそこは
た:そう、で校長に理解なかったらどうなんの?それひとりで戦うのお母さんがって。基本的にお母さ んが全部。そうそうそうさらにそういうことを知らない親もいるのね。学校からわざわざ学校がそんな こと言わなかったりもする。そういうことをやっている事例がありますよって言わなかったり
む:そういうこと知らない先生もいるんじゃないかな た:かもしれない。それを、そういうふうにやってもらうにも条件があるよとか、。
べ:特別な配慮みたいな
個人と個人じゃやりにくい
た:そう。合理的配慮って言う言葉で表していくんだけど、これ面白いのは、えっとその、、
べ:合理的配慮か、、
た:そう難しいのよこれすごく難しくて、それも実は合理的配慮もこの会のひとつのテーマにしたいん だけどさ、ね、いいでしょ。
べ:合理的配慮ってあるよね、最近よく出てくるよね
た:そう、これがね、ぼくはああやっぱりなって思ったのは、その、先生たち最初の面談じゃないけど どんなふうにしていきましょうかって話するのよね。あのーおたくの長男ねこの一時間をつかってどう しましょうって。っていう中で、合理的配慮っていう言葉が出てきたのやっぱり。その時に、支援のサ ポートの先生がしきりにね「これ合理的配慮っていうんですよ。合理的配慮っていうんですよ」って言 うんです。知ってるわ!って思うんだけど、でもそこで、ああいうふうに念を押して言ってくるってい うのは知らない親が圧倒的に多いんだなって。もしくは、知らないって思い込んでるか笑
べ:あーその面談っていうのはだれが参加してるの
た:わたしと妻と、先生、先生、先生
べ:三人の先生。それはこの中心にある中学校の、三人の先生?
た:そう、あとサポートの先生たち。だからね、ああそうだよな、だからもっと親どうし、親も勉強し なきゃいけないなっていうのと、っていうのも思ったかなあ。そうそう、楽しそうでしょ、へへ
む:なんかいいですね。やっぱ必要ですよ。ほんとうに。ママがひとりで学校に物申すなんてちょっと きついですよね
た:でしょ。でこれまあ、あの、そうこういうのをつくろうって思ったもうひとつの大きい理由があっ て、やっぱりこう、、、地域でみていると、まあぼくも長男で経験があるから、あれっ!?思う子ってい るのよね。そういう感じなんだなって。でもお母さんも、こう、、ちょっと、いろんな子をみているとう ちの子なんか行動がおかしいのかしらねえ、とかそんなのあるんだけど。結局ね、個人と個人じゃやり にくいんだよねすごい。「おたくのお子さんちょっと行動アレですよね」なんて言えないじゃん!で、向 こうもさ、そんなさ、「うちの子ちょっと行動おかしくないですかっ」って言ってこれない。でもすっご い仲良くなると言えるのよそれが。まあ実際仲良くなった親とかはそういう話はするのよ。「うちのなに なにがさーいやーちょっとこれやばいでしょー」みたいな。「いやーやばいね」みたいな、はは。そうい う関係になれば。いまはあくまでも個人の、個人対個人の助け合いでしか難しいのよね。それでその中 で聞いていたのが、これちょっと具体的には言わないけども、学校に対してお母さんがひとりで立ち向かったっていうエピソードがあって、いやーこれは、、、二つあって。ひとつは財産だな。立ち向かった 経験があるってこれすげー財産だって、これ活かせないかなって。もうひとつは、大変だっただろうな って。この財産、その経験をシェアできないじゃんいま。そのひともわざわざ発表なんてしないじゃん。 個人対個人だからね。でねーもうひとつあって、この発達障害っていう枠組みって必要かっていうのも 話したいよね、うん。そもそも発達障害ってなにかって勉強。まあみんなしているのよ。やっぱりして いるんだけども、でも当たる資料によってはひどいのよね。ひどいひどい。当たる資料ってなにかって いうと、もう「発達障害がある」って前提だけの本ってあるの。発達障害っていうのは、こういうふう な決められていて、こういう症状があって、これにいくつあてはまるとか、で、じゃあなんで発達障害 ってできるのか、なるのか、昔はなんかね、脳にね、あの生まれた時に脳に微細な損傷があると言われ てましたけれども、いまはどうのこうのとかって。そういうのがあるって前提があって、ほぼそういう 本なんだけど、そういう本ばっかりで勉強していたら、障害があることがあたりまえ前提の頭になって いくのよ。いや、ないのよ、なかったんだよ元々は。それ歴史的につくられたって側面もあるんだよっ て。でも、ひとりだけじゃなかなかね、、
べ:まあ、書いてある分野によってなんですかね、なんか小児看護学的にはなんかもうあればなんかも 病気なんだって書いてあるかな、、
た:そう、もうだって法律でも障害ってなって、それに対する支援も障害だから支援しましょうってな ったから、社会的に障害になっちゃったよねって。
べ:うーん、だから障害とはそもそもなんなのか
た:そう、はいっていくでしょ。うん。これをだよ。こういうのももっている親たち集まって勉強した ら、これぜったいおもしろい、ははは
む:そうですよね、それ実際みているひとたちが声だしていくから、影響ありますよね。
た:でしょーぜったいおもしろいと思うんだよね。
む:なんか、日本だからっていうのかわからなんだけど、その、学校に対してなんか言うってあんまり、 多いのかな、、あんまり言えないのかな
た:あんまり言えない。
む:職場じゃないし、職場の労働環境変えるとか、なんか給料上げろとか、そういう組合は会社だった らあったとしても、学校だから、昔から先生様みたいなのがあったりとか、軍隊教育の名残とか、そう いうのずっとあるし。うーん、まあ変わってきたとは言っても、まだねえ
た:いやあ、まだまだ。まずもって先生がまず忙しいから。そんなひとりひとりの親のことなんかなか なかね、、、聞いてあげることは、むずかしい、、こともあるし。とにかく先生が忙しすぎる。それにひと つ尽きると思う。それまともな教育なんかまず出来ないよ。よくやってるなって思う。まあ自分の妻が 小学校の先生だから言うんだけど、ははは。現状知っているから。妻が、そのものが現状だから。いや ーこれ無理だろって。
む:なんか聞いてて話ずれちゃうかもしれないんですけど、生き方の話で。仕事、で、なんか、なんだ ろ最初になんか言ってた、なんかこう、変だなって思ったら言っちゃう、
た:そう、上司に言っちゃう む:でもいまは、変だなって思って、それで学校とか社会に投げかけようと、、、しちゃう笑しちゃって
るみたいな
べ:あははは
む:とか、あとちょっとあそび感覚?こうやったらおもしろいんじゃないとか、というのもなんか感じ てて、やりたくないからやめた、っていうことがあるかもしれないけど、、仕事場でそういうのが、で もなんか結局たかみさんっぽいというか、なんか、ね。やりたいことをやる、やりたいことをやる、っ てそんなに能動的なことでもない、やっちゃって、ます、ね。なんか、なんかやっちゃってる、なんか
た:あんま考えなしかもしれないけど、
む:結局やっちゃってて、そのフィールドが会社じゃなくて、そういうとこで、
た:やらかす
む:やらかす、やらかしそう、なんか聞いてて面白そう
た:そうね、昔からそうね、やらかすね。あのね、週に必ずね二回くらいは怒られてたの。とにかくな んかやらかす。あーやらかしたね、やらかしてる
べ:才能ですよね
む:財産ですよね。自分で言ってたけど財産ですよね
た:あはは、やらかしちゃう、そうね
む:やらかした経験があるから、ひとりでやらかしちゃうとちょっとしんどいっていうのもわかる
た:あははは、そうね。しかし性分だからしかたないところもある、、なんかやりたい、な
む:まあ、お金稼ぐとかもあるかもしれないけど、でもそれはなんか、、ねえ、、すこし、生活の足しに っていうのもあるかもしれないですけど、、
た:うん、具体的に扶養内で稼げるくらいは働きたい。月だから、8万かなあ、8 万、9 万あたりで頂け ればいいかな。もちろんそれは大きい組織になって、あのちゃんと給料もらえるようなしっかりなった らそれはそれでいいんだけども、ははは。まあ、そこまでいくとちょっと夢物語になっちゃうかな、
む:なんか子どもにたかみさんが言われたことって、けっこうぼくもなんかああって思うなあって。「パ パはいまどうなの?」って、けっこう、グサッと、グサッとっていうかなんか、けっこう響きますよそ れ言われたらなんか。むべさん先生で、先生やったじゃないですか、で、学生になんか教えたりとかし て、言われたことってありますか?「先生じゃあ、いまなんなんですか?」って。
べ:あははっは
む:ちょっと挑発的かもしれないですけど
べ:あったかなあ。
む:先生だと、「わたしの働いているときは、こうでね」とか、みたいなのとかあるかもしれないけど、 でも実際研究してたりとか、そういう背景とかあったりとかしていて、授業中とかって、、。まあ自分の 経験だとあんまり聞かなかったんですけど、だいたい授業の話ばかりで。で、実際今こんなことやって いてこんな興味があってやっているんだって、けっこう聞きたかったりとかしたんですけど、、、どうで した?そんなのありました?あります?先生的に
べ:あはは、え、先生はどうだったんですかみたいな
む:なんか「そんなん言いますけど、逆に先生どうなんですか?やってんすか?」みたいな、「大志を抱 いていますか?いま生きていますか?」みたいな笑
べ:あーそれはよく言ってますよ、ちゃんと自分で計画をたてて、やんなくちゃだめだよね、とは言う けれどわたしもできないけどねって感じで、あはは。
た:やっぱそう、いいよね、そうねえ、そう言えるよね。だからぼくも息子にそう言っておけば良かっ たんだよね。お父さんも難しいけどねって、お父さんできてないんだけどねって最初に言っておけばよかったね
べ:そうそうわたしはそう。自分ができていないから先に。ふふ、先に言ってむずかしいけどねって、 そういうかなあ、うん
む:ぼくなんかその、、やだったっていうか、うん、、昔はこうでよかったんだよとかって、、職場でも、 学校でも、部活でも、ダンスとか、音楽でも、だいたい、、「おれたちの時代はさあこうやってたんだよ ー」みたいなのあって、武勇伝をとうとうと語ったりして、「お前たち経験浅いからな、時代が違うから なおれと、、」ってこう、そういうふうにとうとうと語って、、じゃああなたは、語るあなたはいまなに がしたいの?何にわくわくして、ドキドキして、どうしようと思っているの?って。いつも過去の武勇 伝ばっかいっているけど、なんか、どうなのって思うことがどこに行ってもあって。学校にいけば先輩 がいうし、職場にいけば職場の上司がいうし、ダンスとかやっていれば、その上にいるひとが、おれら の時代がっていうし、同世代のひとも若い人にいっているし、、、嫌で、、、それよりなんか、、ねえ、い まこんな気持ちで働いている、、いまこんな感じでクリエイティブしたい、、っていう風に思いたいと思 っている、うまく説明はできないけど、、、っていうのを思ったりして。、、で子どもにたかみさんいわれ たじゃないですか。自分もたぶん子どもいないけど、もしいたら、別に後輩でもだれでも、問いかけら れることって絶対にあるなって思って、、でも、、こたえられる生き方したいなって、口だけじゃないく て、実行できる生き方したいなって、、いうのを、、、なんか聞いてて、おも、思ったんですよね、。たか みさん、やっているから、、。すげえなあって、思った、っていうだけなんですけど、、。
た:そうね、、返ってくるよね、ことばって自分に。ははは、もう痛感してるわ。
む:返ってくる、返ってくるよなあ、、、
た:そうだからなるべく、いいことばを言おうと思っているけど、なかなかむずかしい、余裕がないと むずかしい
む:返してくれたからいいですよね、その子どもが、自分に返してくれたっていうか。その、自分がい ったことを、、もし返してくれなかったら、自分がいったことを、違うひとに返しちゃう、、たりとかし たら、、なんか、、。「昔はこうだったよ」「昔はこうだったよ」「昔はこうだったよ」そうなっちゃうから、 たかみさんの子どもが、こう、こういうふうに戻してくれたから、、ああ、そっかあって、それでまた違 うことばを返していってっていう感じで、、、、流れないで、なんかちょっと、こう、クルッっとあると、
べ:なんか今の話を聞いて思い浮かんだことなんだけど、その、立ち位置が変わったわけじゃない。前 はその週末に子どもたちと触れ合う程度のお父さんだったのが、今は、けっこうがっつりと関わるパパ、 っていう立ち位置が変わったことで、なんか、、見え方が、見え方とか感じ方とかが、変わったのかなっ て思って、、見え方とか感じ方とか、、
た:子どもに対して?
