マイペースな彼女 第4話「ウロウロしなきゃ」
第4話*ウロウロしなきゃ*
おやつどきのオフィスではたびたび、みやげ菓子が配られる。
「また食べちゃった。これじゃあ全然ダイエットできないや」
嬉しい悲鳴もあちらこちらで、たびたびあがる。私に限って言えば毎度あげているかもしれない。
今日もチョコレートがたっぷりかけられたビスケットを頬張りながら、ダイエット願望を口にする私に恵子が聞いた。
「なにか運動してる?」
「なにもしてないです」
「なにも? それじゃあ、どうしようもないよね。ヨガはいいよー。昨日ね、初めてヨガのクラスに行ってみたんだけど……」
私の答えを聞くや否や、恵子は体験レッスンを受けたばかりだというスポーツクラブのヨガクラスについて話し始めた。どうやらそれが話したくて質問をしてきたらしい。
「ヨガって動きもゆっくりだし、伸びるのが気持ちいいし、すごくよかったよ。エアロビとか激しいのにはついていけないから、私にはこれくらいがちょうどいいみたい」
ほわんとして華奢な恵子の姿はスポーツの香りなどまったくしないから、言いたいことはよくわかった。確かにヨガや太極拳のクラスは年齢に関係なく始めやすいと聞いたこともある。
ところが、だ。
「効果が高いって聞いたから、次はパワーヨガのクラスを受けてみようかと思うんだ」
恵子がビックリするような言葉を続けた。
「パワーヨガはキツイんじゃない?」
「そう? おんなじヨガだもん、大丈夫でしょ。けどいいよね、運動するのは。なにもしてないんだったらさ、会社に居るあいだだけでもウロウロした方がいいよ」
恵子がヨガについて誤解しているだろうことを伝えるべきかどうか迷うとともに、私は頭の中に特大のはてなマークを発生させていた。
ウロウロする?
私たちの会社が入っている高層ビルは、私たちがいるフロアの二階下にコンビニエンスストア、一階上には誰もが自由に使える社員食堂がある。
そのどちらに行くときも階段を使う人が多いのだけれど、恵子はいつもエレベーターに乗って出掛けていた。
運動はなにもしていない私でも階段を使っている。勤務時間中にできる身近な運動と言ったら、おそらくこれが一番簡単なはずだ。それを差し置いてウロウロとは、恵子はいったいどこを歩いているのか。
そういえば、と考えてみると、思い当たることがないではない。
2時くらいだっただろうか、マグカップを持ったおばあちゃんがデスクと給湯室のあいだを行ったり来たりしていた。一度目は忘れ物でもしたのかと思ったのだけれど、さすがに三往復するのを見て、私は首をかしげた。
もしかして、あれって……。
今日のランチも、恵子はいつものメンバーと出掛けて行った。私にするくらいだから仲良しのおばあちゃんにも、ヨガの話をして、「ウロウロした方がいいよ」とアドバイスをしているのでは……。
定時も差し迫ったころ、出張していた営業部長が帰ってきた。
「これおみやげ。女のコ中心で食べちゃって」
大きな菓子箱をくれた。開けてみると長崎のカステラだった。私は大喜びで配って歩く。
「嬉しいけど、今日はもう食べ過ぎちゃってるよ」
そんな悲鳴をあげる女のコに恵子がすかさず聞いた。
「ねえ、なにか運動してる?」
会社に居る間だけでもウロウロ。私は少し前に聞いた恵子の言葉を思い出した。
この女のコも明日あたり、フロアを行ったり来たりしたりして。
まさか……だけどね。
(―マイペースな彼女― 第4話 「ウロウロしなきゃ」おわり)