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世論 - 20世紀最高のジャーナリストによるプロパガンダ
ウォルタ・リップマンをご存知だろうか?
アメリカのジャーナリズム界の長老、20世紀最高のジャーナリストと讃えられた人物である。この人物が、第一次世界大戦にアメリカを参戦させるための世論を作り出したという話を、今回はご紹介したい。
リップマンは、第一次世界大戦の混乱の原因究明のために一冊の本を書いた。『世論』(原題:PUBLIC OPINION)である。
僕は、自己紹介で書いたように、学生時代はマス・コミュニケーション学を専攻していた。その時、講義で使われた教科書が『世論』だった。教えていただいたのは、『世論』の翻訳者でもある掛川トミ子先生ご本人。翻訳は固い表現が多く読み辛いが、授業はとても興味深い内容であった。
1910年にハーバード大学を主席で卒業したリップマンは、新聞記者になった。現在のように、テレビもネットもない時代。大衆が情報を得る手段は、専ら、新聞や雑誌等の紙媒体であった。後に、リップマンは、ウィルソン大統領の広報チームに加わることになる。
当時、ヨーロッパではサラエボ事件をきっかけに、第一次世界大戦が始まっていた。そんな状況下、ウィルソンは、平和主義を掲げ、大戦への中立を公約として大統領に選ばれることになる。
ところが、戦争が進むにつれ、様々な状況から、参戦の必要性が高まってきた。ウィルソン大統領は中立を公約に大統領となっていたため、いきなり参戦を表明したら、世論が許さない。猛反対に合う。
そこで、世論を参戦ムードに変えていくための計画を練ったのが、リップマンであった。
その手法はこうだ。
様々な著名人や知識人を動員し、新聞や雑誌などで参戦の必要性を発信させる。新聞、雑誌、ポスターなど、あらゆる媒体を使い、ドイツ兵の残虐行為を大衆に広める。ドイツを徹底的な悪者にすることで、ドイツをやっつけることこそが正義であると、徐々に、大衆に刷り込んでいくのである。
あれ? この手法、今でも身近なところで行われていませんか?
毎日のようにテレビや新聞で、我々の不安を煽る情報を発信する。
不安を煽られ続けた国民は、不安から逃れられるのならと、藁をもすがるような気持ちになる。
この効果は絶大で、当時のアメリカでは、半年ほどで、世論が参戦ムードに傾いたそうである。
リップマンは『世論』の中で、こう指摘する。
「それぞれの人間は直接に得た確かな知識に基づいてではなくて、自分で作り上げたイメージ、もしくは与えられたイメージに基づいて物事を行っていると想定しなければならない。」
確かにそうだ。
僕たちは、人の言うことを、あまりにも無防備に受け入れ、そのイメージに基づいて、判断し、行動する。
事実に基づいて行動しているのではない。
ほとんどの場合、イメージに基づいて行動している。
テレビで好きなタレントが美味しいと絶賛していた飲食店には、行ってみたくなる。
インスタで憧れの女優が使っている化粧品を、使ってみたくなる。
政治家が、スイーツを食べていたらかわいいと反応し、庶民的な食べ物を食べていたら親しみを感じる。
実際の中身については、何も一つ知らないのに。
である。
みなさんも、そんな経験、日常的にあるのではないだろうか?
今回は、さわりだけご紹介させていただいたが、世論形成や、プロパガンダの話は、とても深い。
また、機会を改めて書きたいと思う。