べ:子どもに対しても、そう、だし、、、そうね
男性が生きやすい社会構造を痛感
た:うん、うーんとね。全体的なことを、やっぱり変わるよね立ち位置は。うん。あの、まあ、要する にこう、、男性、、、、、、が生きやすい社会の構造になっているんだなっていうのはものすごく痛感。うん。 辞めてみてね。そう。うん、、、簡単に言うと、家事育児を、女性に押し付けられる環境に、男性はいる なって。だって会社育休くれないもん、仕方ないじゃんって。、、そういうのが、、より、、中にいるとね、 まあそんなもんだろうなっていう感じがしたりとか、、流れているからねその中にいると。一歩引くと、 やっぱおかしいよな、狂っているよなって思えるのよ明確に。そういう社会おかしいじゃん。どこのだ れがそんな社会つくったの?って思ったら、思って調べたのよ。あのー、そしたら、その本ではね、今 のこういう社会の形になったのは、主に、次男以降、主に長男じゃない人間がつくった。なんでかって いったら、日本がほとんど農村でやってたのが、川崎とかっているみたいに工業地帯とかになってそこ で働く人たちが出てきたよって、。新しい生活スタイルになってきたよ、会社っていう装置ができてきた よって、そのひとの履歴書とかあさってると、長男は実は家を継いでいて働き手の次男以降。だからど こにも行けるのよ、次ぐ必要がないから。で、そのトップに立ってまとめるのが次男なのよ。長男的な まとめ方じゃない、次男的なまとめ方っていったらおかしいけれども、そうやって次男たちが長男から、 うーん、家の二番手なんだけど外に出れば一番手になれるっていう。そういう次男たちがつくった社会 ってそれを読んでぼくが勝手に解釈したんだけど。 だからぼくは長男だから、弟くそめーって思って、 いやいやくそめってほんとは思ってないけども、でもやっぱり弟はいま静岡にいるんだけれど、家から 離れて自由に。青森いって、飛田行って、、、自由だなって。ぼくは、あのー就職活動するときに母親が もうその時病気が進んでいたから、、、、就職活動のときに言ったのよ、面接のはるか手前なんだけども。 転勤できませんって。「母親がこういう状況でぼくはずっと家にいたいです。大丈夫ですか」って聞いた ら、「うーん、希望は聞くけどその通りになるかわからないよって。就職氷河期だったから大きいところ しか基本ないのよ。そこらへんの小さいところはそもそもそんな雇う余裕なんてない、切るかどうかっ て、とれるかってとこだったから、まあ、、募集あるところは大きいところで、転勤できるひととぼくは 戦わないといけなかったのよ、ぼくは無理だったの、そもそも無理だった。だって家のこと、、、母親に ついてないといけないし、そりゃ希望は聞きますけど、、ってそんなんじゃちょっと働けないよそこで、 って。じゃ向こうからすれば、就職氷河期だから選びたい放題なのよ、学生さんたくさんくるから。そ んなの勝てるわけがない。という恨み節を、ははは。だからそういうような社会のしくみをつくってい るのは、比較的家から自由な人たちがつくっている。つくった社会なんだなって、ちょっと思いました。 勝手なんだけどね。まあ、ちょっとね、、、そういう社会を変えるとはぜんぜん思ってはいないんだけど、 そういうのあってもいいの。なんでかっていうと次男の生き方があるからって思う。これってすっごい 封建的な考え方みたいだけど、どうしてもこの日本の社会のなかって、兄弟っていうものがあって、や っぱり長男がっているのがそういう文化がまだまだ残っているなかで、うちもそうだけど、そういう次 男的な、、ようは家から離れて自由に生きられる生き方ってのがあって、そういう人たちが、ね、いろん なとこ行けて、、いろんな生き方があっていいんだけど、、もうひとつ別の生き方もほしいなって、、、気 がするんだよね。それは自分の努力だとかじゃなくて、社会のさ、景気の善し悪しだからどうしようもない、ははは。うん。そう、っていうのをちょっとね、もう恨み節だよこれははは笑、、、、、。そう、あ、 そうね、、あっ適当に話してもいい?ぼくねいちばん初めに働いてたのが、、それでも就職したのよちゃ んと、、就職活動しないでそこらへん(新大久保)で遊び歩いていたの、学生のころ。それでそこらへん で知り合いの社長つくって、で、働かせてもらった、ははは。だからここね最初の職場なのエリアが。 まあ、ぜんぜん変わっているんだけどさ、。そう、もうふつうに就職活動したってお金ばっかかかるから もういいやって、諦めたのね。
べ:あれ何年生まれでしたって
た:55 年生まれ。
む:氷河期ですね
た:もうちょっとで出口なんだなー。ぼくの時でねーぼくの友達が 200 社受けてるの。よくお金あるな って。
む:すごいですね
た:ようするにエントリーシートでおしまいなんだよね。もうそれだけで門前払い。
べ:何年くらい続いたの、氷河期って。うちの旦那さんが 47 年生まれ。で、ちょうど氷河期。
た:長いねー、だから 10 年ちょいか。ぼくの妻が 5 歳さなんだけど、4 学年下なんだけども、その時で、 その時でもきつかったんだよな。ぼくのあと5、年、6、7 年先で出口、
べ:それって何年くらい?奥さんが就職しようとしたときって た:西暦でいうと、何年くらいかな。2008、9、10 くらい?
む:最近ですねー
た:で、妻の先輩たちが、あのーそこそこ名前のしれている大学なんだけど、就職がないって言ってた の。で妻の就職するときには、そんなに苦労してなかったから、ぎりぎり出口あたりなんじゃないかな って。まあ、、だからなんだろう、、自分のちからじゃあどうしようもないよねっていうところの中で生 きているんだから、、そんなのぼくのせいじゃないじゃんって。だから、まあまあ仕方ないよね。努力 なんてそもそもしてなかったから、あははぼくの場合はね。
む:してもどうしようもならない、、、
どうしようもならない努力はやめた、、異文化との出会い
た:そう、してもどうしようもならないからぼくは早々に、努力はやめようって、、、、、、。まじめな人が 多かったぼくの周りも。うん、みんながんばってたなーすごいと思う、、、、。そんな感じでそうね、ここ らへんはね大分変わりすぎてあれだけど、面白いのよ。あっ新大久保だから新大久保の話をちょっと、。 ここ何が面白いってね、、適当なんだよね。あのー、、法律的にもけっこう適当な町なんだよ。うん。そ うよ、ぼくの時は、今は知らないけど少なくともぼくのいたときは不法滞在なんてあたりまえだったか ら。でぼくも友達もあの、そこらへんの、アパートの一室で働いていて、ヤクザが来ると、みかじめ料 じゃないけどそれを渡してとかさ、。ここらへんじゃそういうのがふつうにあったりとか。まあまあ、み んな適当で楽だったんだよね。ぼくも適当に生きられたから。ぼくも最悪ここで、何かあったら来て一 生懸命やれば適当に生きられるって笑。おもしろいのよねー、チャレンジ精神旺盛で、。日本にきている からさ海外から。やっぱなんか当ててやろうって気持ちが強いのよね。それ絶対失敗するでしょってい うのも果敢に挑戦するから、面白いのよ見てて、ほんとチャレンジ精神旺盛。
む:なんでそんな関わりが多かったんですか?そういう、、たまたま遊びにいって出会うんですか?
