マイペースな彼女 第5話「私だって」
第5話*私だって*
くさくさする。
今日提出されてきたデータは、計算式が一か所抜けていたり、範囲指定がズレていたり、挙句の果てには前回とまったくの同内容だったり、一体なんのいたずらなのかと思うようなものばかりで、朝からずっと細かな確認と修正依頼に忙しかった。
そんなときに限って、収納場所がないだとか、コピー機の設定ができないとか、なんで今なのと言いたくなるような雑務も次々に頼まれる。
プスプスと頭のてっぺんから空気を漏らしながら、なんとかこなしてはいるものの、くさくさは一向に晴れそうにない。
午後になってもそんな感じで、もう今日はなにもかもうまくいかないのだと、私は半ば自暴自棄になっていた。
そんなとき、
「悪いけど速達で」
部長から封筒の束を渡されて、ひらめいた。ひらめいてしまった。
私だって! 真似するわけじゃないけど、私だってちょっとくらい息抜きの時間をもらってもいいじゃないか。銀行帰りの恵子はいつもコーヒーチェーン店のカップを持っている。そうだ、私だって。
そんなことを考えながら歩いていると気持ちが少し上向いてきた。
混雑した局内で順番待ちをするあいだもコーヒーのことを考えつづけ、郵便局を出た私の足は自然と少し先のコンビニを目指していた。
レジでアイスコーヒーを注文してイートインコーナーに座る。
平日の午後にコンビニでお茶をするなんて初めてのことだった。先客はスーツを着たサラリーマンとおぼしき男性が二人と、黙ってゲーム機を突き合わせる男の子が一組。みな、カフェや家でくつろいでいるのとはまた違った感じに力を抜いてそこに居た。休憩中だろうか。学校帰りだろうか。
彼らのことを一通り眺めてしまうと、私はなんだか急に落ち着かない気がしはじめた。
自分で決めてここにやってきたはずなのに、こんなことをしていていいのだろうかという思いが頭をよぎる。誰に会ったわけでも、サボっていると言われたわけでもないのに、罪悪感が襲ってくる。
ふとテーブルに置きっぱなしにしていたレシートが目に入った。ふだんはじっくり見ないレシートを手に取って見ると、アイスコーヒーと書かれたすぐ上に、時刻の記載があるのが気になった。慌ててスマホで時間を確認すると、コーヒーを買ってからまだ5分も経っていないではないか。
それでも、とてもゆっくりする気分にはなれず、私はごくごくとコーヒーを飲んで席を立った。
いつもの倍くらいのスピードで歩き、会社に戻る。息をきらす私に、周りの人たちの視線が冷たいような気がした。
こんなことなら、まっすぐ帰ってくればよかった。
分相応、そんな言葉が頭に浮かぶ。いつも恵子がしているみたいにと、私にしては思い切った行動をしてみたけれど、どうやらこういうのは私には向いていなかったと気がついた。
結局、仕事を終えて家に帰ってからも、どうにもモヤモヤとしたなにかが、胸に残っていてなかなか消えなかった。
自分の心の平穏が保てる範囲で。分相応にするとはそういうことなのだろうと思う。恵子は恵子、私は私だ。
(―マイペースな彼女― 第5話 「私だって」おわり)