【短編小説】ティシュがない
「あちっ」
コーヒーをこぼしてしまった。半分以上残っていたカップをひっくり返してしまった。おかげで、僕のズボンはコーヒーべったりになってしまった。
「ティシュ・・・」
手を伸ばす。手は空をつかむ。あれ、ない。そういえば、夕べ最後の1枚を使ってしまって、箱はたたんで捨ててしまったんだ。僕は新しいティシュを出そうと、立ち上がってカラーボックスへ。
「ない。」
夕べ捨てたティシュは、最後の一箱だったようだ。仕方ない、僕はタオルを探しに洗面所へ。
「あれ、ないぞ。」
タオルが一枚もない。洗濯に出したか。洗濯かごに目をやる。空だ。そういえば、こないだ洗濯しようと洗濯機に全部突っ込んだんだ。そして、そのままスイッチを入れ・・・あ、干すの忘れてる。と言うことは、タオルは全部、びしょぬれのまま洗濯機の中だ・・・。
「うわーどうしよ。」
僕は、代わりになるものがないかと考え・・・トイレだ! トイレットペーパーをと、ユニットのドアを開ける。
「あっちゃー、ないや。」
なんということ。トイレットペーパーも切れる寸前。今ホルダーについているので最後。その上、そのホルダーのペーパーも、もうギリギリ厚さ1ミリだ。後でお便所に行ったとき、これがなかったら更なる地獄を見るのは明々白々、死守する必要がある。代わりに何か・・・。
「あぁ・・・」
台所のキッチンペーパー、と思ったけど、それも切れてた。こないだ天ぷらしたとき、使い切ったんだった。うう、どうしよう。ズボンにひっかけたコーヒーは、そろそろ熱さも冷めやり、いまやひんやりと冷たい感触に変わりつつある。そうだ、先に洗濯を。
「そうだった・・・」
洗濯機の中は、こないだやりかけたままの、びしょびしょの洗濯物でびっしり。さっき頭の中で確認したはずなのに。僕はバカだ。大バカだ。大バカもんだ。おおば・・・あ!
「もしもし、大庭? ちょっとティシュ分けてくれない?」
ワンルームの三軒隣に住んでいる大庭は、中・高・大とずっといっしょの幼馴染。奴ならなんとかしてくれるだろう。
「え、今海外? なんでまた・・・まぁいいや、またね」
大庭が海外・・・僕なんか大学入ってからほとんど家とキャンパスしか行ったことないのに。なんか、コーヒーなんかよりこっちのほうがずっとショックだ。それにしても、タイミングの悪い・・・。
「つめたっ・・・」
コーヒーの染みは完全に冷え、僕のフトモモに冷たい刺激を与え続けている。もうティシュどころじゃないな、と僕は、ズボンを脱いで洗濯機・・・あ、そうだった。仕方なく、居間にぐしゃりと脱ぎ捨てた。・・・寒い。そりゃそうだ、今は二月、木枯らし吹きすさぶ冬真っ盛りだ。代わりのズボンを・・・
「な・・・ない。」
替えのズボンも全部、タオルといっしょに洗濯機の中だ・・・。僕はパンツにトレーナーというアンバランスな格好のまま、ワンルームで一人、orzの形になって凍えていたのだった。