た:ああそれはね、あのー大学生のときに遡るんだけど、大学生のときに地元でボランティアしてたの よ。それはお弁当つくって地域のお年寄りに配るってそういうのだったんだけど、そのボランティアや っていると、おばあさんで、「あなたちょっと韓国にボランティアの見学にいくから来ない?」って言わ れて、「お金出すわよ」って言われたの。そうしたらさ、お金出してくれるんだったらいくわけね。はじ めての海外。いったらびっくりしたのよ。何かっていったら、ぼくなんか北朝鮮と韓国の区別もついて なかったのその時。どういう国か、どういうことばをしゃべっているか、どういう建物があってどうい う文化があるか知らなかった。衝撃を受けたのがこれお隣の国だよねって。アメリカとか、ヨーロッパ のことは知ってても、近いはずの韓国をぜんぜん知らなかったの、恥ずかしんだけど。学校で勉強した らそりゃわかるでしょってところも知らなかったの。ああそれですごい自分は、近くの国のことぜんぜ ん知らないんだなってところで、こう、ショックを受けたのねひとつ。で、その後、今度はもういっぺ ん自力でいったのよ。自分のお金で。そこでゲストハウスに泊まり込んで、じゃあどういう国か知って やろうと思って、友達をつくったのそこで韓国人の。それで日本に戻ってきたら、そこのゲストハウス で知り合いになった韓国人が日本にきたのよ。ワーホリで。それで遊んでたんだけどあるとき、話があ るんだって言われて、何かっていったら、日本に留学とかワーホリで来ても、結局同じ国のひととしか 遊ばないんだよって。なかなか日本人友達になってくれないんだよって。これだと日本にせっかく来た のに日本のことわからないまま、自分の国に帰ったときに、良いことは言わないんだって。それはちょ いっともったいないから、そういうサークルをつくらない?って言われて、それじゃあやろうとって言 って、ここらへんを中心としていろいろやったの。だから一軒一軒お店回って、今度こういうイベント やりたいんでお金くださいってお金集めてたの。けっこうくれるの。だからこうやってチャレンジする 気持ちをわかってくれるひと多いのよここら辺。なにか若いときにやろうとしている、「頑張れよ」って お金くれるんだ。
む:チャレンジしてここでやっているから応援してくれたり
た:そうそう、応援してくれたの。だからすごいそういうやろうっていう人のこと理解してくれるんだ なって。だからすごく居心地はいいのよ。
べ:どんなイベントやったんですか
た:それはね、えっとー、まあ学生だから大したことないんだけど、広い駐車場がこの裏にあったのよ。 そこがある飲食店の駐車場だったんだけど、その駐車場を借りて、ぜんぶ車をだしてもらって、そこで 食べ物つくったりするコーナーだとか、韓国の踊りをやるとか。学生で韓国の踊りをやっているひとた ちだとかいるからそれ呼んできたりとか。日本でもよさこいソーランをやるひとたち呼んでそこらへん でバーっというようなこととか、熱海に旅行行こうぜってみんなでバーっていったりとか、千葉の山奥 にキャンプいこうって行ったりとか、まあ、遊びね。そんなことして遊んでた。
べ:イベント屋さんみたいなね
た:そうそうイベント屋さんみたいね。面白かったの。だからほんとイベント屋さんになろうかっても の思ったの。いやーすさまじい業界だから無理だって思ったの。説明会聞きにいって、うん、イベント 関係はすさまじいな、ああ無理って、ははは。それでそのなかで知り合った社長さんに「いやーもう就 職先ないんで、日本こんな状況なんで働かせてください」ってことで働かせてもらったんだけど、また 面白いのよこれ適当だから笑。やること適当だから。そこで僕何やったかっていったら、レジ打ちやっ て掃除やって仕入れやって、市場まで朝車で行って、そこでほんとはやっちゃいけないんだけど物を小 売したり、、。ほんとは市場だから働いているひとに小売したりしちゃいけないんだけど、売るのよ。そ れ売ったりとかね。あはは。それとかトラックに荷物積んだり、。韓国から輸入してくるからその手続き とかもやったのよ。税関に対して手続き。で、集金もやるわ、経理もやってたの。むちゃくちゃでしょ? ひとりでどんだけやらせるんだよって。しかも入ってそれも一、二ヶ月のやつにやらせるの、やれーっ て。これはねー面白くてしかたなかったよね。やらせてくれるんだって。やりたいっていったことやら せてくれるんだよ。ははは。すごかったよねー。そういうのがベースにあるからそこやめて日本の企業 に入ったときに、、、、、合わなくて合わなくてさ、そうそうそう、えーっちょっとまってって、、そのクー ルビズとか、、、、何月何日から入ってってさ、いやあ小学校じゃないんだからそれ自分のタイミングでや ってりゃいいんじゃないのとかさ、、ははは。
む:そりゃ合わないなー
た:でしかたないから、ずっとネクタイしないでクールビズ終わってもネクタイしてなかったら、そり ゃ怒られるよー。なんかさ、、もう合わなくなっちゃうよ、そういうところから。だからね、最初自分で やりたいって言って仕事をやって覚えさせてもらうのがあたりまえだとか思っていたから。その日本の 会社にいったときにそれやりまっくたのよ。そうしたら、結局こう、、上からはああやる気あるなってい ろいろ任されて信頼されるんだけど、上とぼくの間にいるひとからはちょっと、、煙たい、、というような感じ、ちょっとそういう軋轢がでたりとか。上のひとは可愛がってくれるのよ。ちょっとなー難しい な、ははは。だから次うつったところは、あんまりそういうことやらないどこって、あんまり自分から やらないようにしたら、今度は「おまえあまり仕事しないな」って、あははは。もうバランスがむずか しい、なんだよーって笑
む:何してもしなくても、笑
た:そうそうそう、まあ、難しいわ。で、学生のころ日本人のいないところでバイトしていて。そこで 仕事覚えるのにメモしていたら怒られたのよ。そんなの学校じゃないんだからね、仕事はメモなんかし て覚えるんじゃないって。日本いたら「おまえメモしろよ!」ってあはは。こんだけ違うんだなーって、 真逆だなーって思ってさ
む;ねーなんか正しさなんていい加減ですね
た:そうそう、そういうの見てるからさ。いろんな面白いの見てたからさ。そりゃちょっと窮屈だわな
って思ってね、日本企業。
べ:へー、そんな歴史があったとは、、、新大久保で
む:へーなるほど、新大久保なんかあるのかなあって、
べ:わたしもそう思った。なんかこだわってるなーって
た:ああでも新宿だったらね、こっちのほうが人少ないと思ってたから、そもそもね、だったら新大久 保かなって。で、新大久保ってきまったら、なんかワクワクしてきちゃって、何十年かぶりに行けるか もって!そのワクワクが抑えきれなくなっちゃった、ははは。
む:よかった
た:気持ちがきてしまったから、先に む:はじめて聞いた気がする。そこまで、、 た:そう、あんまり自分の昔の話なんて、なかなかね、する機会もないし べ:ね。ひとに歴史ありってこういうこと、ね む:する機会がないっているか、する、気がおきないってことですか?
た:ほかにいろいろ話すことがあるからねー。別に自分の過去の話より、もっと先のことが目白押しだ から
む:なるほど
た:そう、悪いことじゃないから、
む:うんうん
た:でも軽いね、うん、でも軽いな。いやーでもムネンクさんのいままでの note のさ。みんな深―いは なしだから、
む:いやいや軽いとかそういう、、、おもしろいですよ!重い軽いはわからないですけど。
た:前のひとたちがすごくいい話してさ、こうしてポコッとさなんかも、カスカスのがきたらなんかプ レッシャーじゃないん?あはは
む:まあ、別に問題を探すとか苦労話を探すとか、そういうわけでもないし、、なきゃないでいいし、あ ったらあっただし、これぼくが自分の楽しみでね、やってるだけですからね。こういうと失礼ですけど 面白半分でやっている、でも、ただ、ただ、こんな面白いんだったらもったいないな、って。ちょっと 残したいなとか。でも研究にするとめんどくさいから。だったらもっとお手軽にさらっとやろうとか。 いやおもしろいですよほんとに
た:いまつくろうとしている、うまくいくかわからないけど、いろんなひとに助けをもとめようと思っ て。だからもしかしたらいつか助けを求めるかもしれないから、そのときはお願いします。
む:うん、助けてって言っていいですよー
た:うん、こういう風な声があるんだけどちょっとーって。うん。みんなね、変なものに騙されちゃう から
む:変なもの
「発達障害」って、、、??
た:うん、その発達に関してね。あのー難しいけれども、なんか、ああそれその言葉そのまま信じちゃ うのかなーって。
べ:たとえば
た:そのままよね。たとえば、「あなたのお子さんは、数値でみてこんだけこうですよっていうのを、鵜 呑みにしちゃうよね。そんなのなんか、、じゃそのテストそのものの信憑性ってどうなの?ってのは、そ こまで考えない。親はなにをやらされているかわからない。子どもはなにを受けているかわからない。 面白いのよ。「親御さん、子どもが何をうけているのか調べないでください」って言われるの。
む:ん?
た:どういうテストをするのか、親御さん知らないでくださいって。こういうテストをやるって、テス トの名前はおしえてくれるのよ。なにをやるかは教えてくれない。調べないでくれ、知らないでくれっ て。なんでって?親が受験対策じゃないけど、子どもにそのテストにいい点をとるための、なんかする かもしれないんでって、、。いや、そんな、、そんな、、なんかめちゃくちゃなもので測って、あなたのお 子さんこうですよって言われたらふざけんなって感じじゃん。そんな繊細なもので、大きく変わるの? って。内容が、そんなのボンボン変わるので、あなたのお子さんこうですよって言っちゃうの?でも親 は信じるのよそれ。やっぱり専門家の専門機関のずっといろんな子どもをみているひとの言葉だし数字 だし書面だし。
べ:ふーん
む:まあ、信じちゃい、ますよね、、、なんかすごそうなひとがすごいところで、、、
べ:ただ数字ってこわいよねー
た:ほんとこわい
む:いかにも根拠らしく聞こえちゃったりするし、
た:そのね、まあ、、難しいけど、正常と正常じゃないひとの境目ってほんと難しいよ。だれがどう決め たのって。そのひとが「60 にしよう」っていったら 59 のひとは落ちちゃうからさ。「じゃあ 59 にしよう」 っていったら 59 のひとは助かるから、その境目って、。特に発達障害なんていうのはなんだろう、あ ってないような、あのね、あまりにも範囲が広すぎるから、あのーなんだ、、たとえば数学ができない とかあるのよね。数学だけができないって、それひとまとめにしちゃっていいの?とかさ。なんか違う んじゃない?あまりにも概念が幅広すぎて、それをひとまとめにして、じゃあ君たち同じ土俵にいてね っていったら、それもなー、、、って思いながらね
む:いやーそうだよな、、、、ぼくもよくわからないですね正直。説明してって言われたら、、あんまり言 えないしな、、、
た:たぶん明確に言える人っていないだろうし、言えちゃったらまずいんじゃないかなってぼくは思っ てるのよ、うん。で、定義がどんどん変わっていくのよねものすごい勢いで。うん。どうみても、おた くのお子さんやばいでしょって言われて、でも何も利用しないで普通に進学していくっていうのもある しね。あなたのよっぽどどこか相談機関いったほうがいいですよっていうときもあるんだけど、けっき ょ行くそれはいかなきゃいかないで、それは個性として扱われていくわけ。
べ:うん。先生たちはどうやって判断しているの?中学校の先生は
た:それはね。利用したいですって言ったらみる感じ。
べ:それ親が?
た:うん親が。申請するの
む:ああ、じゃあ先生は別に、
た:うん、別に、。
む:じゃあ、こころのなかであやしいなって思ってる、だけ、か、気づいていない、、
た:そういう子がいたとしても、ええっと、、わからない、先生にもよるけど、基本先生は、親に対して 「おたくのお子さんちょっと支援必要じゃないですか」って言わない。基本言わない
べ:ってことは、たかみ夫婦が必要なのかなっていう風に感じたの
た:うちの場合は、えーっと、長男保育園いってたんだけども、保育園で、「ちょっとこの子は日本語が 通じているかどうかわかりません」ってそんなようなこと言われたのよ。でもあれーうちでは普通にし ゃべているし、日本語通じているのよ、だけどなーおかしいなーって。で、まあ専門家にみてもらって くださいって言うんで。で、ぼくはもともと心理学も勉強していたから大学で。おおこれは面白そうだ ぞと、ぼくとしてはおもしろい、で妻も教育に関心があったから、、みてもらおうってことで、母校の相 談室にいったの心理相談室。安かったの一回 3000 円で破格のね。そのかわり学生さんもみますよって。 そういう。安いし母校だし、まあいいなってってことで行って。ああ思い出した、これ脱線するんだけ どね、学生さんがいるんだけど、学生さんが一生懸命「大変でしたね、大変でしたね」って何度もいう のよ。大変じゃないのよ、その相談のときね。ああこのひとおれを大変にしたいだけだなとか、まあ学 生に対してよ。まあ学生さんだからさ、
む:ああ学生っていうのは、そのカウンセリングをしているのが学生ってことですね。
た:うん。まあもちろん先生もいるんだけどね。まあ学生さんだから、すごいこの学生さんどんだけ僕 を大変にさせようとしているんだろうなって。
む:自白させようとしているんじゃないかな、あはは
た:そのたびに、いやーはじめても子どもなんで、あんまり大変だと思わないんですよねーって何度も 言っても通じないのよあはは。で、、、まあそういうの行って、検査したら、あのね、、、能力は基本的に 高い。だけども、集中力だけぎりぎりラインだったの。で、これ以上悪い数値がでると障害のレベルな んだけど、そこまでではない。でもギリギリですって。そうなるともうその日の気分によって、変わる もんだろうなって思って。それで、小学校にあがるときに、どうしようかって話になったの妻と。小学 校にそういう支援があるって妻は知っていたから、妻は、ぜりやりたいと。どういう教育が行われてい るのか間近で教員としてもやりたいと、ぼくは支援の先生からは事前に相談しているんだけども、どっ ちでもいいですよって言われてたの。まあ無理にねそうい支援をいてくださいっていう感じでもないし、 どっちでもいいですって感じで、、、ぼくもどっちでもいいですよって言われるんだったらじゃあ本人に 聞いてみようって。それで本人に「こういうところがあるんだよ、週一回別の教室行って別の勉強する よって、どうするやってみたい?」って言ったら、「うんやってみたいー」ってそれでそこからスタート なの。その流れで 6 年生までやったの。また中学でね、「どうする、小学校と同じように週一回抜け出し てやるー?」って言ったら「じゃあやろうかって」。ぼくもさ、大丈夫かなあ、わかってるかなーって「な んで中学でもやりたいって思うの」って聞いたら、「作文が苦手だから、作文を手伝ってもらうんだ」っ て。小学校の時、作文が苦手だったから、彼としては作文が嫌で嫌いだからそこで先生と一緒に先生と 作文が一緒にできると、そういう認識があったから。
む:へーうまくつかってますねー賢いですよ
た:うん、そうそう、彼としてはそういう、劣っているとかそういう感覚じゃなくて、助かるからつか うっていう感じで、
む:そういうものですものね、ほんとうは。
た:そう、それは妻のねー考え方が大きかったよね。何かあったら特別なことをしてもらえる場所で、 すごくいいところだよって、。で、もちろんそうなのよね。個別だよ、、。個別指導だよ、タダで、すごい でしょ。タダで個別指導っているね。うん。すごいのよということで、まあ本人も前向きに。ぼくも別 に、あのーそういう特別支援いってるからって、、これはなんだろう、、気は使うけどね。うん。気は使 うけど、、まあいうのはためらうことはあるよね、説明してもわかってもらえないことがあるから。
べ:だれに対して気をつかうの? た:いろんなひとに。まあ、そういう話になるときもあるんだけど、やっぱり説明しなきゃいけないこともあるんだよね。そういう時。でその時に発達障害っていうと、あのー「精神病ですか?」って聞か れたことがあるの。んー、彼が言っている精神病っていうのもよくわからないんだけども、、「いやー脳 の神経のほうだと思うんですけどもね、ああじゃああれだ、暴力的とかそういうことなっているひとい るわいるわ」って。いや、暴力的とか、、もう、、彼の世界とは、もう説明がめんどくさいんだよね、
む:噛み合わないですね、、、
た:そうそうそう噛み合わない。発達障害って言葉がひとり歩きしていたり、あの、、イメージの世界だ し、、うん、まあ、むずかしいなーって。だからかなりはぐらかす。そうとうはぐらかす。はは。でね、 あるひとにね、中学に上がる時に、「いやー中学に上がるときにちょっと心配でね。先生と相談している んですよーっ」って、したら、「大丈夫でしょう。中学なんて親がそんなに心配したってね、勝手になる んだからー」って説教始まったから、あーめんどくさいなってなって、「いやいやでも発達支援の先生と いろいろ相談しているんですよ」って言ったら、ちょっと感じたんだろうね、、。「あっ発達支援の先生と 相談、、か、、ああそっかー」って。で、長男もいるんだけどね、また一ヶ月か二ヶ月後にね、またその 人と会うことになってね、したらそのひとがなんて言ったかっていうと、長男にむかって「覚えている かなぼくのこと?」って。覚えているわそりゃ!あはは。なんだろ思っているんだ、いやどこまでだと 思っているんだこのひとはって笑。難しいでしょ説明って。すっごい難しいの
む:大前提としてその人がどんなイメージもっているかわからない、
た:わからないよね。だから今度の会のひとつの見解として、親としての見解をだして、専門家じゃな くて、医者の見解じゃなくて、こっちの見解をだして広めてやろうかなって、おもしろいでしょ。ポス ター一個つくっても、いろんなお店にこう配り歩いて貼ってくださいってやろうかなってあはは。
む:おもしろいなー。
た:いろいろできる
む;実際インターネットが普及してない時代に手配りで、「これ頼みます!」ってやってきたっていう経 験の財産がありますものね
それぞれの工夫、発想を言う場所がない
た:ああそうね。そう何かをやれば、とりあえず何か形になるっていう経験はしてたから、やればなん とかなるんじゃないって思うのかもしれない、それあるのかもしれない。ぼくひとつぜひやりたいこと があってね。この会で、やっぱりその、ひと家庭ひと家庭いろいろと考えて、いろいろ技術なら技術と か工夫とか、発想とか考え方とかもっているんだけど、それ言う場所がないのよね「わたしはこの子ど ものことこう思ってますとか」、それをじっくりと言う、聞く、表明する場所が欲しいんだけども。それ をねー難しいのよね。手伝ってもらると助かるなーって。聞くってね、ほんとにむずかしい。ほんとに。 邪魔しちゃう。そのひとの。
む:誰かが話していることを邪魔しちゃう??
た:そのひとの言いたいことを邪魔しちゃう。のかな。わからないけどね
べ:うん
た:もしかしたら協力お願いするかもしれない。でもこれやりたいんだな。ほんとにひとりひとりおも しろいひとが出てくるはずなんだよね。
べ:うんうん。そういうことを話す場が、、ない、、ですよね
た:ない。
む:やっぱなんか、発達障害っていったことで、いろんな捉え方があって、嫌な言われ方することもあ ると、なんか、言うのためらっちゃう、、こともあるような気がしたりして、、、、で、言わないでいいや って、うちではこう工夫していることがあってもわざわざ言わなくてもいいやって、変に誤解されても 嫌だしって、、なるかもしれないし。
た:ぼくの個人的な、あれだと、、まあ発達障害なんつーわくってやつはなくしちゃっていいんじゃない かって。で、そう、野望ね、こっから先はぼくの野望ね。その会でやるか、その拡張したのでやるかは それはわからないけど、ひとつの経済活動をしたい。何かっていったら、そりゃいろんな特性を持った 人達が自分らしく働けて、かつ、生きていけるだけのお金を得る、ことができるだけの経済基盤ってい うか、経済活動をしたい。で、それは、翻っていえば、かなり自分に特徴をもっている性格なり物の見 方なり、興味になり、かなり特徴をもっているひとでも、そこで安心して働ける場所はだれにとっても 安心して働ける場所になるはずなので、そこは信じる、そこは信じるの、そこはターゲットしぼって。 ということは、それを試すことによって、日本中のいろんなひとがもしかしたら生き生きと働ける場所 がひとつ増えるんじゃないか、この日本に、社会にできたらいいなって。野望ね、、、、。あのね、べらぼ うにねやっぱ優秀なのがいるのよ、、、ある分野によっては。でも残念ながらでもね、だからさ、いや会 社によってもそうなんだけど、いまは能力よりもその、コミュニケーション能力のほうが大事にされて いるから。うーん。いくら能力があっても、同僚や先輩や、上司のコミュ力。ほら好かれるほうが大事 だからね、、。
む:そうかー、
た:でもさ、、そんなの気にしなくていいんだよってさ。笑顔が下手だったらいいじゃん笑顔がへたで。 笑顔なんかださなくてむっつりしてたってさ、ははは。絶対それがうまくいって、みんなそれぞれが、 それぞれの働き方で働いてお金得ることができたら、まあ、完成だね。ぼくのなかのひとつの
「発達障害」というカテゴリーと見える化について
べ:その障害っていうことば自体はなんか、なくなったほうがいいなってわたしも思っていて。発達障 害に限らず、知的障害も精神障害も身体障害も全部そんな枠組みとかがなくなっていいと思うんだけど。 でもそのなくなる前にいったんやっぱりこうカテゴリー化しないと、なんか、いわゆるそのマジョリテ ィって言われるその世界観のなかでは生きづらくって、、声も出せない状態で、こう、沈没していくって いう人たちがいる、のかなあ、、、って思って、、。そのカテゴリー化するっていうのはすごく怖いことだ し、する必要はないと思うんだけど、、、けど、、それをするために、、、一旦はなんか、、まあこういう特 性があるんですよっていう、、、、、、
た:見える化、、
べ:見える化っていうんですか、うーん、、したほうがいいのかなあ、、とか、しないと、理解を得ら れないのかなあ、、って
た:むずかしいよね、、たとえばぼくがよく思うのは、、発達障害ってまあ、ひとことで言えば、、まあ、 サザエさんだったり、おっちょこちょいだったり、不器用だったり、コピーちゃんととれない不器用な こねーとか、で済んでいたところがある。あいつ几帳面ねーとか、実はぼくの会社ではもろそういうよ うなひとが何人かいたと、うん。あれ絶対そうだよなって、でも、おじさんだけど、ひとりはマシーン って呼ばれてたの。あいつは仕事マシーンだって。一日中だれとも話さないで、で、しゃべるときもボ ソボソと。そのときは平成だったけど、オフィスの島で、その人が全部上脱ぐのよ。で拭いているのよ 身体。で、周りは若い女の子ばっかりなの。ぜったいやべーなって笑。でもそういうひとでもあのひと はちょっとなーっていっても認められて、仕事してお金もらえてたんだけど、、結局追い出されちゃった のひとりは。その追い出されちゃってるのをみて、やばいなって思ったの。今まであいつはしかたねえ なって笑えていたのが、なんで笑えなくなっちゃったんだろうって。
べ:ふーん
た:あと、会社うつって、ある上司がいてぼくの先輩がいて、そのぼくの先輩がやっぱりね、あのーお っちょこちょいなのよ。ちょいちょいミスするのよ。どうでもいいミスをちょいちょいするのよ。で、 また隠すのよ。ははは。隠して、どうにか自分でしようとしてたりするのよ。まあいるじゃんそういう ひと。ただね、頭にきたのはねそれを見て上司が、「あいつ絶対発達障害だよ」って言ってんのよ。
む:うーん、、
た:ああ、こういう使い方を社会ではされるんだって、思ったのよ。カテゴリー化したらそれでいいわ け?って。あなたそれで納得してくれるの?って、いいじゃん別に不器用くんで。わらいながら不器用 だからいいよって、どうしようもねえなって世界で留めてくれれば、、、いいよって、、、おれもしょうが なく生きるからしょうがなく生きようぜって、、、
む:住む場所をわけちゃって、、自分と、違う、世界を分けちゃう、て、
べ:でも世界をわけるのは、別に診断名がついたからっていることではなくて、診断名がついたことに よって、それをみる人々が勝手に隔ててるわけじゃないですか。今の話を聞いてて自分が癌になったと きに、別に癌って診断名がつくことは何も悪いことではないっていうか、それはもう事実なわけで、で もその癌ってなった瞬間に、「あなた癌ですね」みたいに、なんかはしごを外されたような感じがしたん ですよ。いろんな、いろんな普通の人たちが送れるような、なんか未来を描けなくなる、、うん、、社会 の構造が、、あって、、だから、たぶんカテゴリー化っていうか、診断されること自体、こういった特性 がありますよってことがその証明されること自体は、そんなに悪いことではなくて、ただ、その証明さ れたが故に、その社会の見る見方が変わることに問題があるんじゃないかなって、いま、なんかいま話 聞いて自分のなかで、すごい腑に落ちた、うんうん、、、
た:そうね、、そう、、。まあ、発達障害でいえば、ぼくもいろいろ考えて、、あのね、、、、、サービス業だ とやっぱきついのよね、、、。第一次産業とかだとぜんぜん、、黙々とやっていればいいし、そのなんだろ う。お客さんに愛想振舞わなくてもいい。で、あまりにも、サービス業、サービス、そういったものが 増えちゃったから、そこに適合できなくなった人たちが増えちゃった、、
べ:でもそれ自分のそういう特性を知っていて、わたしこういう特性をもっているから、じぶんはサー ビス業はむずかしいと思うんです、でも、集中力はありますから、こういうコツコツやるような仕事と かは得意ですって堂々と、ああそっか君はそういう特性をもっているんだ、そっかぜひこの部署をお願 いしたいなってそういうことをなんか、こう、みんなが普通に、言えるようになればいいなって
む:そうですね。それがなんか健全な理解のしかたっていうか、。そのー「おまえ発達障害じゃないか?」 っていうひとに、発達障害ってなんですか?って聞いたらこたえない、答えられない、かどうかは疑問 とかして、、
べ:発達障害であることも、知的障害であることも、精神障害であることも、それはもう悪いことでは なくて、障害っていう名前自体がなくなることがほんとはいいんだけども、、でもそれがあったままで、 それに対する自分たちのネガティブなイメージ、が、変われば、、、うん、、いいんだなって、、、思ったん ですけど
た:うん、だから、言葉変えないとむずかしいと思う、、。
べ:ちがう言葉に、?
む:ちがう言葉に、たしかにそれは大きいかもですね、
た:言葉刈りじゃないけど、それもいくつか考えて、、で、それでちがう言い方しませんかっていうのも その会でできればなっていうのがあるんだけど。うん、、難しいよね
む:そこの、そのちがう言葉でいいませんかっていう、、あれを、、日本全国にっていうと難しいけど、 自分たちのグループのなかではこうしませんかっていうのだったら、ちょっとは、、話通じるひとには、 そいうのは、、でき、そうですかね、
た:そういうのはできる、、、、なん、、、、、でしょうね、、、、うん、、、なんていうかね、、、、。こうサラリー マンやってて、、、まともなひとにあったことがないの。みんなおかしいのっていいていいくらいみんな それぞれ特徴があるの。それを、、、なんだろう、許容できなくなっている、ていう、んだよね、、
べ:それはありますよね、、
た:許容範囲がどんどんどんどん狭まってきて、、そのうち、このままいったら、、働けるひといなくな っちゃうんじゃないかなって、こんあ狭っちょろい、、、
む:うーん、、なるほど。あれですね、抗体価が下がっている、、ているか、、。触れない、触れなくっ ていうかわからないですけど、、無理やりこじつけですけど
べ:あー、そうか経験がない、、、
む:経験しない、させない、なかったかのように、
た:そう、ひとり追い出されちゃったひとは、何かあったら、「不公平だ」っていうことで追い出されち ゃって。あいつは得意な分野があって、得意な分野しかしないのよ。その下の人が中堅を超えて、どう しても許せなかったの。「おれはいろんなことやって苦労しているのに、あいつはあれだけやって、おれ よりいい給料もらっている」
べ:合理的配慮なんですよって、うふふ、
た:それ合理的配慮っていうか、なんていうんでしょうね、その、、、別にいいじゃん、、って。っていう かそういうひともいるよって。世の中だって白黒やっているわけじゃなくて、そういうひとも世の中に いるよって。でも、許せなかったんだよねきっと、。10の努力をしたら10のものがもらえるんだから、 あいつ3でなんで11もらっているんだよって、いうのが許せない、、。そんなことばっかりじゃん。そ んなことだったら、みんなもっとお金もらっていいはず、もっとお金もらっていいくらいの苦労してい るはずなのに、だれに行ってるのお金って。まあ、一般企業でいったら上層部と、株主だよね株式会社 だったら。うちら一生懸命働いても株主にお金いくんだから、、、っていう話なのよ
む:そういう働きかた、組織のありかた、とかっていうことにも行き着く話ですよね。
た:そう。だから努力した分返ってくるものじゃないんだよね。
む:でも学校とかでも、「努力は裏切りません」とかね、、「努力すれば報われます」みたいな、まあ、言 う人もいるじゃないですか、「がんばれば報われる」とか、、
べ:大半がそうですよね
む;なんか部活でも、まあがんばって練習していれば上手くなって出れるひともいる、でも実力ないけ ど、がんばっているから試合に出させてもらえるとか、、「がんばっているから」報われるっていうのが つくられちゃっているみたいな、なんか、なんだかな、、って。たまたまじゃん、結局。たまたまうま いだけで、たまたま練習好きなだけで、とか、たまたま、、なんか、それを努力と言われて、みたいな、
主夫をする中で感じた自分という公共
た:そのなんだろう、努力とか、、全部、、そのひと個人に所属しちゃうのが、それこそママ友たちとい ろいろ公園いろいろ見てみて、他の子どももっていうなんだろう、、自分の努力とか、自分の時間とか、 いうなれば、自分の時間っていのちだよね、もっとなんだろう、、自分だけに所属しているものじゃない、 公共のものだなって、自分てのは公共であるっていう感覚が、男社会にはものすごく少ないって思った。 男社会っていうか、会社ね。自分の時間は自分のもので、自分の給料は自分の努力で得たもので、すべ ては自分に帰属している、自分の行動行い存在は、すべては自分の行動に返ってくる、、、。でも逆、な んじゃないかなってのも思ったの。自分の時間は相手との時間、共有の時間であって、それをなぜかお 母さんって朝起きてから寝る寸前まで、お母さんなのよ。うん、自分じゃないのよね。それっていいん だと思うのよ、別に。もともと自分って公共のもの、みんなのものっていう。そういう感覚だったらい いんだと思う。24 時間お母さんでいるの大変なのよって、大変なのわかるけど、大変思っているのは、 社会が大変だと思わせちゃっている、環境が悪いんであって。お母さんってのは公共でいいんだよって。 だから僕の人生は僕の、ってことは、何かっていうと、ぼくの人生にぼくは責任はないってこと僕自身 は。ぼくが生きていることって社会の責任だから、ぼくが生きていけない社会はみんなの責任だよって。 っていう感覚、が、芽生える、芽生えてくるのよね、そう、、だから、その、区切る、、あなたは障害が あるよって区切るんじゃなくて、あなたの障害は公共のものだよって、だから会社で、このひとは、そ のなんか、この仕事しかやってないじゃんって、10 何年間この仕事しかって、しかもその仕事も世の中 の技術がすすんでも、そんなのいらなくなっているじゃん、で、やめさせるんじゃなくて、彼は公共物 ですと。彼の人生公共のものなんだからみんなで守っていけばいいんじゃなって発想が、、ほしいな、、。 だから、、それってそうね、、その、生活保護ってまさにそうね。自分で自分の人生負えなくなったから、 みんなのお金で助けてねって、公共に人間になるんでしょそうやって。だからその分いろんな制約があ るんだけどね、、、好き勝手はできないんだけど、、、仕組みとしてあるじゃん、医療費もタダになるじゃ ん、、て。ってことはもともとみんな公共のものなんだよね。人間てのは社会のなかで生きているんだか ら。それ野生になって、一匹狼でって言ったらそれ公共でなくて、個、でいいと思うのよ。そんなのは、 山奥でひとりで住むんだったら。そうではなくて、社会のなかで生きているだったら、いいじゃん、みんな公共になろうよって。なんで、全部自分の人生とか自分の命とか、自分の髪の毛一本まで、これ自 分のものなんだって、、、そこがなんか、、病気だよね。ぼくもそうだったのよ。自分のお金は自分のも のだと思っていたのよねほんとうに。自分の家は自分のものだと思っていたし。自分の土地は自分の土 地だと思っていた。でもぜんぜん実はちがうってそこから抜けないと、たぶん、この発達障害だけじゃ ないけども、この問題っていうのは、突破できなそうだぞっていうのがあってね。
べ:その感覚っていうのは、主夫をすることで、ママ友との交流のなかで、
た:そう。そうなのよ
べ:ママ友はそういう感覚をもっているのかなあ。
た:たぶんそんなのは意識しないで、自然にやっているんだと思う。なんでかって言ったらぼくは男社 会のなかで、しかも古い体質の会社だったから。もろ年功序列だし、あの、給料体系も出世のしかたも、 まあ、むかーしのね。だからそうクールビズだって頭おかしいよなって思うけども、みんなはそれを皮 切りにどんなひとでも、60 のおっさんでも、それを皮切りにつける。自分でつけたいつけたくないじゃ ないの。そういうのがまかり通っているような会社だったから、落差のなかで気づくの。違いのなかで。 だってみんな普通に主婦なんて、「ああじゃあ見ててくれる、ありがとうー」って。買い物いってさ、他 のひとに自分の子どもみてもらいながらさ、自分は、やっぱり、、逆に、、じゃあ見てるわねって、交換? 自分てのは対価じゃない。お金で動いていないんだもんだって、お金の関係じゃないなかで、やりくり を普通にしているから、意識していないんじゃないかしら。でもそれ僕からしたらすごく不思議なのね。 これ会社だったら、「何時間みてたから何百円ね」ってお金のやりとりね会社の全部。企業だから。そう いうところじゃない。だからすっごいびっくりした、びっくりしたっていうか、ああすげー、お金じゃ ない。お金じゃないよこれ、、しかも利益とかじゃない、目的はひとつ、みんなで、みんなの子どもを、 みんなでみようって。社会だ、、、。だからそこの公園にいるときは自分の時間じゃない。みんなの時間。 それで、みんなの時間は僕の時間でもある。そういう、、。ふらっとでフェアで、、。でやっぱりなかには いるのよ、家庭が大変なひとが。いるのね。そういうひとはやっぱみんなでみるのよその子。だれもず るいとか言わないのよ。「あのひとの子どもばっかりみんなでみて」とか、「あのひとはいろんなころを 一人の時間を長くとってずるい」とかだれも言わないんだよ。会社だったら、「あいつばっかり楽しやが って」、真逆、それで追い出されちゃって、、。見えるよね、見えちゃった真逆の世界、ああ、なるほ どね、、、って。うんでそれを言語化するかっとか言語化しないとかは別だけど、言語化すると、自分っ ていうのは、公共のものっていう感覚。
む:ふーん
た:だから、ぼくは自分の人生は自分でどうこうしようとは思っていないっていう、。だからみんな無責 任になろうよってそんな話にもなるんだけどさ、ははは。うん、みんな責任手放して、責任みんなに分 けちゃう。あなたの人生ってあなたの責任ないからって。だいたい自分の人生は自分の責任なんて発想はどこから来たんだって。
べ:どこから来たんですかねー
た:ね。不思議だよね
む:最初から責任なんかとれないですよね
べ:自己責任論につながる
む:ね、男で生まれたのは自分の責任じゃないし、最初からとれない、はは。この時代に生まれたのは、 わたしの責任です、って(笑)
た:でもその責任にね、、ものすごく苦しめられているひとって、、、まあ多い、ほんとに多い。会社のな かでもそうだし、子育てしているなかでもそうだし、自分の子どもを育てなきゃっていう責任、に苦し んでいる人ってたくさんいるし。まあこれ母親に特有なんだと思うよ、、子どもになんか問題があったら、 自分なんか悪いことしたんじゃないかって、育て方が悪いんじゃないかって、責任を感じちゃうだよね。 まあそれは仕方ないよね、、そこらへん男は楽だね、。だって、女性に全部育児任せてっから、おれの責 任じゃない、しーらないって、、うん。
む:うーん
適当に生きること
た:だからもっと適当に生きていいって思うし、適当に自分も生きるから、ひとも許そうよって、。ひと の適当さ加減も許して、おれも適当でいくよって。ああ思いだした。これも全然ちょっと話ずれちゃう んだけどいい?せっかくだから、。会社で働いているときに、あのー煙草を吸ってたのよ会社の先輩と、 たばこ上がるんだって、どうする、やめましょうって。それで禁煙外来にいったのよ。で、ある薬をね 飲んでたの。そしたらすっごい調子悪くなって。とにかく胃が荒れて荒れて、まともにものが食べられ ない。常に働いているときに、常に気持ち悪い。たぶん合わなかったんだろうけど、そんなもんなんだ なって思っていて、。確かにそれを飲んでいるうちはたばこってやめられていたのよ。あるとき夏なんだ よね。そのとき真夏でものすごいあつい猛暑が続いたときに、胃も気持ち悪い、食べられてない飲んで もいないってときに倒れるわけよ。さらにそのときに家の中の別の問題もいろいろあって、精神的にも いろいろまいっていたから、ああこれはまずは身体をよくしないといけないと、。すっごい精神的につら い、仕事も毎日しないといけない、家庭もどうにかしないといけないし、っていうことで、ある日倒れ て、心療内科に行ってみようって思ったのよ。ぼくねこれいったら笑われると思うんだけど、心療内科 って内科だと思ってたのよ。体をみて、プラスアルファ精神的なものをみて、胃薬だったら胃薬を飲ん で休めば治りますよっていってくれるものと思ってたのよ、でも全然違ったのよ。おもしろくて今でも これどうなのって思うのがあって、心療内科にいって、まず昔興味あったことに興味とか関心とかあり ますかって、どうのこうのっていくつか聞かれるの。で、「いまあなたは、正常かどっちかの真ん中のとこに立ってます」と言うのね。「じゃあ、お薬あげます。つらい気持ちが楽になる薬です」って。それで ぼく、いや、、、ちょっと待ってくださいと、、、ちょっとぼくこのつらいのは感じておきたいんで、お薬 いりませんって言ったんです。そしたらその先生びっくりして、「初めてだ、薬いらないなんて。わたし は何万件とみているのに、薬はいらないなんて言った人初めてだ」って驚かれて、そのとき僕もびっく りして、えーって、そもそも僕胃薬をもらいに来たんだけどなて、でもそれ言わなかったのよ。で、な んでかって言ったら、ちょっと、、、えっなんだろう、、って思って、このひとはぼく心療内科を内科だと 思ってきていることすら知らないんだよなって。待って、僕の事何にもしらない、禁煙薬を飲んでいる ことすら知らないのよ。で、実はその禁煙薬の副作用に、うつ症状ってあるのよ。ちょっとまって、こ のひとぼくのこと何にも知らずになんで薬だそうとしているんだろう、、、って思って、、まあそれ一回い ってもう二度と行かなかったんだけど。家で倒れながら、うーつらいって、このつらさも、このつらさ、。 まあとにかく身体どうにかしようと思って休んだのよね。身体を休ませて、その禁煙薬もやめて、ケロ っと治ったんだけど。まあ、、、なんかねー、思い出したのそれ
む:まあ、いい加減ですねー
た:そう、そのときにねすっげーいい加減なんだな、いい加減な世界なんだなって。色々本調べて、な んで精神医療ってそんなにいい加減なんだろうって、色々調べたのもあったから、その長男のもいい加 減にとらえることができたのかもしれない。自分の経験もあってね。まあ、どうせいい加減な結果がで ていい加減なこと言われてるぞみたいな。あはは。感覚。でも普通は違うよねって思ったりね。でもす ごいでしょそのお医者さん。今でも、、、なんだろうな、、なんでこのひと、、、
む:適当だよな、、
た:適当、ああじゃあこんなことでお金もらえるんだって
む:さも適当じゃないかのように、ふるまい
た:ね、ぼくだったらよ。自分で初めてさ、薬いらねーって症例がでたらさ、追及したいって思うじゃ ない医者だったら。なんでこのひとは?って。でもそんなことはないのね。初めてだよ、、でおしまい。 興味ないんだな、このひとは僕に。おもしろいよね。さらに後日談があって、僕が心療内科にいくって 会社にも言ってきたのよ。そしたら会社で大騒ぎですよ。もう腫物あつかうような感じで、、「まあ、人 生いろいろあるから、、、どんなのが悩みなんだ、」って。遺産相続が悩みですねーって「そうか、、その 問題はちょっと先送りにできないのか、、、、」って、、、まあまあなんかほんとに色々あったからさ、なん かもうすっごい腫物に、、。いやーでその時さでもぼくも内科だと思って行ったなんてもう言えないから さ、周りがさ、なんかもう心配しきっちゃって、、今更、「いやーすいません、なんか禁煙薬が合わなか ったみたいでバテて」とかって言えないよって。もういいやって、それでぼくは会社では精神を病んだ 人っていうふうに会社ではなったりこう、たたずむ、。それもう居心地悪いのね。すっごい悪いのね。も しかりにそれでなんか、精神的に病んで倒れて、そう扱われたらもう居心地悪いよなあ、、って。
む:普通に元気にいても、元気になったね、て、いやあ別に
た:いやあ、ほんと正常じゃない状態って扱われることって、、、ほんと慣れないわあ、、
べ:うーん
む:おもしろいですねー
た:いままでね、何回か心療内科にかかったことあるって、言ったのよ。そしたらね、誰一人としてね 「どうして?」って聞かないの。ぼくとしては面白い話をしたかったのよ、そのフリでね。実はこんな ことあってねって。今考えたら聞きずらいよって、何がでてくるかわからないからさ、どうしたらいい かって。そりゃ聞かないよね。ああ、ようやく言えた、これ笑い話で、あはは、ようやく言えたわ。
べ:いい加減ですよね、社会がね
た:そういい加減なんだから、いい加減を認めようよ、ってほんとそこなんだよね。だからこの町は好 きなんだ。いい加減にできているから。今はわからないけど。
べ:全然関係ないんだけど、スイスで不法滞在してることがあって、あはは。不法滞在状態で、なんか、 あの日本食レストランでバイトで働いていたんだけど、そこでタレコミがあって警察がきたんだよね。 それで警察がきたって裏口から逃げろって。でわたしと、コロンビア人のひとも不法滞在で二人でなん か裏口からさささって逃げて、あははそんなことがあったなーってははは
む:おもしろいですねー
べ:そんなこといま思い出した。あはは。そうそういい加減にね た:それはすごいぞ、さすがに僕も逃げたことなかった
べ:で、逃げた場所がアパートの一室につれていってもらったんですよ。で、そこっていうのがなんか たぶんコロンビア人たちが共同で住んでいるような一室だったみたいで、ああなんかこんなところがあ るんだなーって
む:そこのひとたちは不法滞在?
べ:ああたぶんそう。不法滞在の人たちが集まっているアパートだったのかなーって。大変でしたねー はは。
た:なんか聞いたらもっといろいろ出てきそうだね、ははは
た:ほんとみんな色々な適当な経験したほうがいいよ
べ:社会はもっとね。適当でいいんだけどね
た:わかんないんだけど、それは威張りたがるおじさんのせいなんじゃないかなってちょっと思ってい るんだよね。ちょっとね。おじさんはね、威張らないといけないって思いこんでいるひとって結構いる。 役職についたとたん、偉くなる。でもそうしろと実は言われている。「お前部長になったんだからもっと きつく言えみたいな」結局そういうことがあるんじゃないかな。ね、上のひとがもっと適当になったら、 ね、そしたらいいんだけどね
べ:あ、そうか、ママ友のなかではそういう権力関係とかってないのか
た:ぼくの代はね、みんな言うの。「この代は、すごくいい代」って。ぼくらの一個上の代はママ友の派 閥が真っ二つに分かれてたの。その分かれたら分かれたでいいんだけど、それが子どもたちに影響する の。まあそういうことはあるにはある。まあそれぞれのグループのなかでコミュニティがあるから。
べ:なかにはママ友仲間には入らないでっていうひとも、、
た:いるいる。ママ友仲間に入らないひとも、入れないひとも。入れないのは仕事が忙しくて、やっぱ 働いたままの恰好で迎えにきてバーッいくひともいるし、あとはまあ、、一人ぼっちに、、、ああいたな、 基本一人ぼっちになってるんだけど、、でも、ああ周りのお母さんフォローしていたよなあ、ちゃんと話 したり。やっぱいい代だったのかなあ。完全にひとりぼっちでポツンだったのは、ぼくの目の届く範囲 にはいなかった。むしろお父さんがよくポツンとしていたかな。これおもしろい。男同士だとね、話し づらいんだよ。やっぱ、ママさんとこ入るでしょ。そうすると、離れるのよ、距離取るのよ。近づかな いのあんまり。
べ:で、近づいていくの
た:わたし?いや、向こうが近づいてこないっていうか、ぼくはもうママ友グループがいたから、ぼく はもうそのなかに入ってがちゃがちゃやっているから、あえてそこを抜けて声かようとは思わなかった。 男のひとはさ、そっとしてほしいってひともいるからさ、苦手でそういう、、だから、下手にこう、、ま あ大人だからね、向こうも話があったら来るだろうなって。でも男同士だと話しづらい。勘ぐっちゃう し、男同士って話が弾まないのよー弾まない。うん。前パパ友とさ、まあ、、、話題がない話題が、、。う ん。共通の話題がない。ママ友とはあるのよね。
む:子育ての、、、
た::子育てもそうだし学校のこともそうだし、自分の家のこともそうだし、人としての共通点がたく さんあるんだけど、男同士だと、、、ならないんだよね、、、難しい、、
べ:それは子育てとかに参加をしていないからってこと?
た:いや、わからない、わからないけど、、ま、基本男ってあんまりしゃべらない?情報の交換はするけ ど、うん、情報の交換はするけど、感情の交換って会話のなかではあんまりしない。するひともいるけ どね。ぼくみたいにべらべらしゃべるひともいるから。女のひとって情報っていうのはどうでもいいこ とって多いのよね。だっておんなじこと何回も話しているんだ。三日前もおんなじ話してたよって、み んなが思いながらおんなじこと話すって、別に情報はどうでもよくて、感情を好感しているから、わー って、
む:うーん
た:いやーママ友との話はみんな経験してもいいかもね
む:いやー難しそう。たぶんぼくは超苦手、、。
べ:わたしも苦手、っていうか飽きる
た:飽きるよ、そう、で飽きるを通り越せるの、あはは。
べ:あー
た:あ、わかんないごめんね
べ:わたしは昔からそう、なんか、女の子たちの集団のたわいのない会話が、うっとおしいっていうか、 つまんないなって
た:あのママ友のなかでもいるのよ。もうそういうのは苦手って。そういうひとはある程度は入るんだ けど、ほどよく、抜けて、クールダウンして、でまた話す気力が出てたらまた、、。で、まわりもわかっ ているのね。無理にだからこっち来なさいよとか言わない。だからみんなほどよく。幼稚園いくと長い 子は 3 年間だからさ自分の心地いい立ち位置見つけないとね、つらいよね
む:長い付き合いだもんなー
た:うん、下手すると 3 年幼稚園、6 年小学校、さらに 3 年間中学校って続く仲だから。
む:すげー。ママ友社会学
た:うん、たぶんこれは女の人とかママ友とか意識してないだろうけども、男はそこから色々学べるこ とはある気がする。でもなかなかあんまり時間ないね。ほんとに同じことを半年間続けていって見えた 来る感じ。そんな経験なんてできる?っていったら、まあ、小中高大学っていくこともあるかもしれな いけど、基本的に違う環境で育って、違う思想をもっているひとたち。ああだから面白いのかもしれな いけどね。
べ:まあ、そうね子どもを育てるっていう共通の目的をもって集まっている集団だよね
む;何もないで、ちょっといいですか、っていけるのかな、、無理か、、、
た:まずね、、男のひとってひとりで公園に入ってくるだけで、そうとう緊張感あるから。この時間に、 男のひとが何でひとりで公園にくるのかしらっていうね、雰囲気が。だからそうとうね、うまーくやら ないとあはは。あとで情報が、不審者情報がまわるかもしれない、ははは。
む:ラインで流れちゃう(笑)
べ:おもしろーい
た:うん、だからぼくは人生にとってすごく良い経験をしたなって、今のところね。
べ:ね、なんか異文化のところに突然入っていったって感じだよね。異国の地にいって、その経験をし てくる
た:いやーほんとママ友には感謝だわ、ほんとに
む:逆を考えてみると、もともと男性社会っていうのが無意識的にあるなかで、女性がまあ、入ってい るわけじゃないですか、そういう男性社会って言われるなかに。そういうので異文化に入っている感覚 って、どこかで体験しているんだろう、、かな、、って。まあ言ってないだけかもしれないけど、、。
た:女の人はかわいそうよね、見てて。かわいそうなことが多かった。報われないのに仕事は高度なこ とを求められることが多かった。それ耐えたら、部長になれるの、ってなれない。男性と同じようなク オリティ、へたしたらそれ以上のクオリティを求められるだけ。それやってられないでしょう。だから、 まったく発想を変えて、会社がないと。男社会に合わせた会社を女性がつくるじゃなくて、もうゼロか らあたらしくつくったらいいんじゃないかなってたまに思うんだけどね。でもぼく男だからさ、声、、だせないじゃん、、
む:あの、女社長ってよく、、別にただの社長じゃないですか。
た:あれ女性って、男社会のなかで生きた女性は、きつい、、きつくなる、、わかんないけど、なぜかわ からないけど、、男よりもきつくなることがある。なんでかっていうと、男社会のなかで揉まれちゃっ た女性は、たぶんそうじゃないと登れなかったからっていうのもあるし、そうだから男社会のなかでも、 じゃあっていう風になった、、んだとも、、。きつくなったからなのか、、きついからなのか、、わからな いけど、、うーん。いわゆる女性的な女性が上のほうにいると、周りの男性からものすごく疎まがれる。 なんでかっていうと、、、優しい、、、、優しさを出すから。男は仕事で優しさを出すことをものすごく嫌が る。そんなこと言っても仕事でしょって。そうは言ってもねっていうとこを出す女性は、ちょっとね、 あいつはだめだ、って言われる。わかんないよ、みた世界なんて、すっごく小さいせかいの社会の会社 のなかの話だから、
む;でも、看護師だけど、男性看護師って言われるんですよ。ただの看護師なのに。わざわざつけなく てもいいのに。それは女性の社会だからっていうことかもしれないし。なんだろうなーそのときに、ま あ調子がいいときに男らしくしてみたいなのとか、別にそんなのできないし、、そういうのは、、たぶん 女社長も都合のいいときに、女らしくしてとか言われちゃうこともあるのかもしれないし、、なんか、女 性はしなやかで、、みたいな勝手にイメージつけされることも、あったのかなあ、、とか。男性だから、、 なんか言われたことあるんだよな。なんか一言まえに置くってなんか変だよな。美人すぎるっていうの もなんだか、、、なんかその世界にいるひとはなんだか美人なひとは基本いないの?みたい、な、まあ、 何いっているのかわからなくなってきたんだけど、、、。ママ友っていうのもママの界隈ですよね、、
た:まあ呼び方がね、、それしかないから
む:友、、、って
た:あと、イクメン、、あれイクメンは、イクメンじゃないってことがよく分かった。主夫になるとイク メンって呼ばれないの。育児しないやつがイクメンって呼ばれるから。あはは。育児しないやつがたま に育児するとイクメンになる。それはよくわかった
べ;なるほどね。おもしろいね。イクメンの定義。 た:主夫に対してイクメンなんて言わないよね べ:それはおもしろいなー た:これはやってみてわかった
む:イケメンは、、イケてるひとですか?イケメンってひともあんまりイケてなかったりして、、(笑)
べ:まあ、そう考えると、社会そのものもいい加減だけど、その言葉自体もいい加減なわけですよね、、
た:そうだね
ことばのそとには自分は出られない
べ:でも自分たちっていうのは、その言葉がもっている概念っていうのをそれぞれが持っていて、で、 その言葉の意味の中で、生きているっていうか、うん、、、
む:そうですね
む:なんかスムースに生きているとそうなっちゃうけど、、、。なんかマイケルジャクソンのスムースクリ ミナルって曲があって、これも読んだ本のなかで、僕の言葉ではないんですけど、そのスムースに生き ていくことの危機っていうことを言っていて。それで、JAM っていう曲のなかでもスムースクリミナル っていうのをラップでいったりするんですけど、その JAM っていうのはそのスムースにいくんじゃなく て、一回いろいろなんかこう止まって出し合ったりして、、こう、ごちゃっとしようぜって JAM しようぜ っていう、JAM しあってそのスムースな危機にいくんじゃなくって、わーってなって JAM しようぜって いうみたいな、そういう風なことを歌で言っていたみたいで、ああそうだったんだマイケルはって。JAM していくって、これってどうなのかっていうサーって流れていく危機にから、ちょっとこうまあ一回立 ち止まれるみたいな。そう言葉とかも一つとっても。
た:それ最近、まだこたえが出ていない、、そのことば?結局ことばのそとには自分は出られないのかっ て、ぼくはそれを飛び出そうと試みてはいるんだけど、、ははは。言葉以外のところに飛び出してやろう って思うんだけど、なかなか難しいね
べ:うん、言葉に支配されちゃってますよね。 む:うん。そうですねー
た:そう、ことばにした時点で、もう言葉のなかに入っちゃうから。コミュニケーションする以上、無 理なの、、、
べ:そうだよねー
た:コミュケーションした時点でもうことばになっちゃう。だからコミュニケーションできない部分で、 もうひとつ言語化されていない世界があれば、、、でも難しいよ、、それこそ変な宗教みたいに、、あはは は。
べ:そうだよねーでもそう。うーん
む:むずかしいなーそれこそ、そういうことこそ適当にしたいんだけど、、まあ、、なんというか、、と りあえず生きているんだよな、、、何はなくとも、、、
べ:そっか言葉っていうのは結構やっかいなものだねー、、でも言葉がないと、、、
む;なんかウイルスみたいなものですよね、なんか。無理やりですけど、、。飛ぶし、浮くし、くっつく
し、感染するし、、
べ:ああそうだね、言葉がね。
た:同じ言葉でもひとによって解釈が全然違うから。おもしろいのみたんだよな。あるテレビ番組で、 イギリスの番組で、あのーショーするひとがいて、それをみて審査員が審査するんだけど、ある女のひ とがなんか、コメントで、「だれだれさんがなになにっていったんだけど」って言って、そしたら隣のひ とが、「えっそんなこと言ったって」って。それでその女のひとは「わたしの解釈のなかではそうなんだ」 って返したの。それに対して周りはなにも言わなかったの。日本だったら、「それ自分の解釈で勝手なこ と言ってんな」ってなると思うけど、向こうそれで通っているんだっていう感じで、はーそうか、言葉 をどう解釈しようと、あのひとたちは自由なんだーすごいなって思って。まあ、テレビだからカットさ れたのかもしれないけどね。でも日本人だったらそういう返ししないよなーって。たとえそのひとの言 っている言葉の意味が違っていたとしても、「わたしの解釈のほうが大事よ、わたしの世界では」って。 すごいよね。まあ、特殊かもしれないけどね。
べ:でも言葉の定義も時代ごとに変わるし、解釈も時代ごとに変わるし、時代でも変わっていくわけで しょ。だから解釈もひとそれぞれ違うっていうのは、、うん、、正しいよね、
た:それを認められるっておもしろいなって。だからぼくはぼくの解釈で人生を生きていいんだって。 そういうことなのよ。
べ;そうだよね た:そこに自信を持てるといいね。自分の解釈で自分の人生を生きてやろうって、ああいいねそれ
べ:うーん
む:そうなると、ちょっと孤独感もうまれそうな気がする、、、けど、、、、けども、、でも、そういう風に 思ったのは、自分の責任じゃなくて、独特な自分の解釈があったとして、、、みんなどうにかしてくれよ、おれはこう思っているんだからさ、どうにかしてくれよっていう感じでいいのかなあー。そういう風に 解釈しているけど、解釈させられたっとも言える、、?
べ:今のこの時点で、自分はこう解釈してるだけであって、でも 2 年後にはまた違う解釈をしているだ ろうし、、ってなんかそれでいいんですよね
た:で、その都度その都度、それが間違っていたっていいし、その解釈でいい。その都度その都度でそ れでいい。
む:あんまり真剣に聞いちゃいけないかもしれないですね。このひとこう言っていたんだ!あしたもこ ういうに違いない、二年後も!ってがっつり聞いちゃうといけないですね、受け止めすぎちゃうとね、、
た:そうね、自分に自信をもって、生きていれば、ひとの人生なんて気になんないよな。ぼくの場合は、 僕の人生を僕の思うように解釈できているから、あなたもどうぞって。みんなおんなじにするからやや こしくなる。やっぱ中学校にもいじめもあるのよ。でもさ、学校でみんなおんなじことをしろって強制 しているのよ。だからいじめはなくなるわけないのよね。いじめは違いで生じるから。みんな違うよう にすれば違うに起因するいじめは少なくなる気がする。だってそうでしょ。大人が「みんなそれぞれち がうのを認めよう」っていって、ちょっとでも変な髪形すると、「おいお前って」いうと言ってることと やってることとさ、。みんなと同じように感じろ、同じような解釈で生きろって徹底的に刷り込まれてい る。自分の解釈でいいよって
べ:自分の解釈でいいよっていいつつ、、社会のなかにはルールがあって、社会のルールを尊重すること に重きを置かれている。で、みんなが勝手な解釈で勝手なことをやりはじめると、社会が成り立たなく なるから、まあ法律とかそういう、、ものが定められている、、みたいな?
む:ほんとに果たしてみんなが勝手な解釈で動き始めたらおかしくなるのかどうかのか実験をみてみた い
べ:でもさ、インドとかいったらさみんな、自分の解釈で勝手にうごいててさ、なんか秩序がないなか で生活しているなって思うんだけど、それでもまあうまく回っているので、、
む:なんとかなる、、
べ:なんとかはなるとは思うんだけど、うーん。まあそれが、、、スマートにしすぎてしまったっていう ところですかね
た:スマートにスマートにしようとすると、そぎ落とされちゃうとこがでちゃうのよね。でもさ、スマ ートにしてそぎ落として、そしてそれをまたすくおうとしてわけわかんないことやっているようにも見えるな。えっじゃあそもそもスマートにしなきゃいいんじゃないって。あはは。
む:そぎ落としたものをまたもう一回つけようとしているって、
た:しかもそれを、スマートのなかのどこに位置付けてあげるか、、って超上から目線のやりかただから 腹立つなって
べ:もともとそこにいたわけだもんね。そっか、勝手にそぎ落として、、、おきながら、、、うーん、
む:でもなんか面白いですけどね。そぎ落としたものをも一回、どこに戻していいかわからないから、 下にあったものが上にいって、もともとあったものが違うものになったりして、
べ:なんかさっき、いま思ったのが、あんまり上のほうにつけちゃうと、なんか立ち位置上すぎじゃん みたいな感じで、落とされるのかなって言う感じで、、さっきその合理的配慮っていう、その特別な時間 を設けてもらい、その作文とかの指導をしてもらえるってことに対して、それは不公平に思うのかなっ ていうひとがでるって思ったんだけど、、
た:うん、たぶん、マイナスだから不公平だとは思わないんだと思う。もともと。たとえばだから出来 る人だけ集めて、出来るひとだけ見つけて、君はできるからひとりだけこの時間を抜けて、さらに良い 教育を施そうって学校が普通の公立の学校がやったら、たぶんたたかれると思うの。それできるひとに もっと個別に特別に指導するってどういうこっちゃって。なんでそんなのにお金かけてんだって。いわ れると思うけど、、。まあもともとマイナスだから言われないんじゃない。もう何か特別扱いされるって いうのは言葉悪いけど、罰則がつくのよね、罰則。特別なことを受けるって、罰則それは社会的に地位 を落とされるとかね、。何か特別な+があるのに罰則を受けないのは、ずるいってなっちゃうの、必ず罰 則が必要なのね。学校をみていると。罰則なく特別扱いされるとものすごいよはは、えこひいきだって なるの。学校であったなー
た:新しい生活様式って政府はなんでもかんでもいってんじゃん。でもさ、経済から離れて、経済的に 死んでも人間生きていこうよって、人間的なところに戻っていくっていうんじゃないのかなって、ただ 単にリモートにすると、そういうことじゃないような、、なんか違うんだろうなーって、、
*今回のインタビューはここまでです。かなり長いインタビューでしたが、主夫のこと、男性社会のこと、発達障害のこと、言葉について、全部つながっていることだなぁと感じました。
大変考えさせられるインタビューでした。
たかみさん、むべさん、ありがとうございました!!!
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